焼け野原の攻防戦




 自慢でも自惚れでもなく紛れもない事実だが、幼なじみは抜群にイケメンだ。
女心を理解しないすっからかんな中身といった性格の難点は見た目に反映されないから、豪炎寺はどこからどう見ても完全無欠の文武両道スーパーイケメン中学生だ。
異論に耳は傾けるが、決して頷きはしない。
「豪炎寺くんって実はそんなにイケメンじゃないよね?」。
答えは「No」又は「いいえ」、あるいは「何言ってんの?」の3択だ。
そう、豪炎寺は本当に、見た目だけは非の打ちどころのない美男子なのだ。
ありとあらゆる自称他称イケメンとやらからご縁を結ばれたがっている絶対的美少女にしてマジ天使の自分が言うのだ。
うちの修也は、誰よりもどこよりも顔だけは良いのよ!!
はそう叫ぶと、半田の机に突っ伏した。



「だってのに、なんで急にモテ期終わってんのよぉぉぉー!!」


 こんなの私の幼なじみじゃない。
どうしてこんなにモテなくなっちゃうのだ。
なんでなの~~~!!
自覚のない犯人が、きゃんきゃんと目の前で被害者を詰り続けている。
約1年前ののせいだと言ったところで、彼女はどうせ何も気付きやしないのだ。
罪悪感という感情の存在そのものを、そもそもは知りもしないかもしれない。
ありうる、なぜなら教えたことがない。
の一般常識を過信していた。



「確かに去年は前より修也のかっこいいとこ見せる機会減ったけど、横断歩道で突っ立ってるだけでも告白されてた全盛期はどこに行ったの」
「いや、今でもされてる」
「もしかして、ありがとうを一斉送信するような甲斐性ないとこ大っぴらにしちゃったのがまずかったんじゃない? みんな修也の本性にやっと気付いたんだ」



 気付かれてしまったのは、去年オンライン返礼会の配信映像にうっかり映り込んでしまったの手だ。
サッカーグラウンド以外でも自分を火種に発火現象が起こせると、今回の騒動で初めて知った。
できれば知りたくなかった。
誰でもいいから全身に消火剤を浴びせてほしい。
豪炎寺はの小さな手へ視線を落とした。
争いを生み出す悪魔の手に見えた。



「修也の幼なじみやって来て早何年。まさかこの季節に反省会することになるなんて、あーあ、モテなくなった修也なんてただのサッカーバカの筋肉バカじゃん」
「つーかあんだけ炎上してももらえる豪炎寺やばくね? 全員雷門中の奴らだろうけど」
「半田は炎上しなくても友チョコ1個だもんね」
「なんかだんだんその1個が誇らしくなってきたけどな。それはそれとして、はいっぺん心込めて俺に謝れ」
「なぁんでほんとのこと言って謝んなきゃいけないの。で、今回修也のバレンタインチョコが超減った理由はわかったの、眼鏡くん」
「目金です! まず、去年雷門チャンネルにて限定配信されたホワイトデー返礼会の映像をご覧下さい」



 視聴覚室から仰々しく巨大スクリーンを引きずって来ていた目金が、PCをちょいちょいと弄っている。
薄暗くした教室に浮かび上がるのは、人生初の配信ムービーにやや緊張していた1年前の豪炎寺だ。
去年と何も変わっていない。
むしろ今の豪炎寺の方が体つきもがっしりとして背も伸びて、イケメン度は去年よりも格段に上がっている。
見た目の問題ではなさそうだが、ということは豪炎寺の大根役者ぶりに女子が引いてしまったのだろうか。
確かに、デートをしたとき隣にいるであろう豪炎寺がこれほどカチコチで不愛想なら、ロマンもムードも何もない。
だが、もっと前にグラウンドの隅で開催したお渡し頒布会ではむしろ、「そのぎこちなさとクールさが素敵!」と惚れ直していたファンも少なからずいたのだ。
今回脱落したのは、豪炎寺ファンの中でも素人寄りの子だったのかもしれない。
現に、木戸川や雷門の女子たちからは相変わらずの人気っぷりだ。



「ったく、ファンなら好きな子のどんな状況も受け入れられるタフさ持ちなさいよね」
、風丸のこと絶対見捨てなさそう」
「当ったり前じゃない。私、修也と風丸くんが喧嘩したら風丸くんの味方するからね」
「それ頼もしいのか?」
「ここです! この手! ずばり、今回の豪炎寺くん大炎上の原因はさんです!」
「は?」



 突如叫んだ目金の声に、忘れかけていた映像へ視線を戻す。
事前に用意された原稿をしかめ面で読んでいた豪炎寺の手元に、すっと別の手が伸びる。
『修也、原稿一枚忘れてるよ』。
本人は小声で呼んだつもりなのだろうが、妙な囁き声と共に現れたのは柔らかそうな小さな手だ。
なるほど、これがオンラインにおける炎上というのか。
痛くも痒くもない。
は巨大スクリーンに映す自身の手の美しさに満足げに頷きながら、で?と目金を顧みた。



「なに? みんな私の手が可愛すぎたからびっくりしてるの?」
さん、鈍感な美少女枠は激戦な上ありきたりなので、他の方に譲ってあげましょう」
「は? 私レベルの美少女がありきたりってなに? 目金くん私に喧嘩売ってるの? ぶつわよ」
「ひええ! ぼっ、暴力的なヒロインも今はコンプライアンス的に問題となるので!」



