ライバルは隣席にあり




 おいおい面子がおかしいぞ、いつもの幼なじみはどうした。
ちょっといいかと豪炎寺に呼び出された半田は、先着しているとばかり思っていた人物の不在に動揺していた。
豪炎寺、俺と2人で会話する話題があるんだな。
彼との共通の話題と言えばあれしかない、の迷惑行為。
また何かやらかしたのか。
顛末を聞くより先に漏れたため息に、豪炎寺が神妙に頷く。
やはりそうきたか。予想はしていたが当たってほしくはなかった。


「覚えているか半田、の言葉を」
「何ひとつピンとこない」
「俺へのチョコと偽装して、実際は宛を置いていく連中のことだ。が言ってたろう」
「豪炎寺が覚えてんならそうなんだろうな。それが?」
へチョコは渡させない。に無下にされる哀れな被害者をなくすためにも」
「お前本当に面倒臭い幼なじみだな! やきもち爆発してないか?」



俺、モテる奴よりも自分の心配したいんだけどな。
半田の嘆きが豪炎寺に届くことはなかった。


























 豪炎寺くん、いる?
木戸川清修の校門に突如として現れたそれは、見た者の大多数を混乱と絶望に陥れた。
違う次元から迷い込んでしまったのか、豪炎寺ファンを名乗るにしてはあまりにも古い知識を持っている。
ファンならばもっと彼の最新情報を仕入れていそうだが、サッカー部を辞め一中学生として雷門へ渡ってしまったことは、往年の豪炎寺ファンの記憶を破壊する程度にはショッキングな事件だったのかもしれない。
そして、これほどの美少女をもすげなく扱う豪炎寺のモテぶり。
人の好みには違いはあるが、彼女は間違いなく可愛らしい。
彼女ほどの美貌をもってしても、あの豪炎寺を射止めることはできないのか。
きっと噂に聞く豪炎寺の幼なじみとやらは、彼女以上に出来上がった完璧な存在なのだろう。
何せ豪炎寺が主人公のマンガにも公式ヒロインとして採用されてしまった地球公認の彼女なのだ。
本人たちの意思の所在がまさか合致していないなんてこと、宇宙人が来襲しようとありえない。




「あ、あの・・・」
「ん?」
「豪炎寺さんは今、雷門に・・・」
「・・・あっ、そういえばそうだよね!? やだ、私ってばどうしちゃったんだろ。修也と同じクラスにいるのに長くて変な夢でも見ちゃったかなー・・・」



 変なこと訊いちゃってごめんねと謝られた一般木戸川男子学生Aが、ありがとうございますと上ずった声を上げる。
ごめんに対してありがとう、用法としては間違っているが言いたい気持ちはよくわかる。
むしろ言えるだけの意識を保っていてあっぱれと額にステッカーを貼ってやりたい。
一足早い桜満開の春のような美少女が校門を去り、日常が再び訪れる。
春はまだ遠いようだ。



























 今年は例年以上に衛生環境に気を配らなければならない。
バレンタインイベントで集団感染など洒落にならない。
今までは有能な作戦参謀兼折衝役の半田に諸般の手続きは任せていたが、彼はごくごく普通のどこにでもいる平均的な中学生だ。
夏未との調整には慣れてきても、公的機関とのやり取りはできない。
幸いにしてこちらにはスーパースペシャルオブザーバーとして勝也パパがいる。
彼の助言を受けながらチョコ受取ボックスを設置し、お返し会の企画も進めなければ。
やることが多すぎて頭が痛くなってきた。
期末テストに向けた理科の復習は明日でいいや。



「お返し会のチケット配布も危ないなら、今年は眼鏡くん投入してオンライン予約とかにする? うーん難しいー! それもこれも修也がモテるから!」
「目金だ。悪かったな、復習はこの後するから」
「心の声まで聞こえるようになっちゃって修也くんやぁらしー。いや別に修也がモテるのはいいのよ、なんだかんだで修也がモテなかった年はないんだし、急にモテなくなったら逆にびっくりするから」
、今年はいられるだけ俺と一緒にいてくれないか?」
「今も充分一緒にいるんだけど、これ以上ってなくない?」
「それでもだ。、昨日木戸川に行ってただろう。武方兄弟から連絡があった。ああいうのも駄目だ」
「あぁあれ? 私もなんで行っちゃったかわかんなくてさー。変なこと訊いちゃって男の子には悪いことしちゃった。お返しにチョコ渡しとこっかな、どう思う?」
「やめておけ」
「なんで」
「・・・渡された奴がどんな目に遭うかわかったものじゃない」
「む、なぁんか私の作ったチョコでお腹壊すみたいなこと言わないでほしいんだけど」



 もしも善良な木戸川中生が、からお詫びとやらでチョコをもらってしまったら。
とはどういう関係だ、なぜお前だけが貰っている、生意気だ。
半田でもない少年が味わうには過酷すぎる日になるに決まっている。
こちらも半田という常軌を逸した対強者と日々接しているから失念しかけていたが、から寄せられる感情は常人にとっては刺激が強すぎるのだ。
女を巡って戦争して滅んだ国も歴史上には存在する。
幼なじみを学級崩壊のトリガーにしたくない。
豪炎寺は不満顔のにそうじゃないと返すと、対策なんだと神妙な顔で伝えた。



「毎年、を介して俺に渡してくる子もいただろう。だから初めからと一緒にいたら俺が直接受け取れる。回しチョコも良くないかもしれない」
「なるほど? でも、それと私が木戸川ボーイに詫びチョコするの関係なくない?」
は詫びだと思っていても、相手が同じように思ってくれるかはわからないだろう?」
「確かにそれはある。私って可愛いからチョコも鬼道くんや半田みたく友だちですってちゃんとわかってる人にしか渡せないもんね。あ、風丸くんは本命ね」
「ああ、それでいい。鬼道は友だちだ」



 自己評価が天ほど高い幼なじみで良かった。
呆れる気にもならない。
だが、これでひとまず今年のを守ることはできる。
どこの誰ともわからないような連中のチョコなどの口に入れさせてなるものか。
これはただのバレンタインではない。
こんなのでもそれなりに大切な幼なじみを守る戦いなのだ。



「つーことは今年こそ俺はお役御免だな? ついに俺にも平穏で平凡なバレンタインが戻ってくる・・・」
「ああ、今まですまなかった半田。来月の返礼会はの提案通りオンライン開催にしようと思う」
「わかった、じゃあ俺は音無と目金に機材諸々の手配つけてくるわ。雷門は・・・今年は大丈夫かな、部室で撮影すればいいだろ」
「よろしくねー半田。今年の友チョコも期待しててよね!」
「友チョコとわかりきってるものを喜んで待ち望む男がいると思ってる、?」
「あれ、嬉しくないの? 私は半田からもらうホワイトデーいつも楽しみにしてるんだけどな・・・」
はほんと俺をどうしたいわけ!? 俺そのうちテンションの振れ幅でかすぎておかしくなりそう」




 友チョコも義理チョコも幼なじみチョコとしてももらえないこちらを愚弄しているのだろうか。
本命がひとつももらえないことがほぼ確定しているバレンタインを、あれほど紅潮させた頬で待望している男が他にいるだろうか。
真に阻むべきは名も知れぬの男ども(一部女子含む)ではなく、半田ただひとりだったのかもしれない。
豪炎寺はに理想の友チョコをオーダーしている半田を横顔をじいと見つめた。
策略家の顔は、案外平凡だった。




本命チョコと書きまして、「マジで大好きチョコ」と読みます



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