日替わり王子様あります
夕香にまとわりつく虫はすべて焼却処分対象だ。
相手が小学生であろうと中学生だろうと大人だろうと、夕香に下心を持って近付く男はすべて殺戮対象だ。
では、彼はどうなのだろう。
豪炎寺はと共に夕香の病室へ見舞いに訪れたチームメイトを見やり、複雑な思いを抱いた。
本当の本当に、知らない間にだけでなく夕香とも仲良くなっていたらしい。
半田お兄ちゃんこんにちはと満面の笑みを浮かべ歓迎する夕香を見て、2人の親密度の高さを思い知らされた。
「おー夕香ちゃん今日は元気だなー!」
「今日はじゃないもん、今日もだもん! ねぇ半田お兄ちゃん、今日もご本読んで?」
「いいよ。今日は何がいい? 俺としてはいい加減王子様お姫様ものじゃなくて、日本昔ばなしとかぐりとぐら系がいいんだけど・・・」
「何よ、半田そんなに王子様役やなの? 絵本の世界くらいでしか王子様役もらえないんだからありがたく読みなさいよ」
「だから前も言ったろ、お姫様がなのが気に喰わないって! あと、ロマンス系ばっかだから夕香ちゃん夢見がちになっちゃうんだろ」
「えーと、今日は人魚姫がいいな」
「夕香ちゃん、俺の話聞いてないんだ。よーしじゃあ、お前泡役な」
「ああ確かに半田なら空気読まずにあっさり泡にさせそう。じゃ、修也は毒薬渡す役ね」
王子様役が半田というのはもう決まっているらしい。
と半田の間ではそれが了解事項なのかもしれないが、そうだとしても配役会議くらいは開いてほしい。
そもそも、昔は王子様役は自分だったではないか。
なぜぽっと出の半田に奪われなければならないのだ。
最近はぽっと出の連中が台頭してきて非常に困る。
磐石の地位だったはずが、ぐらぐらと足元から崩されているように感じられてならない。
「あ、ていうか私途中から台詞ないじゃん。仕方ない、じゃあ今日はナレーターは私がやったげる」
「、1つ訊いていいか?」
「へ? なぁに修也」
「どうして半田が王子役なんだ? 半田はせいぜい人魚姫の姉たちか他国の姫だろう」
「ん? じゃあ修也が王子様になったら半田が他国のお姫様? やっだー何それもしかして修也の潜在願ぼ「悪かった、もう文句は言わない」
「そうだぞ、気持ち悪いこと言うなよ。ほら、さっさと始める」
「はーい」
半田に急かされたが絵本を手に取り読み始める。
姫以外の声の吹き替えはしないというのがのスタイルなのか、人魚姫の姉も父も一般人の台詞もすべて半田が読んでいる。
微妙に声音を変えていたりと趣向を凝らしているあたり、入院中によほどに付き合わされていたのだろう。
思わず聞き入ってしまうほどに巧い読み方だ。
バッドエンドを迎える人魚姫だからまだいいが、シンデレラや白雪姫といったハッピーエンド系の話だとイラッとしてしまいそうだ。
夕香が大きな瞳をきらきらと輝かせ聞いているのも気になる。
「こうして、王子様と結ばれることが叶わなかった人魚姫は海の泡となってしまいました。おしまい。どうだった夕香ちゃん」
「すっごく楽しかった! 半田お兄ちゃん、ほんとに王子様上手になったねー!」
「はあ、そりゃどうも・・・。・・・上手くなったところで何の収穫もないけど」
「夕香、お兄ちゃんは?」
「うん、お兄ちゃんもかっこよかったよ! ねぇねぇ、今度はシンデレラ読んで?」
「夕香ちゃんシンデレラ好きだねぇ、もうこれ何回目だっけ」
「5回は読んでる。今日はどういう系の王子様がいいんだ、夕香ちゃん」
「ちょっと待ってくれ、どういう系って何だ半田」
「あ? 豪炎寺知らねぇの? いつも同じパターンで読んでたら俺らも夕香ちゃんも飽きるから、王子の性格とか変えんだよ。今までで一番受けたのはヘタレ系王子」
豪炎寺はと一緒に割と真面目に考えている夕香を見下ろした。
きらきら男前系イケメン王子様が絶対いいよ超おすすめと熱弁するに、夕香がそれは風丸お兄ちゃんしかできないよと返している。
なんということだ、風丸まで王子役をこなしていたのか。
ここまできて、どうしてお兄ちゃんが王子様と夕香は言ってくれないのだ。
もしかして、早すぎるお兄ちゃん離れ?
