常春頭と北国旅行記
顔面に雪玉が直撃し倒れこむ。
地面も空も周囲も真っ白で、ついでに言うと頭の中もそろそろ真っ白になろうとしている。
いつかもこうやって顔に雪玉ぶつけられてたよな、同一人物に俺。
ここ北海道だってのに、なんであいついるんだよ。
遂にほんとにマネージャーにでもなったのか、認めたくないけど。
半田は北海道の大自然に己が身を埋め、倒れているにもかかわらず第二撃を繰り出そうとしているを雪に埋もれさせるべく腕を引っ張った。
白恋中に遊びにおいでよと誘われた時は、嫌だと即答していた。
寒いのは苦手だというのに、何が悲しくて東京よりももっと寒い場所へ行かねばならないのだ。
津軽海峡冬景色は曲だけで充分なのだ。
そう電話の向こうの吹雪に言った直後、津軽海峡は青森だと豪炎寺に窘められたが。
「だって白恋って超雪深いとこなんでしょ。そんなとこ行って何すんの」
「サッカーに決まってるだろう。俺も行ったことないしも行こう」
「やぁよ、修也みんなと行っておいでよ。私サッカー部外者だし、イケメン吹雪くんの頼みだろうと聞けないものもある」
「吹雪も色々に恩返ししたいんだろう。吹雪は泣くと面倒だから相手してやってくれ」
「泣かせたのは修也でしょ。ほんっとびっくりしたんだからね、いきなり私の顔見て泣き出すからそんなに私は怖い顔してるのかと」
「今、割と怖い顔して「女神様の顔も三度までって知ってる? 修也もう2回は潰してるからね」
女神じゃなくて仏だろうと余計なツッコミを入れる豪炎寺を無視すると、は再び電話へと向き直った。
行きたくないときっぱり言うと、やだよぉぉぉとごねられる。
イラッとするが、泣かせると後味が悪いのでギリギリを狙って嫌だと言い張る。
ねぇねぇ来て来てお願いだよぉ白い恋人用意してるからぁと食べ物を出されぐらりと心が揺れてしまうのは、早急に改善した方がいい悪癖だ。
『知ってる? 白い恋人って北海道にしか直営店ないんだよ? 物産展でしか買えないあれ、食べたくない?』
「わ、私知ってるもん。物産展でここぞとばかりに売って行列できてる白い恋人のソフトクリーム、実はソフトクリームの素はただの森永のやつだって」
『本場は本物かもしれないよ? ねぇおいでよさん、あとちゃんって呼んでもいい?』
「様でも様でも女神様でもなんでもいいけど、とにかく私寒いのやだ! 行きたくない!」
『わがまま言っちゃやだよぉぉぉ!』
「わがままはどっちが言ってんの!」
どっちもどっちだ。
豪炎寺はキャンキャンと女子トークを吹雪と続けているを見つめ、吹雪のことは置いておいても何としてでもを北海道へ連れて行こうと決めた。
楽しそうではないか、北海道旅行。
雪合戦をしたり雪原サッカーをしたり、楽しくないイベントが見つからない。
それに、寒い所にいるとは必ず自分の元へ寄ってくる。
寒いからヒートタックルしろと強請ってくる。
いくらでもやってやろうではないか、北海道じゅうの雪という雪を溶かし尽くしてやる。
『む、仕方ない・・・。風丸くんも行くのにさん行かないの!? 寒いの嫌なら風丸くんにずっとぎゅってしてもらっとけばいいよ!』
「きゃあそれ素敵! ナイスアドバイス吹雪くん!」
出た、の『きゃあそれ素敵!』。
実のところどこも素敵ではないのだが、主に風丸絡みのスキンシップ案の時によく使われる最強の同意と賛成の言葉。
吹雪もまた酷い事を言ったものだ。
なんでも風丸で釣れば上手くいくと思いやがって。
上手くいくのは事実だが。
「じゃあ私は修也たちと一緒に行けばいいの? お金は? 私のお小遣いじゃ足んないよ」
