後出しじゃんけんチョキで勝つ




 今年くらいは期待してもいいかなと思う。
今年も去年も大して変わったことはしていないが、周囲を取り巻く人間環境だけは誰にも負けないくらいに劇的に変わったのだから、
見事に環境を変えてくれた張本人からの恩恵を期待してもいいと思う。
だって一応俺、親友だし。
豪炎寺と風丸と、もしかしたら鬼道のついでくらいには用意してくれてるかもしれないし。
別に半田のために用意したんじゃなくて風丸くんのちょっと失敗しちゃったから失敗作を、ね!とか言ってくれるかもしれないし。
そんなツンデレのテンプレートみたいなことはまず言わないだろうけど、形が何であれ慰謝料として請求してもいいくらいだ。
だから大丈夫、今日はきっと、今年こそ確実に1つはもらえる。
ようやく、菓子メーカーの陰謀に拍手喝采を送ることができるはずだ。
半田はよしと一声気合いを入れると、ドキドキしながら靴箱を開けた。
あれ、イベントって今日じゃなかったっけ。
念のため隅から隅まで、一口チョコの一粒も見逃さない勢いで覗き込み確認する。
・・・やめよう、やっていて空しくなってきた。
半田は諦めて靴箱に背を向けた。




「あ、おはよー半田!」
「お、おはよ! 豪炎寺も」
「ああ、おはよう」




 万年熟年無自覚夫婦に周囲の目などあってないものらしい。
いいなあいいなあと男女の羨望と怨嗟の声が聞こえてくるようだ。
一足先に靴を履き替えたは、紙袋にせっせと靴箱の中身を放り込んでいる豪炎寺の横顔を見てにんまりと笑った。




「修也くんは今年もモッテモテですねぇ」
「からかってる暇があるなら手伝え。直接渡してくれれば断れるのに・・・」
「その直接ってのが難しいから靴箱なんでしょ。まあ、衛生的にそこに食べ物突っ込みのはどうかと思うけど」
「あの、
「ん? なぁに半田。あ、半田ももらった? 1個くらいもらったでしょ、良かったねぇ半田も意外とイケメンって最近人気だもんねぇ」
「そういう嬉しくもなんともないデマを本人に吹き込むのやめろよ、モテてる実感も個数もゼロだぜ俺」
「え、マジで!? まあそういう年もあるよ、それに教室がまだあるじゃん!」
「いや、そりゃそうなんだけど、お前は・・・」




 お前も教室でくれんの? それとも用意してないの?
無駄なドキドキをした挙句落ち込むと傷が酷くなるから、ないならないって今ここで言ってほしいんだけど。
半田の心の叫びを当然のように無視して教室へ向かうの隣をとぼとぼと歩く。
豪炎寺の片手に提げられたデパートの紙袋が必要以上に大きく見え、無性に腹が立ってくる。
断るとは何だ断るとは。
もらえる物ならばいくらでももらえばいいのに、断るほどに数があるというのか。
恋する女子の夢を打ち砕く悪魔め、人の好意を素直に受け取らないのは似たもの夫婦だからかこの野郎。
これでこの後、の分だけもらえれば俺はそれで満足だなんて言ってみろ。
驚きの変わり身の早さで鬼道派に乗り換えるからな。
教室の扉を開けた半田は、自らの机の上にどっさりと置かれたプレゼントの山に思わず叫んだ。




「うわ・・・っ、見ろよあれ!」
「うっわあすっごい量・・・。修也修也、早く引き取ってあげなよ、半田が邪魔だって!」
「まだあるのか? 袋足りるかな・・・」
「だーから言ったじゃん。雷門中女の子多いから足りないんじゃないって。半田、毎年この時期になると修也の近所こうなるから」
「そういうの事前に言えないのか!? もう何なんだよ豪炎寺イケメンUP!もついてないのにこの勝ち組!」
「半田!? どうしたんだ半田、すまない今すぐ片付けるから」




 クールでストイックな転校生。文武両道のイケメン。
中学校でモテるための3大要素をすべて押さえている豪炎寺が羨ましくてたまらない。
しかも可愛い妹がいて金持ちで、観賞用としてなら申し分ない可愛い嫁・・・じゃない、幼なじみも持ちやがって、いったいどこまで勝ち組ロードを爆走すれば気が済むのだ。
半田はものの見事に包みひとつ消え失せた机に突っ伏した。




