一目惚れ主義者のロスタイム




 初めて見たのは、夕暮れの河川敷のサッカーグラウンドだった。
サッカーを侮辱し幼い女の子を虐げようとした不良に対し、1人で果敢に立ち向かっていた姿を見たのが豪炎寺がを知った初めてのことだった。
サッカーをやめた、もう係わらないと誓ったはずなのに、彼女を見ていると放っておけず助けたくなった。
実際に助けた時には、既に彼女は連れの男に引きずられその場を後にしていたが。
名前も知らない、わかるのは顔だけ。
できればもう一度会いたかった。
会って、もっと近くで彼女を見てみたかった。
豪炎寺の夢が叶ったのは、それから数日後のことだった。





、もうホームルーム始まってるから」
「ふーん・・・」
「シカトか!? おまっ、幼なじみでもやっていいことと悪いことあるって知らないのか!?」
「真一うるさい、先生に叱られても知ーらない」
「誰のせいでうるさくしてんだよ・・・」





 教室の隅の座席で、転校生の華々しいクラスデビューにもかかわらずこしょこしょと囁き合っている男女2人へと豪炎寺は視線を向けた。
こちらに注目してほしいとは思わない。
人前で自己紹介するのは苦手だし、大して偉いことをやったわけでもないのに注目を浴びるのは本意ではない。
しかし、マナーとして一応顔だけでもこちらに向けてくれてもいいではないか。
新しいクラスメートと上手くやっていく気があるのか。
豪炎寺の静かな怒りは、こちらのことなどまるで無関心を貫き喋り続けているを見つけたことで喜びへとすり替わった。






「豪炎寺修也です」
「他には?」
「別に・・・。ああ・・・、座席はあそこ、窓際の後ろから2番目がいいです」
「本当にそこでいいのかね?」
「はい」
「わかった。、豪炎寺くんが困っていたらきちんと助けてあげなさい」
「へっ!? えっ、誰、豪なんとかくんって」
「俺だ」
「は?」
「豪炎寺修也。よろしく、・・・?」




 イケメンだ、なんかすごいイケメンが目の前にいるけどこんな人クラスにいたっけ。
自己紹介が行われていたことすら知らず私語ばかりしていたが、豪炎寺を見上げことりと首を傾げる。
聞かれていなかったことは少し寂しいが、これから話していくうちにきっとわかってもらえるだろう。
に挨拶を済ませ淡々と席に就いた豪炎寺の背中を、半田はじっと見つめていた。
































 焼き餅妬きの幼なじみを持つと苦労する。
はいつもよりもどことなく不機嫌な半田の隣を、けらけら笑いながら歩いていた。
何がおかしいんだよと詰問されるので全部と答える。
返答を聞いた半田の眉間にますます皺が寄り、は半田の額をぴんとつついた。





「もーう、ちょっとサッカー巧くできなかったくらいでしょげないの!」
「サッカーじゃねぇよ。・・・今日の転校生のこと考えてた」
「あーえっと、豪炎寺くんだっけ? イケメンだよねえ、半田よりも10倍くらいイケメン」
「あいつ、のことしか見てなかった。お前あいつのこと知ってる?」
「いや、初対面。ほら、私って可愛いから豪炎寺くんきっと見惚れてたんだよ、うん、それしかない」
「そう言われるとイラッとするけど、ほんとにそんな気がするんだよなあ・・・・・・。豪炎寺もの見た目に騙された口か」
「ひっど! そういう言い方じゃなくて、もっと素直に幼なじみのモテ期を羨み、そして褒めてよ」
「ぜってー羨まないし褒めもしない。でもさ、やっぱも同じモテるんならあいつみたいなイケメンにモテた方が嬉しいんだろ?」
「うーん、それが実はそうでもなかったりする」





 は半田の5歩ほど先へ走り出ると、ぱっと振り返った。
人に好かれるのは嬉しいが、だからといってたくさんの人に言い寄られたいわけではない。
見知らぬイケメンよりも、慣れ親しんだフツメンと一緒にいる方がよっぽど居心地がいい。
イケメンは遠目から見ているだけでいいのだ。
傍に侍らせても嫉妬ばかり買うだけで利はない。
は、何だよと訝しげな声を上げる愛すべき幼なじみにとびきりの笑顔を向けた。
対幼なじみ専用の、一番お気に入りで自信がある笑顔だ。
この笑顔を見せる相手は半田くらいである。
半田はおそらく知らないだろうが。





