堕天使の汚点
不良にお姫様扱いされるというのは、傍から見たらどのように映っているのだろう。
かっこいいと思っているのか髪を剃りボディペイントならぬヘッドペイントを施し、そんな不良にしか見えない少年に尽くされているこちらは何なのだろう。
我が幼なじみは、昔はそれはもう愛らしい幼児だった。
髪の毛はとても触り心地が良くてふさふさしていて、目もくりくりとしていてまさに天使だった。
ちゃんと明王くんはお腹の中に羽を忘れてきてしまったねと言われるほどに天使コンビだった。
それが、10年経てば片や不良である。
目つきも鋭くなり言葉遣いも他人の前では悪くなり、まさに不良への道まっしぐらだ。
は不良にクラスチェンジを果たした幼なじみの座るベンチの隣へ腰を下ろした。
「明王くん、なんで不良になっちゃったの? 明王くん学校でも荒れてるし、そういうの明王くんのキャラじゃないから見栄張るのやめたら?」
「嬢の前じゃ変わってねぇだろ。それに不良じゃねぇし、中学2年生デビューだし」
「デビューはもう1年早くしてないと。あと、いつまで私のことそう呼ぶの?」
「人様の家の娘さんを呼び捨てにできるか。かといってちゃん付けは似合わねぇし、じゃあ嬢しかないだろ」
「それで呼ばれるとクラスのみんながびっくりする。さんあの不動くんの何なのってドン引きされてる」
「苛められてんの、嬢」
「ううん、私周囲に敵作らない総受け属性だから、いつも毎日みんなのアイドル」
「そりゃまた妬けることで」
不動はゆっくりと立ち上がると、の前にしゃがみ込んだ。
不動を見下ろすと、不格好な頭髪にばかり目がいって吹き出しそうになる。
髪形戻さないのと尋ねると、戻さない理由がないと即答される。
モヒカンにした理由もないだろうに、妙なところで容姿に固執する男だ。
もしかして今の髪型が時代を先取りしていてかっこいいとでも思っているのだろうか。
それは大きな間違いだ、悲劇が起こる前に早く過ちに気付かせてやりたい。
は不動が世間の笑い者にされるのは嫌だった。
「明王くん、今度の土曜一緒にお出かけしよ?」
「買い物行っても物買う金ないから却下。そうでなくても土曜は試合するから無理なんだよ、ごめんな」
「サッカー部の試合? 最近キチガイ宇宙人が学校襲ってるニュースよく見るけど、もしかしてうちにも遂に?」
「・・・いや・・・、違うけど」
「そっか、じゃあいいけど。雷門中っていう東京の学校のサッカー部が幅利かせてるんでしょ。
すごいよねぇ雷門中、私こないだテレビで観たけど青い髪ポニーテールに結んでる人に超ときめいた」
「・・・ほう? そんなに俺を妬かせたいとは嬢も策士だな」
「妬いてないくせに明王くんまた嘘つく」
何をもって妬いていないと断言できるのだろうか、この子は。
ちゃんとしっかり毎日妬いている。
妬きっぱなしだ。
クラスが違うをちょっとしたことで呼び出してみたりと、最大限の努力をしてとの時間を大切にしようとしている。
家庭環境ががらりと変わり荒んだ生活を送るようになり性格が多少荒れても、の前でだけは昔のままの『明王くん』でいられた。
が何を目にしても変わらなかったことが一番の理由だった。
モヒカンがその一番の理由だ、だからモヒカンは変えない。
不動くん乱暴で怖いと囁かれるようになっても、だけは明王くん明王くんと懐いたままだった。
不動はに他の何よりも丁重に、お姫様のように接するのはそのためだった。
そうすべきなのだ。
まで変わってしまったら、自分は帰るべき場所を失ってしまう。
寄る辺を失くすことが怖かった。
「じゃあその試合私も観に行っていい? 最近転校してきた噂のイケメン2人組も見てみたい」
「それも俺が妬くから却下。嬢を他の連中に見せてたまるか」
「私が見たいのに明王くんのいじわるー」
「嬢の頼みは全部聞いてやりたいけどこれだけは無理、ほんとごめん」
「むー・・・。じゃあ、日曜元気残ってたら宿題手伝ってよ。理科がわかんなくて」
「わかったわかった。絶対に行くから」
「やったぁ! ありがと明王くんさっすが天才!」
次の試合だけは、何があってもに見せてたまるものか。
