スタンダードは最先端




 時代が変わったなあと思う。
一昔前までは、さんからチョコが欲しいけどそんな命知らずなことは言えないと廊下の隅で尻込みしている男子生徒ばかりだった。
はーい隣人愛と大声で義理義理の義理チョコをアピールしてクラスメイトの1人に手渡されていた光景を見ても、でも俺たちには関係ないしと見て見ぬふりをしている生徒たちばかりだった。
時代を変えてしまった、この俺が。
半田は、有象無象の男子生徒に包囲されている親友を眺めようとして諦めた。
二重にも三重にも囲まれてしまっているため、の姿が見えない。
包囲網の中でがどうなっているのかさっぱりわからない。
これ、やばいんじゃないか?
傍観者から当事者へ転身した半田は、そこそこに分厚い輪の中へ潜り込んだ。
同性すらむさ苦しいと感じてしまう圧の中、が涼しげな顔で着席していた。



「ちょ、お前ら囲んで何してんだよ! 散れ! 散れ!」
「で、でも俺たちもさんにその、チョコ的なものを渡したくて」
「それでもそんな怖い顔して囲む奴がいるか! ほら並べ、一列に並んで順番に渡す!」
「・・・半田」
「何だよ、俺は今数年ぶりの列整理で忙しいの! あーもう最後尾ボードどこやったかな、部室にまだあったかな」
「もうちょっと早く来れたりしなかった? 半田も今日は遅くない?」
「人を豪炎寺みたいに言うんじゃねえ!」



 よくよく見るとの顔色が悪い。
話したこともないジャガイモ同然の男子生徒に一斉に凝視され、さすがに戸惑っていたらしい。
傲岸不遜で天下無敵のだが、彼女の側にはほぼ常に豪炎寺が控えていた。
に不躾な視線を向けてくる命知らずは、彼女が瞬きしている間に豪炎寺が軒並み焼き払っていたはずだ。
だが今日は違う。
豪炎寺は豪炎寺でチョコの受け取りに忙しく、に構っていられない。
だから今日のは一年のうちで一番無防備だ。
まさか、去年の自身のやけっぱちの行動が雷門中に革命を起こすとは思わなかった。
革命のバレンタイン、略してレボリューションVと呼ぼうと思う。
必殺技みたいでなんだかかっこいい。



「なんだよ半田、そこどけよ!」
「退けるか! ほら、1人5秒! 渡したら散る!」
「あ、あのさん、その、いつもありがとう・・・」
「ありがとう! でも私何かしてあげたっけ?」
「あ、その、体育とか」
「体育?」
「はいそこまで! 次!」
「ねえ半田、体育って何?」
「いやわかんね。でも体操服はちゃんとズボンに入れとけ」
「自分豪炎寺くん派です! 推しです!」
「修也に渡すチョコ列はサッカー部前だよ」
「そのアンサーが既に尊いです!」
「長い! 次!」
「半田、マーク剥がすのそんなに巧かったっけ。こっそり練習したでしょ〜やるじゃーん」
「おお、俺はやるときゃやる男だからな」



 との噛み合っていない会話を堪能し解散していく生徒たちの背中を見送る。
良かった、に襲いかかるような欲求不満はいなかった。
思い詰めすぎた輩がいたらどうしようかとピリピリしていたが、ひとまず皆を恋愛対象ではなく崇拝の対象として見ていた。
に邪な思いを抱いている生徒は複数人見受けられたが、そこには鬼道も含まれるので大目に見ている。
目を瞑っておかなければ、鬼道も豪炎寺に燃やされてしまう。
豪炎寺は既に燃やしたくてたまらないだろうが。



「ふー、疲れた! なんか今年はすごかった! 私って何なの?」
「お前念願の女神様だよ」
「え、そういうこと!? やっとみんな私の魅力が人智を超えてるって気付いてくれたんだ!」
の自己評価も雲突き抜けてんだよなあ」
「結構気付くのに時間かかったよね、私が雷門に来て何年経ったのって話。まあみんな熱心すぎて最初はちょっと怖かったけど。来てくれてありがとね半田、はいこれお礼」



 机に収まりきれずエコバックに詰め込まれたお菓子の中から、が包みをひとつ取り出し半田に渡す。
お供え物はもらえねぇよと固辞すると、が不思議そうに首を傾げる。
もらいたてほやほやの上納品を早速払い下げるのは女神といえども失礼ではと思ったが、人間の常識が通じないには理解しがたい情緒なのかもしれない。
私が作ったんだけど、今年はいらないの?
の返答に、半田は顔を上げた。
去年の理不尽な仕打ちで今年は端から諦めていたのに、まさかの復活?
そんな奇跡ってある?
今日までの一年の間に俺、何かかっこいいことした?
心当たりはもちろんまったくない。
あるとすれば、が豪炎寺と風丸の勇姿見たさにフットボールフロンティア決勝戦の録画を再生したくらいだ。
ひょっとしたら今回再生した映像には、見切れ気味に背番号6番の勇姿が映っていたのかもしれない。
ありがとうカメラアングル、ありがとうの気まぐれ。



「去年半田くれたじゃん? やっぱ同じタイミングで渡さないと先手打たれたみたいでもやっとしてさあ」
の負けん気の強さに不意打ちされて、俺も信者になりそう・・・」
「信者? なんかよくわかんないけどほら、半田も今年のちょうだい! あ、半田もセオリーどおり並ぶ? 半田なら特別、30秒あげる」
「短え・・・」



 ここ片付けたら修也の列見に行こうよ、今年はどんなお返しにする?
よいしょと掛け声を上げ両手に袋をぶら下げたの片手から、ずっしりと重いそれを引き取る。
強がってはいるが、本当に包囲網の中では怖かったのだろう。
ちょっとした出来事にも豪炎寺の名前を出してくるあたり、なんだかんだでもこの時期は豪炎寺を当てにしていたのかもしれない。
これをきっかけにの豪炎寺評価が少し良くなるといい。



「やっぱお前ら、この時期は一緒にいた方がいいと思う。お互いそっちのが安心だし気が楽だろうし」
「半田もまあまあ心強かったよ」
「そこを比べられたくもないから尚更一緒にいてほしいんだよなあ」



 片手が空いたが、果てしなく続く行列と対峙している豪炎寺にお~いと声を掛ける。
遅いぞ! 人を修也みたいに言わないでよ、もう!
居並ぶ女子生徒たちの前で盛大に痴話喧嘩を始めた2人に、今年も始まったわねと行列から歓声が上がった。





「私たちのはほら、納チョコみたいな?」「お賽銭あげるのと同じ感じ」




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