「もう半田ってば、そんなに落ち込むことないって。染岡くんもどうせもらってないって」
「それ染岡に失礼だぞ・・・」
「あ、そっか。うーんどうしよ、チョコもらってない人の慰め方とか私わかんない」
「そりゃそうだろ。食いきれねぇくらいの量さらっともらう豪炎寺が幼なじみなんだから・・・」
「そうなんだよねえ。あんだけたくさんもらってたら修也にあげるの申し訳なくってさあ、私いっぺんもあげたことないんだよね」
「それマジか。なに、あいつ一番もらいたい奴からもらったことねぇの? 一度も?」
「へ? うん、私はあげたことないよ。今更いらないじゃん、何作ってもどうせ他の子と被るって。それに修也とは別に毎週ご飯作ってるし、いいでしょバレンタインくらいお休みしても」




 半田は教室の前で手渡されたチョコを丁重に断っている豪炎寺を見つめた。
なんだか急にかわいそうになってきた。
あんなに一生懸命断っているのにからは何ももらえず、押し付けがましい甘ったるい愛を寂しく消化して。
豪炎寺のことだからきっと、欲しいと言ったことはないのだろう。
お前宛のチョコ全部引き取ってやるからにねだってこいと、意味のわからない空しい応援をしたくなってくる。




「それにここだけの話、修也がもらったチョコは我が家で3割は消化してる」
「押しつけられてんのか? じゃあ2月大変だな体重」
「そうそう! だから半田も良かったらもらったげてね」
「いや、まだ放課後と部活があるから・・・」
「お昼休みもあるよ! えへへへへへ、今年初めてチョコをパパと女の子以外にあげるんだ!」
「風丸に? 風丸も結構もらってると思うけど・・・」




 風丸に渡すことはとっくに予想済みだ。
料理上手なのことだから、さぞかし美味しいバレンタインチョコをプレゼントするのだろう。
風丸に対して羨ましいと思わないのは、風丸が風丸だからだ。
さすがに鬼道も、風丸のチョコを横から強奪しようとはしないはずだ。
これが豪炎寺や自分だったら確実に、どんな手を使ってでも奪っているだろうが。
予鈴が鳴り、ようやくチョコ攻勢から抜け出た豪炎寺が難しい顔をして帰ってくる。
口下手ながらも懸命に断ったのか、新たなるチョコは持っていない。
凄まじい光景だった。
この日はずる休みをしても咎められないくらいに恐ろしい時間だった。
チョコは欲しいけどこんなにたくさんはいらないな。
半田は疲れた様子で席についた豪炎寺に、には聞こえないように耳打ちした。




「豪炎寺、からもらったことないってほんとか?」
「・・・ああ。むしろ毎年俺が渡しているくらいだ。まあ、バレンタインじゃなくてもの手料理は食べてるんだが」
「うん、心配してやった俺が馬鹿だった。チョコに埋もれて糖尿病にでもなりやがれ。ていうかほんっとお前ら似たもの夫婦だな!」
「半田? 夫婦じゃない、まだ籍は入れられない」




 今日の半田は何かにつけて言葉がきつい。
これもの影響だろうか。
の理解しがたい暴言よりもやや知性は感じるが、普段聞き慣れていない人物からの一言は重いものがある。
いったいどうしたのだろうか。
こちらが気に喰わないことを言ったのであれば教えてほしい。
謝るなり改善するなり努力はするから、頼むからお前まで化しないでくれ。
あれはだから許せるのだ。
以外に言われる暴言は、たとえ台詞が一緒であろうと苛々するし傷つく。




「修也、やっぱ袋足りないんじゃない? 学校終わったら一旦家帰って中身空っぽにした方がいいよ」
、頼みがあるんだが」
「やだ。私は魔除けのお守りじゃないんですうう」
「チョコくれって付きまとわれストーカーされたいのか? 等価交換だ」
「やだやだ、そんなに困ってんなら秋ちゃんか春奈ちゃんに頼みなよ」
「その2人に頼むのが一番まずい選択肢だ」
「ていうか私、別に今年は平気だもん。風丸くんいるもん風丸くんと一緒の方がいい」
「風丸と俺とどっちが大切なんだ!」
「は、そりゃもち風丸くんでしょ」