 目金が何を言っているのかさっぱり理解できない。
日本語を話しているはずなのに、何ひとつ耳に入ってこないしピンと来ない。
人を炎上の犯人だなんだといちゃもんばかりつけて、気分は最悪だ。
の苛々を感じ取ったらしい目金が、半泣きで教室から飛び出していく。
逃げ出し方が初めて帝国と練習試合をした時と同じ怯えようで、ますますご機嫌斜めだ。
ははああと深くため息を吐くと、両手で頭を抱えている半田に声をかけた。
半田と呼びかけただけで片手を挙げてくれる半田が、とても頼もしく見える。
さすがはこの時期限定の作戦参謀だけはある。



「わかった。わかったから、後で目金にちょっとだけ謝っとけ。いいか、お前は豪炎寺の幼なじみなの。で、これは俺らとか雷門中、あと木戸川の奴らの中ではたぶん常識。良くも悪くも目立つお前らだから、新入生とか転校生以外ほぼみーんな知ってる」
「そうなの?」
「そうなの。でもお前の幼なじみはイケメンだから、試合とか見た別の中学の子たちからも人気があって毎年チョコはあの量だった」
「今年は半田の机まで占拠されてなかったけどね」
「普通はそうなんだけど! 余所の中学の子らは、っていう幼なじみがいることは知らない。豪炎寺はあんな性格だから、女の子に興味とかないって思われてそうだし」
「え~、修也スタイル抜群のグラビアアイドルとか好きだよ。ねえ修也」
「・・・・・・」
、そういう話は後で2人でじっくりして。・・・で、そう。バレンタインってのはみんな本気なんだよ。本気で豪炎寺にチョコ渡して、でもって豪炎寺も、まああんな感じだけどちゃんとお返しした。そこに出てきたのが謎の女の子の手と声。な」
「はっ、もしかして私、修也の幼なじみではない別の女の子って勘違いされてる!?」
「そういうこと! これな、ほっとくとやばいと思うぞ。俺もこんな形でくっついてほしくないし、でも外堀埋められるし、鬼道あたりは滅茶苦茶荒れてめんどくさい」
「確かに鬼道くんに迷惑かけてサッカーの練習あんまりできなくなるのは良くない」
「・・・もうそれでいいよ、鬼道は。も嫌だろ、こんな事故みたいな流れで豪炎寺とすんなり収まるの」



 嫌に決まってるじゃんと即答するに、豪炎寺が複雑な表情を浮かべる。
もう少し考えるとか間を置くとか躊躇うとか、そういった配慮はできないのだろうか。
できるはずがないだろう、かぐや姫や桃太郎の存在を確認せず真っ二つに叩っ切りそうなだ。
それが彼女の愛すべき美点なのだ。
は半田の説明を聞き終えると、目金が置き去りにしたビデオカメラを見つめた。
勝手に勘違いして炎上させた女子たちには若干腹が立つ。
雷門中学校内専用回線のはずなのに、あっさりと他校の生徒に視聴させた夏未たちのセキュリティの杜撰さも問い質したい。
豪炎寺の幼なじみではない親しい女の子、例えば彼女などと誤解されたままでは困る。
アイドルにスキャンダルはいらないのだ。
あと、やっぱり豪炎寺はこれからもいっぱいモテてほしい。
今年は無理でも、来年はまた半田の机を占拠するレベルのモテっぷりを見せつけてほしい。



「半田、配信するわよ」
「お、謝罪動画か?」
「は、何言ってんの、正々堂々修也の隣でお礼するわよ」
、どうするつもりだ」
「あの手は私のでしたー、私は修也の幼なじみですって言えば万事解決するでしょ」
「しねぇよ!? なに、も炎属性? そんなに寒いか今年!?」
「大丈夫大丈夫、だって今年くれたのは雷門と木戸川の子ばっかなんでしょ。みんな知ってる仲なら拡散してくれるって、ああやっぱ修也まだちゃん離れできてないダメダメダメンズだなあって」
「豪炎寺、お前さっきからボロクソ言われてるけどちょっとは反論しろよ! お前の頭弱いアホの幼なじみがとんでもないことしようとしてるぞ!?」
を頭が弱いアホ呼ばわりするとはいい度胸だな、半田」
「そうよそうよ! 大丈夫大丈夫、何かあったら修也がなんとかするって! 半田も助けるでしょ?」



 2人の謎の自身はどこから湧いているのだろう。
豪炎寺はなぜ、この強気のメンタルをサッカーの試合で出し切れないのだろう。
が味方にいればなんでもできる、すべてが叶うとでも思っているのだろうか。
女の子たちとは違う意味でちょっぴり羨ましい。
が、ほんの少しだけ不安そうな表情でこちらを見つめている。
覚悟を決める時だ。
頼られているのなら、手を差し伸べるに決まっている。
なぜなら自分は、から直々に友チョコを贈呈される友人なのだ。
豪炎寺以上にが大切だ。



「じゃあ場所は部室で、変に捻じ曲げられないように雷門と音無に根回しして、あと・・・」
「今度は私も映るんだから、部室の大掃除もやってよね」
「円堂に言っとく」
「電球も新しいのに変えといて」
「染岡と壁山に言っとく」
「今年のお返しは、今月デキたばっかのカフェでパンケーキね」
「小遣い貯めとく」



 配信次第ではとのホワイトデーも悲惨になる気がするが、彼女は何の心配もしていないのだろう。
半田はビデオカメラに電源を入れると、録画ボタンを押した。
フレーム越しに映る豪炎寺とは、誤解しないのが難しいほど仲睦まじい関係に見えた。




雷門チャンネル再生数、ダントツ1位を取りました



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