白雪姫は凄腕スナイパー
サッカー漬けの日々に飽きたお嬢様の退屈しのぎに遊びに連れ出してやる。
そんな生半可な覚悟でこの場を乗り切れると思うほど、不動は甘くなかった。
何せ相手があのなのだ。
退屈つまんないとも言わず、突然気分転換に家帰りたいと言い出すなのだ。
家帰りたいの前に2,3段階ほど手順があるだろう。
サッカーバカどもの相手に疲れたのならば、いっそそう言ってくれた方がまだ安心する。
には1と100しかない。
50の存在を知らないのか50を中途半端なものだと思っているのか、決断の時は常に『はい』か『いいえ』で物事を決める。
不動は本当に帰宅するつもりでいるのか、せっせとスーツケースの中を整理し始めたに苦し紛れに出かけようと声をかけた。
「出かけるってどこにー?」
「ちゃんが行きたいとこにならどこにだってお供しますよ」
「どこにしよっかなー、温泉はこないだ鬼道くんと行ったしなー」
「その話詳しく聞かせてもらおうか。場合によっては鬼道クン潰す」
「今日は温泉の気分じゃないし、どっちかってったらおしゃれしたいかも」
華の女子中学生、しかもこんなに可愛い子にずっと制服かジャージー着せるなんて酷いと思わない?
監督が制服好きだからどうのこうのと憤り始めたの部屋には、明らかに雷門中学校のものではないセーラー服がかけられている。
何だこれは、気持ち悪い。
確かにのセーラー服姿にも興味はある。
しかし、その興味は具現化してはいけない禁断のものだと思う。
欲望にまみれた大人は汚い。
影山とは違う方向にこの監督も相当キてるな。
不動は濃紺のネクタイを左右に揺らし白いセーラー服の腰に手を当てぷくぷくと檄を飛ばしているを想像し、そっと妄想に南京錠をかけた。
できればブレザー姿も見てみたいとは思っていない。
帝国の制服を着てくれないかななんて、モヒカンの毛先ほども思っていないこれはマジの本当だたぶんきっと自信はないけど。
「思えば私、朝は制服昼はジャージー、夜は風丸くんのレプリカユニフォームの3種類しか着てない! なんかもったいない!」
「じゃあそこのセーラー服着りゃいいじゃねぇか」
「やぁだあっきー知らないの? そのセーラー服のスカート、吊りスカートになってるからちょっと背伸びしたら下着とおへそが見えるって」
「腹と目と頭壊したくねぇから、それは早急に幼なじみクンに燃やしてもらえ」
不動は急にいやらしく見えてきたセーラー服から目を逸らすと、代わりに視界に入ったライオコット観光ガイドブックを手に取った。
ものの見事にサッカースタジアムの紹介しか書かれていない。
あのスタジアムおすすめのメニューはどうだとかこうだとか、選手やその関係者にはまったく必要のない情報ばかり載っている。
不動はガイドブックをぱらぱらとめくり、1つの記事に目を留めた。
え、なにこれ、ここに行けばちゃんいっぱいおしゃれとかできるんじゃね?
