コマンド:『中身入れ替え』
とんでもなく可愛らしい女子中学生が目の前にいる。
初めは鏡なのかと思いくねくねと動いてみたが、目の前の少女はぴくりとも動かなかった。
いや、ひくひくとは動いている。
何か言いたげに、少女の口元だけがわなわなと震えている。
ベースが可愛い子は、どんな表情をしても可愛らしい。
さすがは私だ、私自身をも唸らせるまでに可愛いなんてやっぱりそれでこそ私だ。
はふふんと自画自賛の笑みを浮かべると、かっわいーと口に出した。
可愛くもなんともない少年の声で『かっわいー』と呟いたことに、は耳を疑った。
「へっ? なぁに今のどっかでとっても聞き覚えあるサッカーバカの声は」
「・・・俺」
「俺? やぁだこの子、自分のこと俺って言っちゃう超ボーイッシュ?」
「俺が目の前にいる・・・。お、お前誰だ!」
「です。・・・んん? もしかして目の前の超可愛い思わずマジ天使って言いたくなっちゃうような女の子は私? やっぱり私?」
「俺、円堂守! なぁ、今喋ってる俺ってもしかしてか?」
じっと見つめ合い、嫌な予感がしてガラスにそれぞれ己の姿を映してみる。
うわあ、体と中身がしっちゃかめっちゃかにシャッフルされている。
円堂とは再び視線を合わせると、どちらからともなくぎゃあと叫んだ。
俺が2人じゃなかったと叫ぶ円堂の口をが慌てて押さえる。
人の口でなんという言葉遣いをしているのだ。
もうちょっとお上品に喋ってよと詰ると、円堂が口に宛がわれていた手を振り払いくわっとを見据える。
おお、こんなに可愛く人を睨んでいるのか。
これは睨んだうちにはカウントされないな、今度からもう少し迫力を出そう。
自身の顔にほうと見惚れていると、円堂がその顔やめてくれと悲鳴を上げる。
やめろとはなんだ、本能のままに見惚れているだけではないか。
「なぁんで叱られなきゃなんないの。いいじゃん別に、可愛い子に見惚れて何が悪いの」
「その喋り方と顔だって! 俺そんなにのびのびした喋り方しないし、にでれっでれした顔なんかしない!」
「む、それじゃ円堂くん私が可愛くないって思ってるみたいじゃん! 私は可愛い、円堂くんのサッカーしか見えてないサッカーバカフィルター通して見ても可愛い!」
「だから、ああもういっそ喋るのやめてくれ! 俺気持ち悪い!」
「じゃあ円堂くんこそ私の声で俺とか言っちゃやだ! 私もーっとお淑やかだもん、タイヤに張り手飛ばしたりしないもんんん!」
わあわあと箒とちりとりを片手に言い争っていると、おーいと教室の扉から風丸の声が聞こえてくる。
早く部活行こうぜ円堂と風丸が声をかけてくる。
大好きな風丸の姿を認めたはちりとりを放り投げると、風丸に抱きつくべくハグ態勢に入った。
ちょっと待て俺と円堂に学ランの襟をむんずとつかまれ、はうぐっと呻き声を上げた。
「ぐ、苦しい・・・」
「? わかってるだろうけど今の、俺だから」
「だ、だから何。いいじゃん別に、円堂くん風丸くん好きでしょ」
「そりゃもちろん好きだけど、だからって俺の格好ではやめてくれ! いくら風丸でも気味悪がるから!」
「でも私もハグして撫で撫でしてほしいー」
「もう駄目だろ2人とも、遊んでないでちゃんと掃除しないと」
風丸は呆れたようにため息をつくと、床に打ち捨てられたちりとりを拾い上げた。
掃除終わんないと試合初められないだろと諭すように言われるが、何のことだかわからずことりと首を傾げる。
サッカー部のスケジュールがわからないの代わりに、首根っこをつかんだままだった円堂がやっべーと声を張り上げた。
だから、私の顔と声で『やっべー』などという乱暴な言葉遣いをするのはやめてくれ。
風丸が幻滅するではないか。
の心の叫びなど意に介することなく、円堂はの姿で頭を抱えた。
「今日、他校との練習試合やるんだった! やっべー、どうしよう風丸!」
「わぁんだからそんな言い方しちゃやーっ! えっ、えっ、練習試合ってなに、えっ、えっ」
「、サッカーできるよな!? 豪炎寺の幼なじみだからちょっとくらいはできるよな!?」
「ううんできない。自慢じゃないけどサッカーボールを足のどこで蹴るかもわかんない」
「少しは鍛えとけよ豪炎寺! そんなんだからあいつ、にぼこぼこ言われるんだよ!」
「、今日少しおかしいけど何かあったのか?」
「い、いやなんでもないぜですよ、風丸! ・・・くん!」
「・・・はあ」
風丸ははあとため息をつくと、ぽんと円堂の頭に手を置いた。
円堂の心が入ったの頭の上に手を乗せ、そして真っ直ぐ瞳を見つめ淡く笑う。
傍目から見てもわかる。
己の頬がぽおおおおと紅くなっている。
あの円堂くんが照れている。
私の体で勝手に照れている。
照れてる私も可愛いけど、でも円堂くんそれだけは許さん!