「行くなら出すと雷門が言っていた」
「マジで! 助かるなあ、さすが夏未さん」
吹雪との電話を終えたが、せっせと紙に持って行く物メモを書き始める。
コートとマフラーと手袋とホッカイロとあとあとと、楽しそうに旅行の計画を立てている。
あれもいるんじゃないか、そっかじゃあこれも追加と額を寄せ話し合っていると、なにやら2人で旅行に行くような気分になってくる。
新婚旅行は北海道もいいかもしれないなと、十数年後も来るかもわからない妄想を繰り広げていると、それだけでテンションが上がってくる。
綺麗だろうなあ、大人になった。
白くて綺麗なものを汚していく作業に憧れを抱く。
「あ、そうだ。長いマフラー持ってって風丸くんとラブラブ巻きしよっと」
「そんなものしたら風丸がサッカーできないだろう」
「サッカーの時以外でするもん。風丸くんやってくれるもん、だって風丸くんだもん!」
「風丸風丸言って、俺はどうなんだ!」
「風丸くんからの髪留めは毎日じゃないけど、修也がくれたネックレスは毎日つけてますがそれでも何か?」
「あ、いや・・・。強いて言えばわかりにくい、出してくれ」
「じゃあ私も修也の背中に張り紙縫いつけていい? 『俺は幼なじみに一生尽くします』って書かれてる張り紙貼っていい?」
「今のままで充分だ」
「わかればよろしい」
さ、あっち着いたら半田を雪だるまにしちゃおう!
親友を心身ともに苛め抜くことには何の抵抗もないのか、早々に半田凍傷宣言をするを豪炎寺は複雑な思いで見つめた。
遭難はさすがに命に係わってくる問題だから却下した。
身を寄せ合って寒さを凌ぐという行為自体にはとても魅力があるが、命を失ったら元も子もない。
やっぱりスケートしてる時にさりげなくボディータッチするのがいいんじゃないかなあなどと的確なアドバイスを指南してくる春奈に、鬼道はいちいち頷いていた。
スキーもスケートもできるということは、にいいところを見せる絶好のチャンスである。
がウィンタースポーツを嗜んでいるかどうかはわからないが、できてもできなくても自然と接近を図ることはできる。
手と手を取り合ってスケートをしたり一緒にかまくらの中に入って語らったりと、関係を密にする要素はどこにでもあった。
鬼道はグラウンドできゃっきゃと雪合戦に興じているを見つめた。
ボールコントロールが悪いのか、雪玉が的外れな方向にばかり飛んでいっている。
なるほど、ボールの軌道はその人の性格と一致するらしい。
鬼道はどこからともなく飛んできた雪球を顔面すれすれでキャッチすると、ふっと頬を緩めた。
「! なんでお前俺への雪玉だけ百発百中させてんだよ! 新手の苛めか!?」
「私が投げる場所に半田がいるのが悪いんだー! ピッチャーちゃん、大きく振りかぶりました!」
「そうはさせるか! 喰らえフリーズショット!」
「必殺技禁止! 私ができないことやるの反則、駄目!」
「そうだぞ半田、女の子相手にみっともないぞ!」
「そうだそうだ! もっと言っちゃえ風丸くん!」
「そういう風丸こそ分身ディフェンスやってんじゃん! なんで風丸には怒んないんだよ!」
「だって風丸くんは10人でも100人でも欲しいじゃん。あと、私も分身ディフェンスはできる」
「ほんとに覚えたのか!?」
悪夢が現実になってしまった。
1人でも手のかかるが3人になってしまうと世界が滅んでしまうというのに、ついにこいつは禁断の世界へと足を踏み入れてしまったのか。
ちょっとやってみるねーと声を張り上げ構えに入ったの元へ慌てて走り寄る。