おしゃれとコスプレの違いはよくわからないが、ここならばも楽しめるのではないだろうか。
不動はにガイドブックを突き出した。
否やは聞かない、今からが行くのは家ではなくてロケ村だ。
「ちゃん出かけよう、準備」
「あっきーとデート? どこ行くの?」
「ここ。ほら、外で待ってるからさっさと準備」
「ここってどこ、えっ? はっ?」
ガイドブックを手にして部屋を後にした不動に呼びかけるが、向こうも準備をしに自室へ戻ったのか返事はない。
まったく、そんなに強引にどこへ連れて行こうというのだ。
行き先くらい教えてくれてもいいのに、これではまるでミステリーツアーだ。
・・・まあいいか、不動がツアーコンダクターならば暇にはならないと思う。
ああ見えて用意周到な不動だから、愛媛に続く楽しい旅行第2弾を企画してくれているのかもしれない。
そう考えれば楽しくなってきた。
はてきぱきと支度を整えると、不動に従いデートへ繰り出した。
2人きりで名実ともに、相手に『デート』の本来の意味通りの感覚がないにせよとにかくデートに来たはずなのに、おまけどころかお邪魔虫がくっついてきた。
不動は、とこれがいいかもあれも可愛いと服を選んでいる銀髪の少年を睨みつけ帰れと厳命を下した。
「お前のことは信用しているが、さんと2人きりになる点はまだ信用できない」
「どっちだよ」
「鬼道を出し抜こうたってそうはいくか。抜け駆け禁止条例に抵触して集団リンチの刑に遭わないように事前に手を打ってやった俺の温情を忘れるな」
「はあ? 何だよそれ、俺はちゃんといたい時にいる。佐久間クンは引っ込んでろよ」
「いいや引っ込まない。俺は鬼道を応援しているんだ、鬼道のためなら他人の恋路なんかどうでもいい」
「いっそ清々しいな佐久間クン!」
周囲の喧騒をまったく意に介さないのか、鼻歌交じりに服を選んでいたが一着を手に取りねぇと呼びかける。
アメリカ大陸フロンティア時代を彷彿とさせるドレスを体に当て、どうかなあと尋ねるに不動と佐久間は可愛いと即答した。
数ある衣装の中からなぜそれを選んだのか気になるが、尋ねたところでどうせまともな答えは返ってこないだろうという予測から問いかけない。
褒められたことが嬉しかったのか、へにゃんと笑い更衣室へ向かったを見送り2人は顔を見合わせた。
「ほら見ろ、さんを前にデレデレして、だから不動は信用ならないんだ」
「佐久間クンだって似たようなもんじゃねぇか、さては佐久間クン、鬼道クンのためって建前でちゃんに懸想してんじゃないだろうな」
「男の嫉妬は醜いぞ不動。俺は風丸になりたいんだ、鬼道のためになることをする風丸、それがいいと音無さんは言っていた!」
「邪念がある時点で既に風丸クンになれねぇよ!」
下心なく、純粋にを可愛がっている風丸だからこそあれなのだ。
いくら他人が風丸の立ち位置に憧れようが、彼への憧憬の念を抱いているという時点でアウトなのだ。
鬼道への忠誠心は見上げたものだが、それでは佐久間は永遠に風丸にはなれない。
むしろ、鬼道のために行動したいのであればなぜ鬼道本人を連れて来なかった。
不動は佐久間の行動の数々に疑問を隠せなかった。
「アホに付き合ってる暇はないんだよ。どけ佐久間クン、俺はちゃんの相手をしに来たんだよ」
「不動にだけいい思いをさせるものか。さんを賭けて勝負だ」
「だから、なんで俺が佐久間クンと代理戦争すんだよ・・・」
こいつ、鬼道クンよりも盲目じゃねぇか。
不動は手早くガンマンの衣装を選ぶと、佐久間を振り切るように更衣室へと退避した。
何が戦争だ、馬鹿馬鹿しい。
今日はを楽しませることができればそれでいいのにわかっていないやつだ。
それにしても、は可愛らしかった。
ガンマンではなく、街を荒らすギャングとして連れ去りたいくらいの可愛らしさだった。
を連れ去ることができるのであれば、多少の危険も顧みない。
つくづく恐ろしい女だ、下手をしたら世界を滅ぼせるかもしれない。
「見てみてあっきー佐久間くん、雰囲気出したかったからか見下ろして帽子被ってみたらますます似合っちゃった」
「よく似合ってるじゃないか! 鬼道が見ても同じことを言ってるだろうな」
「そういや、佐久間くんはいるのに鬼道くんはいないよねー。一緒に来れば良かったのに」
「ちゃん、俺じゃ満足できないのか? お楽しみはこれからなのに?」
「そうなの? あっキーお出かけ先じゃ超気が利くし、それは期待するかも」
「かもじゃなくて期待しろって言ってんだよ。よしじゃあ佐久間クン、お前は通りすがりの撃たれるガンマンAな。俺は、ちゃんを昔のグルから庇う役やるから」
「不動、お前やはり俺たちの条例を破るつもりなのか・・・!?」
「誰のための決まり事だよ。誰のためにもならない決まり事なんて捨てちまえ」
超かっこよくてもっともなこと言いやがった、こいつ。
発言に衝撃を受けた佐久間を横目に、不動は台本という名のスケジュール表を片手にの手を引き監視役の視界から抜け出した。
銃とかなくてもハートくらいすぐに打ち抜けるでしょ