 口走った瞬間に後悔したがもう遅い。
比較対象を間違えてしまった。
どう頑張っても何をしても風丸を上回る評価などもらえるわけがないとわかっているのに、ついつい言ってしまった。
訊かなければ決まりきった回答をあえて聞かされる必要もなかったのに、予想以上のチョコ攻勢に参っていたのだろうか。
豪炎寺は口を噤むと、から顔を背け眉間に皺を寄せた。
どうしてこんな子と長く付き合っていられるのだろう。
たまに理由がわからなくなる。
9年来の幼なじみよりも1年も経っていない幼なじみの友人を迷わず選ぶなんて、せめてフォローのひとつでもしてほしかった。
2つ貶せば1つ褒めるという、人間関係を良好なものにしていくためのコツをつかむ気配が見られないが恨めしい。
豪炎寺は様々な意味で重い紙袋の中身をちらりと見つめ、ため息を吐いた。































 天の楽園が近付いて、遂に地上に光臨したらしい。
周囲をも花畑に巻き込んでくれるのは嬉しいが、あまり刺激的なことはしないでいただきたい。
半田は風丸と仲良くポッキーを分け合って食べようとしているの手から、ポッキーを奪い取った。




「あ、何すんの半田! いくらチョコもらってないからって人の奪うことないでしょ!」
「それはこっちの台詞だっての! 何やってんだよお前ら、ポッキーの日は今日じゃねぇぞ」
「やりたいって思った日がポッキーの日でいいじゃないか。なあ
「ねー!」
「ほら。おでこくっついたらおしまいな。、何味がいい?」
「えっとね、まずは普通のがいいな」
「うーん、俺はイチゴ味がいいけど・・・。そうだ、両方やろう!」
「きゃあそれ素敵!」





 そういえば、最近のバレンタインデーは逆チョコという流行もあった。
もらうことばかり期待せず、男の方からも手渡すのがトレンドらしい。
デコポッキーってやつが流行ってるらしいからに作ったんだと、輝く笑顔でチョコを手渡した時の風丸のかっこよさといったら。
その手があったかとマントを握り締め悔しがる鬼道は滑稽でありながらも少しだけ哀れで、直視できなかった。
そして今、風丸たちは余ったポッキーで季節外れのポッキーゲームに突入しようとしている。
おでこがくっついたら終わりというなんとも健全なゲームだが、見ている者、特にを少なからず想う者にとってはただの拷問だ。
ほんとに2人は仲良しだなあと笑っている円堂が信じられない。




「風丸が羨ましく恨めしい・・・。だが、風丸だから認めざるを得ない俺はどうすれば・・・!」
「鬼道もやりたいって言えばいいんじゃねぇの? 今のノリなら、鬼道ともやるって」
「おでこだぞ、額だ! 鼻とかくっつかないのか、万が一事故が起こったら俺は風丸の息の根を止めるかもしれない・・・!」
「うーん、鬼道の場合は鼻とかおでこの前にゴーグルが邪魔かもな!」
「茶化すな円堂・・・! くっ・・・、のチョコは欲しいが、豪炎寺ならともかく風丸からは奪えない・・・。風丸一郎太、恐ろしい男だ・・・」





 鬼道の熱い視線をものともせず、きゃっきゃとポッキーを食べている風丸との傍には綺麗にラッピングされた箱が2つ置かれている。
形からしてケーキだろうか、いや、クッキーかもしれない。
何にしても美味しそうだ、失敗作でも焦げたものでもいいからとにかく欲しい。
恥を忍んで、くれと言うべきだったろうか。
だが少しだけ、本当に少しだ、たくさんではない。
少しだけ、言わずとも友チョコという形ででももらえるかなと期待していたのだ。
いつもたくさんありがとうこれどうぞ鬼道くん、美味しく食べてくれる?と、にこにこ笑顔で渡してくれるを想像していたのだ。
だからその時に備えて、どもらず意地を張らず素直に喜び受け取る台詞の練習もしていた。
使用用ではなく、観賞用のの写真を練習台にして。
見た目は同じだが仕様用途が違うのだ。これを間違えるとたちまちのうちに違う世界に意識やら魂やらが飛んでしまう。
チョコをもらえるかもしれないと淡い期待を抱いて練習もしていたから、今回は春奈の手を借りなかったのだ。
借りていれば、俺も風丸のように楽園の住民になれたのか。
今更悔やんでも遅いが、それでも鬼道は悔やまずにはいられなかった。