サッカーにつき合わせていたおかげか洞察力だけは高いの潜在能力に目をつけ、人質代わりに要求しているいけ好かない総帥の視界に入れてなるものか。
純粋にサッカーを楽しんでいるに不純な醜いサッカーを見せてなるものか。
不動は、の前ではいつまでもが知る『明王くん』でいたかった。
が知らない『不動明王』の姿を見せるわけにはいかなかった。
知られてしまうことが恐怖でしかなかった。
「明王くん、最近付き合い悪くて寂しいなって思ってたけど気のせいだった」
「試合終わったらいくらでも埋め合わせする、むしろ嬢が悲鳴上げるまで付き合ってもらうから」
「だったらよろしい。試合応援してるから勝っておいでね、いってらっしゃい」
「いってきます、嬢」
何も知らない純粋なに隠し、騙し続けていることが辛くてたまらない。
しかし、これもすべては2人のためなのだ。
世の中、何もかも知ることが良いとは限らないのだ。
不動はベンチから立ち上がったの服についた砂埃を叩き落してやると、薄暗くなってきた帰路を騎士よろしく護衛するのだった。
不良になってみたのはちょっとした気まぐれで、中身は昔のままの天使な明王くんだと思い信じていたのはこちらだけだったらしい。
は酷薄な笑みを浮かべ、非道なサッカーを展開する幼なじみの姿にショックを受けていた。
フィールド上の不動は、頭がおかしいのではないかと思ってしまうほどに優しかった彼とはかけ離れた、まるで別人にしか見えない。
転校間もない噂のイケメン2人組に無理強いをしているように見えるし、視界に入るすべてがには衝撃的な光景だった。
知らない不動が目の前にいた。
「ああ・・・、だから明王くん来るなって言ったんだ。私に嘘ついてたのがばれるから」
身も心も不良になったのであれば、なぜそう言ってくれなかったのだ。
人を騙してそんなに楽しいのか。
何も知らずに明王くん明王くんと呼ばわっていたこちらと、どんな思いで接していたのだろう。
妬くはずがない。
何も知らないおめでたい奴とでも思い、心の中で嘲笑っていたに違いない。
が知る不動は決してそのような性根の歪んだ少年ではなかったが、現実を目の当たりにしては翻意せざるを得なかった。
「・・・明王くん・・・・・・」
「ああ? ・・・嬢、なんでここに。今日は無理だって言ってたのにさては俺が恋しくなった・・・・・・?」
「明王くん、無理しなくていいよもう」
「・・・何言ってんだ、嬢」
試合が終わり、どういうメカニズムか崩壊した真帝国学園から脱出したが、呆然と立ち竦んでいた不動に声をかける。
お世辞にも上品とは言えない愛想の悪い返事と顔で振り返った不動の顔色が、を目にした途端にさあっと変わる。
は不動に歩み寄ると、生まれて初めて幼なじみを睨みつけた。
「楽しかったでしょ、なーんにも知らない私の前でお面被って騙してるの」
「違う、俺は騙してなんかねぇって」
「明王くんが不良になりたがってるのは知ってた。幼なじみだもん、明王くんの考えてることわかってるつもりだった。でも、まさか明王くんが私をずっと騙してるとは思わなかった」
「誤解だ嬢。俺は嬢には嘘はつかない!」
「ついてるじゃん! 明王くんが不良だろうが王子様だろうが、それが明王くんの夢なら私なんにも言わない。来るなって言ったのは私に嘘ついてたのがばれるからでしょ。
良かったじゃん、今度からいい子ぶる必要なくなって」
「根っこから考え間違ってるって! 俺が嬢に嘘つく必要がどこにあるんだよ!」
「あるから騙してたんでしょ! 難しいことわかんないけど明王くんが私騙してたのはマジだもん。不良通り越して今の明王くんはただの悪い子!」
嘘つきも騙す人も大っ嫌いだ。
試合で活躍する不動が見たくてこっそり応援に行ったのに、こんな結末が待ち受けているとは思いもしなかった。
嘘も、騙す努力もしなくて良かったのに。
ありのままの姿を見せてくれることがなによりも嬉しくて楽しかったのに。
嘘つき明王くんに教えてもらう宿題はないと吐き捨てると、は不動に背を向け走り去った。
私の中では三部作の第一弾になったけど、当たり前のように続かない