勝手に1人で考え勝手に落ち込んでいる兄に気付くことなく、夕香は不器用系と声を上げた。
だから不器用系王子様って何だ。
ガラスの靴と間違えてブーツを手にしてしまううっかりさんなのか。
ダンスの時に足を踏みまくる運動音痴なのか。
わからない。半田とのシンデレラ二次創作についていけない。
人魚姫に続き、またしても置いてけぼりだ。
「できる半田、不器用系」
「鬼道と豪炎寺を足して割った感じにすればいけんじゃないかな。要はあれだろ、靴履かせた一番ラストに告白とプロポーズすればいいんだろ、ちょっとどもりながら回りくどく」
「ああそうたぶんそんな感じ。確かに鬼道くん、なかなか言ってくれなかったもんなー」
「いや、鬼道は割と早い段階から言ってたけど」
5回以上もやれば慣れてくるのか、てきぱきと設定を確認し合っている半田とに声をかける。
俺は何をすればいいと尋ねると、2人で顔を見合わせた後で継母と姉という答えが重なって返ってくる。
どうしてだと食い下がると、今度は半田がの耳を塞いだ上で冷めた瞳で見据えてくる。
お前得意じゃん、傷つけて苛めて意地悪するのと言われてしまえば、前科がいくらでも思い当たるので何も言い返せない。
まだ相当根に持たれているらしい。
なになになぁにと無邪気に声を上げるに半田はにこっと笑いかけると、何事もなかったように手を外し夕香に向き直った。
「どうしたの半田、いきなりノイズキャンセラーなんかしちゃって男同士の秘密の会話?」
「ま、そんなとこ。さ、始めようぜ」
「ん。ほら、修也もさっさと継母になりきる! あ、ここぞとばかりに苛めちゃやぁよ」
「そんなことしない」
できるものか、次やったらもうおしまいなのだ。
できるわけがない。
戸惑いが演技にも出てしまったのか、いまいち迫力のない継母と姉になってしまう。
なまじ後半の不器用系王子様が良かっただけに、こちらの大根役者ぶりが目立ってしまう。
これは後で何の事情もわかっていないに叱られるな、確実に。
豪炎寺はきゃっきゃと半田を褒め称え、あるいは偉そうに及第点を与えている夕香とを見つめ小さく息を吐いた。
なんというか、風丸と並んで一番的に回してはいけない人物から警戒されてしまったらしい。
「半田お兄ちゃん、ほんとに王子様かっこいいね!
お兄ちゃんとお姉ちゃんがやってる時も本物の王子様たちみたいだったけどねっ、半田お兄ちゃんともラブラブしてるみたいに見えるんだあ」
「あー、かっこいいって言ってくれるのは嬉しいけど、とラブラブ言われるのは全力で拒絶したい」
「そうだよ夕香ちゃん。私と半田は親友だからラブラブにはならないんだよ」
「そうなの? じゃあ私が半田お兄ちゃんのお姫様になりたいなあ。そしたらラブラブ?」
「いや、それはもっと難しいって言うよりもまずむ「半田、夕香に近付いたのは下心あってのことか?」いや、ねぇよ!」
「じゃあやっぱりお姉ちゃん?」
「そっちもや「親友だから色々言いたいことも我慢してるんだ。わかってるな?」うん、俺もお前がの幼なじみじゃなかったら確実にバリケード築いてる」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんたちが怖い」
夕香の怖い発言を耳にした豪炎寺と半田がぱっと口を噤む。
まったく、夕香を怖がらせるとはどういう料簡をしているのだ。
夕香の代わりにびしりと叱ると、豪炎寺たちがしゅんと項垂れる。
夕香のことを可愛がってくれるのは嬉しいし楽しいが、必死になりすぎて鬼気迫るものがある。
たかだか絵本の王子様くらいで何なのだ。
学芸会じゃあるまいに。
「半田お兄ちゃん」
「何だ夕香ちゃん」
「あのね、お姉ちゃんはご本の中でだけ半田お兄ちゃんのお姫様だよね?」
「それすらも嫌だから、今度から夕香ちゃんがお姫様役やる?」
「いいの?」
「聞くばっかりじゃなくて読むのも楽しいかもしれないし、そしたらは晴れて継母役な」
「えーやだー、私お姫様しかやりたくなーい」
「わがまま言うな! ったく、どっちが年下かわかったもんじゃねぇよ!」
「わがままじゃないもん、当然のこと言ってるだけだもん」
「だから、お前の当たり前は世間一般じゃ立派なわがままなんだよ!」
本当に手のかかる親友だ。
齢4,5歳の幼女よりも手がかかるのというのはもはや病気かもしれない。
精神年齢の成長が小学校低学年で止まったとしか考えられない。
これから急ピッチで成長させるのにも無理があるし、ずっとこのままなのだろうか。
苦労するだろうな、こいつの本物の王子様。
王子様が見つかるまでは、おそらくは自分が相手をしてやるのだろうが。
「ああわかったよもう。俺で良ければいくらでもお姫様やれよ」
「よっしよく言った半田! 夕香ちゃん、今度は何がいいか考えといてね」
「はぁい」
「ちなみに次は舌切りすずめだ。当分はロマンス系禁止!」
「なんで、チョイスは夕香ちゃんにお任せしようよ」
「駄目ったら駄目だ! そうだろ豪炎寺」
「・・・そうだな、半田にはできれば王子役から半永久的に下りてほしい」
「おっま・・・、ほんとやりたい事とやってる事が滅茶苦茶だな!」
何とでも言うがいい。
夕香のお兄ちゃんポジションは実の兄1人で十分だ。
だけでなく夕香の心もつかもうとするとは、半田も侮れない奴になったものだ。
豪炎寺は童話集を半田の手から取り上げると、次回の公演内容を考え始めた。
豪炎寺さんの髪型では装備できないクラウンは、半田に被せるとすごく私好みに似合う気がする