、何作ってくれたんだ?」
「大したのじゃないけどいっぱい愛情詰めたよ! 風丸くんにチョコあげた他の子に負けてないかなあ?」
「あはは、俺は豪炎寺や鬼道みたいに靴箱や机の上びっしりじゃなくて全部手渡しだったから、以外の全部断ったんだ」
「そうなの!? 私あげるって言ってなかったのに風丸くんよくわかったね!」
「まさかみんなを差し置いてもらえるとは思ってなかったけど・・・。でも俺も用意しておいて良かった」




 本当に、まさか鬼道と豪炎寺を通り抜けてこちらにくるとは思わなかった。
義理か友タイプのチョコくらいは渡しているだろうと思いきや、その気配はないのだからの選抜方法が不思議でたまらない。
まあいっか、誰もかもがもらえるもんじゃないしな、バレンタインチョコって。
風丸はチョコを丁寧にカバンに仕舞い部室を出て行こうとするを見つめた。
視線に気付いたがへにゃりと笑うので、笑い返して頭を撫でてやる。
可愛い、本当に可愛い。
ポッキーを一緒に食べている時に改めて気付いたが、とてもいい匂いもする。
何のシャンプー使ってるのか今度訊いてみよう。




「あ、そういやそうだった。鬼道くん、はいこれ」
「え・・・!? まさか、俺にも・・・!」
「いやあ、やっぱ私鬼道くんにはほんっと滅茶苦茶ご迷惑かけてるから罪滅ぼし? 菓子折り?
 ペンギンさんの形にしたけど、食べにくかったり嫌いだったらぜひ帝国のイケメンさんたちに差し入れとして!」
「あああいつらにやるなんてもったいない! ありがとうとの思い出に浸りながら美味しくいただこう!」
「あ、いや、だからその思い出ってのが半分は黒歴史なんだけど・・・」




 差し入れとして渡すことが前提だったのか、ファミリーパックばりに大量にクッキーが詰め込まれた袋を受け取ると、鬼道は宝物のようにそれを両手に抱えた。
誰が他人に渡すものか。
これはすべて自分で食べるのだ。
ペンギンの形など、対象人物は1人しかいない。
ということはつまり、が自分のためだけに作ってくれたのだ。
そう思っただけで3倍は美味しく食べることができそうだ。
の手料理を食べたことがないので、上手いか不味いかわからないのだが。





「じゃあまたねみんな!」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ・・・!」




 やるべきことを今度こそ本当に終えたのか、がひらひらと手を振って部室を後にする。
なんだ、放課後まで待ったのに結局ないのか。
お前ほんとに親友を蔑ろにしすぎだな。
鬼道がどうだと自慢し豪炎寺の機嫌とテンションが急降下しているようだが、今は彼を慰めている場合ではない。
こちらが慰めてほしいくらいだが、勝ち組にはできれば憐れまれたくない。
今年もゼロか。まあ、もう慣れちゃったけど。




「・・・あ」




 床に座り込み1人で拗ねていると、携帯がメール着信を知らせる。
人が落ち込んでいる時に軽快な音立てやがってと、自分の携帯にまで毒づきたくなる。
半田は画面を開き文面を読むと、よっしゃあと雄叫びを上げ部室を飛び出し校門へ猛ダッシュした。
突然の半田の奇行に驚いた円堂たちが慌てて追いかけてくるが、この喜びは誰にも止められない。
半田はゆっくりまったりと校門を出て歩いているの背中に向かって絶叫した。
あいつ、机の上に隣人愛の忘れ物ってほんとにもうあああああ!





お前マジ好き! 来月楽しみにしとけよ! 大好き超好き!」

「半田、それは俺に対する宣戦布告と受け取ってもいいのか?」
「半田、あんま身の丈に合わない事言うと豪炎寺にやられるぞ?」
「エースストライカー、今日の格言。半田、ちょっとGKになれ」




 初めてだ、出会って初めてが天使に見えた。
半田は外野の抹殺予告を聞かなかったことにして、そそくさと忘れ物の回収へ向かった。






「いやあ、毎年みんな手作りで男の胃袋落とすことに必死だよねー」「俺はとっくに落ちてるから、あえて俺には渡さないのか?」




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