駄目だやめろ地球もお前3人はフォローしきれないと訳のわからない懇願をすると、にやりと笑ったが超至近距離で雪玉をぶつけてくる。
耐えきれずに雪の中に倒れこむと、全身を凍てつく冷気が襲う。
きゃー引っかかったやったやったぁと無邪気にはしゃぐにぷつりと切れ、仕返しとばかりに腕を引き雪の中へ引きずり込む。
隣に倒れ冷たい冷たいと騒ぐの体にこれでもかというくらいに雪を被せると、がぎゃあと色気のない悲鳴を上げる。
「砂風呂ならぬ雪風呂だ! どうだ冷たいだろ!」
「冷たいに決まってんじゃん! きゃー風丸くん助けて、雪に飲み込まれるうう!」
「あはは、半田程々にな? 後ろに鬼道いるぞ」
「げ」
「楽しそうだな、俺も混ぜてくれないか半田」
「あっ、鬼道くん! 鬼道くんヘルプ、助けて鬼道くん!」
「待っててくれ、今助けてやる。半田・・・、俺のに手を出すとはいい根性をしているな・・・」
「はお前のもんじゃねぇよ! うわっ、やめっ、服の中に雪入れるのやめぎゃあああ!」
氷点下の塊を全身に浴びた半田が地面をのた打ち回る。
鬼道は半田を見下ろしふっと勝ち誇った笑みを浮かべると、雪に埋もれたをせっせとかき出し始めた。
どこまでが雪でどこからがの体なのかわからず適当に手を突っ込んでいると、の顔がぱっと赤くなる。
もういいよ鬼道くん後は大丈夫だからと遠慮してか制止を求めるに気にするなと返し、再び手を雪の中に突っ込む。
ふにゅんと柔らかな雪をつかみ取り払おうと腕を引き抜くが、腕が雪から離れない。
どうしたことだろうと思いもう一度雪をつかむと、がやめてと泣きそうな声を上げる。
「あの鬼道くん、もういいってば」
「いいわけないだろう。半田の奴、雪を固めでもしたのか? もう少し解せば柔かくなるだろうから我慢してくれ」
「それ、雪じゃない・・・」
「なに?」
「・・・ふっ、もっ、あ、あの・・・・っ。・・・春奈ちゃぁぁぁんお宅のお兄さんがセクハラするよーーーー!」
「さん!? ちょっ、お兄ちゃんさすがにやりすぎだよそれ! もうやめて、さんに嫌われることしてるからお兄ちゃん!」
「なに・・・っ!? セクハラとはどういうことだ春奈、俺はただ葉山に被さっていた雪を除けようと手を雪の中に突っ込んでいただけだぞ!」
「だからそれは雪じゃなくてさんの・・・!」
「うわぁぁぁぁんお嫁に行けなくなったら鬼道くんのせいだからね!」
「ほら、結果としてはこれでいいだろう。安心してくれ、嫁に行けても行けなくても俺が娶ってやる」
「そういう問題じゃないの! ほんっとすみませんさん、痛くないですか!?」
なんとか自力で起き上がり、胸元を押さえずーんと落ち込んでいるの背中を春奈がゆっくりとさする。
本当に兄にはびっくりさせられる。
寒さで頭がいかれてしまったのか、恋い慕う女性が身動き取れないのをいいことに胸をまさぐっている光景を見た時は、兄妹の縁を切ろうかとすら思った。
はさぞかし怖かっただろう、痛かっただろう。
鉄パイプだろうが張り手だろうが、やりたいだけうちの兄をぶちのめして下さいと言いたいところだ。
を慰めていると、どこから騒ぎを聞きつけたか吹雪が不安顔で現れる。
「さん、鬼道くんに襲われたってほんと?」
「俺は襲っていない」
「もう、女の子の体はデリケートにできてるんだから、揉む時はもっと優しく揉まなきゃ壊れちゃうよ」
「揉む!? どっ、どういうことだ春奈、俺はいったい何を!?」
「だから、ついついさんにムラッとして胸揉んでたんでしょ? やるよねぇ鬼道くん。僕も野外プレイはできないや」