「私はイケメンよりも真一と一緒にいる方が楽しいし大好き! まあ、真一がイケメンになるんならそれはそれで大歓迎だけど」
「今の俺、豪炎寺の10分の1しかイケメンじゃないらしいけど?」
「嘘だよあんなのものの喩え! ねぇ真一は? 私のこと好き、それとも大好き?」
「またそれか? あーもう、ちょっと耳貸せ」





 嬉しげにすすすと近付いてきたの耳元に口を寄せ、にしか聞こえないように質問の答えを返してやる。
こんな決まりきった質問を毎度してきてどういうつもりなのかと思うが、答えればは喜ぶので結局いつも付き合ってやっている。
嘘の答えを言っているわけでもないし、想いも本物だ。
だからも嬉しいのかもしれない。
こちらが、大好きと言われ心ときめかせているのと同様に。





「真一には来ないだろうから心配してないけど私、モテ期が来ても絶対真一が一番だから。だから真一ももーっと私に好かれるように努力すること」
「じゃ、手始めにサッカー部初の対外試合でにかっこいいとこ見せるか!」
「えっ、遂に決まった? やったじゃん真一、もちろんスタメンだよね!」
「部員が7人しかいない俺らに対しての嫌味か、それは」





 そんなことはさておいて相手はどこなの?
さておいてほしくないけど帝国かな。
特訓するなら早弁用のお弁当差し入れしたげると部員以上に意気込んでいるを、半田は慈愛に満ちた瞳で見守っていた。


































 かっこいいとこ見せてくれるって言ったのにどうして。
サッカーの試合のはずなのにどうして。
は眼前に広がる光景に言葉を失っていた。
サッカー部の存亡を賭けた試合が近いからと言って毎日遅くまで練習していたのに、どうしてこんなに一方的にやられてしまうのだ。
これは本当にサッカーなのか。
地面に倒れ伏したままぴくりとも動かない半田を見つめているうちに、目頭が熱くなってくる。
酷い、こんなのサッカーじゃない。
酷い、特にあのマントゴーグル大っ嫌いだ。
どこに力が残っていたのか、よろよろと立ち上がった半田に強烈なシュートがぶつけられ、また地面に倒れこむ。
もう嫌だ、見ていられない。
サッカー部の明日よりも、大切な幼なじみの体の方が心配だ。
部員すらユニフォームを脱ぎ捨て逃げていくような試合はもうやめにしてほしい。
はフィールドへ飛び出すべく身を乗り出した。
ぱしりと腕を背後から掴まれたのはその時だった。






「試合中はフィールド上に選手以外が入ってはいけない。これがサッカーのルールだ」
「豪炎寺くん? でも、こんなのサッカーじゃない! 私が知ってるサッカーは人が傷つかない楽しいサッカーだもん!」
「サッカーグラウンドでサッカーボールを蹴り、ゴールがある。これもサッカーだ、信じたくないが」





 豪炎寺は掴んでいた腕を話すと、涙を懸命に堪えているを見つめた。
初めて見た時の血気盛んな少女と同一人物だとは思えない。
何が彼女をそこまで追い詰めているのだろうと考え、すぐさまの隣席の少年に思い当たる。
そうか、あいつが彼女を。
豪炎寺はの両肩をそっと掴んだ。
ゆっくりと顔を上げるの目を真っ直ぐ見つめると、の目がわずかに逸らされる。
警戒されているのかもしれないが、今はそれはどうでもいい。
豪炎寺はゆっくりと口を開いた。






「今からしばらくの間、俺だけを見ていてくれ。そして、俺のことだけを考えて応援してくれ」
「は・・・?」
「俺なら、を泣かせ怖がらせるようなサッカーはしないと約束する。だから、サッカーが好きなら俺のことも好きになってくれ」
「いや、意味わかんないから」
「わからないならわからせる。夢中にさせる、俺のサッカーで」





