ぼくが彼女に頭が上がらないわけ




 人間でいることが嫌になったのか、はたまた地面が嫌いになったのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている少年を体育座りをして眺める。
かれこれ何時間同じ光景を見ているのだろう。
帰りたいとごねても駄目だと拒絶され、先程からお腹の虫もぐうぐう鳴っている。
今日はおやつ抜きだった。
昼食を食べうとうとしてきたので昼寝でもしようかとブランケットを引っ張り出しているところに、ピンポーンである。
ちゃん遊ぼうと誘ってくるが、この誘い方は間違っていると思う。
向こうは合っていると思い毎日同じ口説き文句を発するが、遊んでいるのは彼だけでこちらは見ているだけなので遊んではいない。
正しくは『ちゃん、僕サッカーやるから見てて』だ。
日本語歴はあちらの方が長いというのに日本語がいつまで経っても使えない奴だ、みっともない。
は窓から顔だけ出すと、門の前でサッカーボールを抱いているご近所の少年の名を呼んだ。





「今日は今からおひるねするからやだ」
「おひるねよりもぼくと遊ぶ方が楽しいよちゃん」
「そんなことないもん、だってこないだおひるねしてたらちょうかっこいい王子さま出てきてすっごく楽しかったから今日もねる」
「そんなのただのゆめだよ。起きたら消える王子さまなんかげんじつにいないからあきらめた方がいい」
「修也くんゆめがない!」





 いいや夢はあると言い張る豪炎寺に、はうっそだあと反論した。
あるなら言ってみろと急かすと、サッカー選手になるという堂々とした答えが返ってくる。
ああ、そういえば彼は小学校でも将来の夢で同じことを言っていたような気がする。
は豪炎寺にもう一度遊ぼうと誘われ、ぴしゃりと窓を閉めた。
下らない話をしていたせいですっかり目が冴えてしまい、昼寝をする気分ではなくなった。
仕方がない、今日もひたすら観察してやるか。
むうと不機嫌さ丸出しの表情で玄関から現れたを視界に入れた豪炎寺は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
公園に行く道すがら、今日も必殺技の特訓をするんだと意気込む豪炎寺の決意表明を聞かされる。
練習するのは結構だが、いつになったら完成するのかさっぱりわからない。
そもそも本当に完成するのだろうか。
毎日毎日飛び跳ねて、あまりにも高く跳ねすぎていつか背中から不時着するのではないかと気が気でない。
日本に越してくる前に付き合っていたサッカー好きの幼なじみも必殺技がどうとかと言っていたが、彼はそれほどアクロバティックな動きはしていなかった気がする。
豪炎寺が目指す必殺技とやらは、少しどころかかなりハードルが高いのではなかろうか。
高く飛び上がり炎を纏った体を捻りながらシュートを放つなど、サーカス団しかできない曲芸だと思う。
サッカーの前に一度、体操の勉強をした方がいいと思う。
は幾度となく尻餅をついている豪炎寺に足りないと告げた。





「高さが全っ然足りないからひねりが入らないんだよ」
「高さが足りないのはなんでだろう」
「ジャンプ力がないからでしょ。もっと遠くから走ってみたら」
「でも、ぼくはFWだからあんまり走らない」
「修也くんあたまわるい、ばかー。FWでもボールが来るとこわかってちゃんと走っとかないとパスつながんないでしょー」
「どこにパスが来るのかわからないだろ」
「だからいつも言ってるじゃん。俊平くんのパスは修也くんがここって思ったとこよりも夕香ちゃん2人分右にくるよって。なんでわかんないの、やっぱり修也くんばかだー」
「さっきから人のことばかばか言いすぎだよちゃん。一言よけいだ」
「よけいって思ってるんなら言われないように早くできるようになればいいじゃーん。もーう早くうー」





 早く帰りたいから早くと急かされ、豪炎寺は再びサッカーボールへと向き直った。
が言おうとしていることはわかる。
なぜそれをボールを蹴りもしないが知っているのかわからないが、言われていることはどれも当たっているのでいうことを聞くしかない。
なまじ正論だから、余計な一言が癪に障るのだ。
あれら暴言さえなければもっと素直に聞けるのに、毎日馬鹿だのつまんないだのと言われるとこちらもカチンとくる。
カチンと来ても誘うのは、の発破がBGMとして定着してしまっているからなのだが。
恐ろしい依存だ。
恐ろしいとわかっているにもかかわらずやめられず、結果として夏休みも冬休みも連日家のインターホンを鳴らしている己が心がもっと恐ろしい。
豪炎寺は恐怖の無限ループを頭から振り払うと、先程よりも長く走り地面を蹴った。





「ファイアっ、トルネード!」
「えー、なぁにその名前」
「で、き、た・・・! できたちゃん! 見た!? 見たちゃんできた!」





 助走を長くした結果のチャレンジは、驚くほどの跳躍力を与えてくれた。
難儀していた体の捻りも組み込みことに成功し、どこからともなく自然発火もした。 
悔しいが、言われたとおりにやればあっさりとできた。
豪炎寺は地面に座り込んだままのを立ち上がらせると、の両手を握りぶんぶんと振った。




「見た!? 見ただろ、どうだったちゃん!」
「あ、ごめん。名前にびっくりしてあんまりおぼえてない」
「え」
「だからさあ」





 は両手を振り解くと、ぐうぐう鳴る腹を押さえた。
見ていなかったというのは半分だけ嘘で、半分だけ本当だ。
せっかくの必殺技をスルーされてしまったことに衝撃を受け微動だにしない豪炎寺の額を、はぴんと指で弾いた。




「これでいつでもできるから、しあいでいっぱい見せてよ。私があきたってなるくらいいっぱいいっぱい、目いっぱい見せること。いい?」
「わかった。ちゃんがいつまでもあきないようにどんどん強くしてたくさん点取る」
「それならよし。さ、おなかへったから帰ろう」





 見てないちゃんが悪いのになんでちゃんが偉そうなんだ。
私が偉いのは当たり前でしょー。
豪炎寺はまるで噛み合わない返答ばかり続けるの横顔をちらりと盗み見た。
ほんとに可愛いけど可愛いだけだな、可愛さ取ったら何も残らないどころかマイナスだ。
不穏なことを考えていたのが視線で知れてしまったのか、不意にこちらを顧みたがむうと顔をしかめ背中をばしりと叩いた。






俊平くんは適当につけたから、別に拓也くんでも俊樹くんでも良かった




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