はぷるぷると震えると、風丸と並んでグランドへと向かう円堂の背中を見送った。
生まれて初めて、自分が憎たらしいと思った。
今日は円堂が怖い。
いつもよりも迫力と殺気が迸っている。
そして、今日はがとても大人しい。
いつもなら風丸にべったりとくっついているというのに、今日はとてつもなくそっけない。
それに、円堂に怯えているようにも見える。
おかしい、2人がおかしい。
豪炎寺と鬼道は顔を見合わせると、ひそひそと2人でなにやら熱心に話し込んでいる円堂とに声をかけた。
「円堂、今日の調子はどうだ」
「うん、全然ばっちりじゃない」
「珍しいな。あれだけ楽しみにしていたのにさては腹でも壊したか?」
「そうだよ・・・、俺らこのまま入れ替わってたら風呂とかどうするんだよ・・・」
「そうなったら仕方ない、ちょっと修也んとこにでも泊まって目隠しプレイで洗いっこしよう」
「円堂、お前はいつから俺の呼び方を変えたんだ? それから言葉遣いが変だが・・・」
「だよな! やっぱ無理だよ、豪炎寺にはばれるって!」
「、豪炎寺と喧嘩でもしたのか? 名字呼びに格下げされたのは正直俺は嬉しい」
「今日はぶっちゃけ修也のことなんざどうでもいいくらいに大変なのよ鬼道くん」
やはりおかしい。
まるで2人の中身が入れ替わっているようだ。
円堂に尋ねたはずなのにが答え、逆もまたしかり。
は俺などという男らしい一人称は使わないし、円堂もここまで砕けすぎて支離滅裂な話し方はしない。
円堂とよりもはるかに頭の回転が早く、そして常識的な思考のできる賢い豪炎寺と鬼道はとある結論に至り、また顔を見合わせた。
そんなまさか、アニメや漫画の世界のような出来事が円堂との間に起こっているのか。
何がきっかけでそうなってしまったのだ。
豪炎寺は妙に乙女ちっくにむうとむくれている円堂の肩を揺さぶった。
「・・・か?」
「あらまあ修也くん、こんなに醜くなった私に気付いてくれるなんてこれが愛の力?」
「そのふざけた物言い、間違いないだな。何やってるんだ、の体はあっちだ」
「だって円堂くんが私の体不法占拠したまんま出てってくれないんだもん。円堂くん酷いんだよ、私が可愛いってのを利用して好き勝手!」
「なんだと? 円堂、の体に何をしたんだ。まさか脱いだりしていないだろうな・・・!?」
「してないって! 俺、放課後掃除してたらいつの間にかと入れ替わってたんだよ! やめてくれ鬼道、こ、これはの体だぞ!」
「くっ・・・! 俺はには手を上げることはできない・・・!」
鬼道はこの世の終わりのような表情を浮かべると、がくりと崩れ落ちた。
なぜ、入れ替わった当人でもなんでもない鬼道が一番落ち込むのかわからない。
本当に辛いのはこちらなのだ。
繊細とは程遠い、がさつでごつごつした体に清らかな心を押し込まれて窮屈でたまらない。
円堂だってきっと、普段の泥臭く汗臭い体とはまるで違う綺麗な体にお邪魔してしまって恐縮しているに決まっている。
はくびれがどこにもない腰に手を当てると、円堂と豪炎寺を見つめた。
「仕方ないから今日は私が一芝居打ってあげようじゃない」
「、頼むから俺の格好でそういうポーズ取るのやめてくれ」
「そんなのお互い様でしょ。まっかせなさい、ゴッドハンド出せなくても試合勝つから」
「いや俺が出る! ほんとはちょっとくらいサッカーできるだろ? 豪炎寺の幼なじみだもんな!?」
「修也、何か言ったげて」
「はサッカーはできない」
「ー! 頼む、俺が出る、出たいから体貸してくれ!」
「みんなー、今日は相手をゴールに近付けさせないくらいに超アグレッシブにいこうぜー!」
「「おー!」」
この女、ここぞという時だけ俺の口調を真似しやがった。
大好きなサッカーの楽しみが奪われたことが悔しくて、円堂はせっせとアップを始めている豪炎寺に詰め寄った。
お前の幼なじみ止めてくれと詰ると、今日はゴールには指一本触れさせないと熱の籠もった試合前インタビューが返ってくる。
駄目だこの男、幼なじみを強烈なシュートから守るための騎士であり剣にすっかりなりきっている。
「鬼道もこれでいいのか!? 中身はなんだぞ!」
「ふっ、形がどうであれと同じフィールドに立てるんだ。今日は楽しませてもらう」
「もう何なんだよ2人とも! 風丸!くん、ハ、ハグ!」
「ん? どうした」
が好き放題するつもりなら、俺だってが羨ましがるようなことやってやる。
円堂は風丸の背中に腕を回すと、の悲鳴ににやりと笑いぎゅうと風丸を抱き締めた。
風丸のハグってあったけー