 不思議な言葉を残し、脱ぎ捨てられたユニフォームに身を包むフィールドへ向かう豪炎寺を黙って見送る。
自信がある者だけが発することができる強いオーラを感じた。
彼のことはよくわからないが、もしかしてサッカー経験者なのだろうか。
彼ならば、半田を助けてくれるのではないか。
何よりも、この惨劇に終止符を打ってくれるのではないか。
の心を満たしていた絶望の中に、ぽつりと希望が芽生えた。





「ご、豪炎寺くん!」
「何だ」
「怪我とか無茶とかしないでね。あと、ゆくゆくはできればあのマントゴーグルの泣き面見たい」
「それがの願いなら」





 守れない約束をするから泣かせ、悲しませてしまうのだ。
俺ならば絶対にそんなことはしない。
交わした約束は守る、それが約束というものだ。
豪炎寺の気迫の籠もったファイアトルネードが帝国学園のゴールに突き刺さる。
このとき、豪炎寺は確かに感じていた。
この時までは、間違いなくは自分だけを見ていた。
帝国学園が試合放棄をしたことにより強制終了となった試合を見届け、がぱたぱたとフィールドへ降りてくる。
こちらの姿を認めたはぱたりと立ち止まる。
ありがとうと呟くと、はようやく微かな笑みを浮かべた。





「ありがとう豪炎寺くん。すごくかっこよくて強くてびっくりした」
「俺も、に見てもらえて嬉しかった。俺のことを好きになってくれたか?」
「まさか。ていうか、あの数分間でどうやって?」
「俺は10秒だった。出会って10秒で好きになった、のことが」
「やぁだ豪炎寺くん、それってまさか一目惚れ?」
「そうだ」





 の顔に浮かんでいた笑みが固まり、じりじりと後退する。
モテ期が本当に到来したとは思わなかった。
半田の予想通りの展開になるとは思わなかった。
困る、いきなり言われても『困る』しかコマンド入力ができない。
いきなりでなくても困っていた。
美しさは罪深いことだと生まれて初めて知った。
は、クレオパトラの気持ちも同時に理解した。
どうやら当方、マリアだけではなくクレオパトラの生まれ変わりでもあるらしい。






「・・・おい」
「真一!? 大丈夫なの、あちこちボロ雑巾みたいだから起き上がんなくてもいいのに」
「ボロ雑巾にも根性くらいあるんだよ。おい豪炎寺」
「何だ」
「隣の芝生は青いって言葉知ってるか?」
「それがどうした」
「確かには見た目だけなら可愛いし、一目惚れするのもわかるよ。さぞや俺が羨ましく見えたんだろうな。
 けどな、こいつ中身は手がつけらんねぇくらいに滅茶苦茶でわがままなんだよ」
「良く見えるのは見た目だけだから手を引けと忠告しているのか?」
「いいや? 人にはどう映ってようと、俺んとこの芝生は中身も含めて最高で満足してんだよ。だから、人んちの芝生勝手に土足で踏み込んで刈ってくようなことやめてくんねぇかな」





 かっこよくなかろうとボロ雑巾になろうと、が愛想を尽かそうとが好きだという想いは変わらないのだ。
ぽっと出の男にあっさりくれてやるほど心は広くない。




「そんなにが欲しいんなら奪ってみろよ」
「真一、そんなこと言ってマジで取られたら私どうなんの」
「奪わせない。だからお前も奪われんな、あっち行ったら約束破るからな」
「破ることが前提の約束なのか? その程度の約束なら初めからしない方がいい」
「外野は黙ってろ。いいな
「やだ! 絶対やだ! ごめんね豪炎寺くん、私真一一筋だからほんとマジ無理!」
「・・・・・・」




 世の中、本当に無理なことなどあってたまるものか。
無理を押し通して初めて人は新境地へと足を進めることができる。
不可能を可能にしたから、世界で革命が起こるのだ。
は運命の人なのだ、絶対に手に入れてみせる。
豪炎寺と半田の間で、熱くも冷ややかな火花が散った。






こっちだと、鬼道さんにフラグは立たない代わりに豪炎寺さんが世間様でよく見るイケメンになる(かもしれない)




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