「・・・・・・、何も言わず俺を殺してくれ」
正座で座り直し、顔が地面とキスしているのではないかというほどに深く頭を下げ土下座をする鬼道を、は春奈の背に隠れたまま見つめた。
知らなかったこととはいえ、あれには驚かされた。
助けてくれようとしたのは嬉しかったが、もう少し優しく助けてくれても良かったではないか。
何の躊躇いもなく鷲掴みされ感触を確かめるように何度も揉まれ、恥ずかしさで死ぬかと思った。
「さん、私は別にさんがお兄ちゃんに何しようと怒りません。今のお兄ちゃんは女の敵です。ただのセクハラ、変態です」
「でも今日、アイアンロッド持ってきてないし鬼道くんだし・・・。これが半田だったら確実に冥土送りにしてるけど・・・」
「じゃあ俺が代わりに殺ろう。鬼道はまだ俺のファイアトルネードを受けても吹っ飛んだことはないからな」
「・・・豪炎寺にやられるのは本望じゃない」
「一万里譲って、を好きだというのはいい。人の感情にとやかく言うつもりはない。だが、それとこれとは話が別だ。人の幼なじみに何やってるんだ、俺だって触ったことしかないのに」
「それ同罪ですよ豪炎寺先輩。さん、男友だちとの付き合い方考え直した方がいいと思います」
「うん・・・」
「みんながみんな風丸先輩みたいに男前で、性別超越してる聖人君子じゃないんです。うちのお兄ちゃんなんか妹の私が言うのもあれですけど、ほんと酷いですよ。
たぶんお兄ちゃんの頭と夢の中では、さん50回以上は襲われてます」
「マジで!?」
鬼道が反論しないあたり事実なのだろう。
鬼道も健全な男子中学生だから、そういったことに興味を持つのはおかしいとは思わない。
しかし、なんとも身近なところで済ませているものだ。
以前から思っていたが、鬼道はもう少し高い目標を持ってもいいと思う。
鬼道は本気を出せばどこぞの国のプリンセスくらい簡単に落とせる器量の持ち主なのだ。
何の酔狂でそこらにいるただの女子中学生を欲しがるのだ。
私なんか、ちょっと人よりも3倍ほど可愛いだけなのに。
「だからさんが遠慮することないんです。ほら、鉄パイプないならここにもぎたての氷柱があります」
「おーいー、レボリューションVしてやろうかー? 俺も実はあいつらに相当フラストレーション溜まっててまだ爆発しきれてないから、お前の代わりにやるぞー!」
「半田それマックスくんいないとできないでしょ」
「あ、マックス超やる気。今アップしてるからちょっと待ってろよ」
鬼道の雪攻撃から立ち直った半田が、軽くジャンプをしながらマックスと呼吸を合わせている。
何度も練習して精度を上げてきたから、かなりの威力を誇るはずだ。
鬼道と豪炎寺くらいあっさりと吹っ飛ぶだろう。
半田が手を上げ、マックスと共に走り出す。
レボリューションVと高らかに叫ぶ声が聞こえた直後、の視界から豪炎寺と鬼道が消える。
これを期に少しは改心して下さいねと、春奈が吹き飛んだ兄たちに説教をしている。
本当に春奈は頼もしい。
年下のはずなのにすっかり主導権を握られている。
春奈は将来は絶対に夫を尻に敷くタイプだ。
「さん痛くない? なんなら僕が診てあげる?」
「半田ー、こっちの吹雪くんにももう一発お見舞いしてー」
「了解ー」
どいつもこいつも、男という生き物はみんなこんななのか。
皆、風丸や半田を見習ってほしい。
はひらひらと逃げ続ける吹雪と追いかけ続ける半田を見飽きると、慰めてもらうついでに長いマフラーで暖を取るべく風丸に抱きついた。
・・・サイズ変わったんだけど、鬼道くんのおかげ・・・?