週休5日の若奥様
時計が壊れているのだろうか。
豪炎寺はインターホンを鳴らしたものの一向に現れる気配のない幼なじみを待ち続け、遅いと呟いた。
女の子の方が男よりも支度に手間がかかるとは知っている。
しかし、時間がかかっても約束には間に合うように準備をするべきだと思う。
10分で準備しても30分で準備してもベースはで大して変わらないのだから、むやみに人を待たせずさっさと出てくればいいのだ。
豪炎寺は待つこと20分、ようやく現れたに遅いと告げた。
「いつまで待たせるつもりなんだ。試合が始まったらどうするんだ」
「キックオフ1時間前にあっちに着いちゃうようなスケジュール立てる修也がおかしいんでしょ。休みの日くらい寝かせてよ」
「充分寝てたから遅刻するんだろう。ほら、さっさと行くから歩け」
「そんなに行きたいんなら円堂くん誘えばいいじゃん。ほっといてよ私のことは」
「日曜のサッカーはと行くって2ヶ月前から決めてただろう。約束を破って怒られるのはごめんだ」
「私はいいよって言った覚えないんだけど、なんで毎週迎えに来るのほんと困るんだけどこういうの」
「駅を待ち合わせにしたらは来ないだろう」
「行くわけないじゃん。なんで行きたくもないサッカーデート、しかも修也と行かなきゃいけないわけ」
ぶうぶうと文句を言いながらゆったりと歩くを、もっと早く歩けと叱りつける。
の遅刻のせいでただでさえ時間が押しているというのに、これ以上遅れたらいい席が取れなくなる。
行きたくない行く気が起きないと文句しか言わないは、いざ現地に着くとここは見にくいだのあっちの方が良かっただのと座席にまでいちゃもんをつけてくる。
ごときに難癖をつけられるスタジアムに申し訳ないので、だからこそより良い席を確保してやろうと早めの時間に約束しているのにはちっともわかってくれない。
わからないから約束の時間を過ぎて出発し、また席に文句を言うのだ。
何かいい打開策はないだろうか。
が寝坊せずこちらも苛々せず、タイムロスなくスタジアムまで行けるストレスフリーの方法はないのだろうか。
1人考えあぐねていた豪炎寺は、暇つぶし代わりにが持ってきていた雑誌をちらりと覗き見た。
赤やピンクの派手な文字が紙面を踊り、見ているだけで目がチカチカしてくる。
ここは興味ない、ここも興味ないと一気に10ページほど読み飛ばすの手を豪炎寺は無意識につかんだ。
何なの邪魔とぎょっとした顔を見つめてくるの顔ではなく、捲られかけた雑誌の中身に視線を移す。
下らないことばかり書かれている雑誌もたまには役に立つらしい。
週末だけ一緒に寝よう。
あまりにも唐突で、かつ、説明不足な豪炎寺の誘いに電車の車両中の人々の視線がこちらへ向けられる。
なななななななと日本語でない言葉を連ねるにもう一度、週末は一緒に泊まろうと告げる。
俯いたまま立ち上がったは、無言で電車を降りる。
どうしたんだと声をかけた豪炎寺は、ぎゅうと頬をつねられ痛いと叫んだ。
「にゃひをひゅるんひゃ!(何をするんだ!)」
「はあ!? それこっちの台詞! 何あれ、なんでああいうこといきなり言うわけ!? はあ!? ああ!? 何なの修也頭に何詰めてんの!?」
「ひゃはら、ひゅうはつふぁほれのひえにふぁ泊まれふぁひひって(だから、週末は俺の家はが泊まればいいって)」
「はあ!? なんでそうなんの、いいじゃん別に今のままで。なぁんで私が修也とお泊りしなきゃなんないわけ、狙いは何なの、ああ!?」
「いつまでつねってるんだ、痛い! ・・・がうちに泊まればは寝坊しないし、寝坊しないなら俺も朝から苛々しなくていいしタイムロスが減るだろう」
「そこまでして私をサッカーに駆り出したい修也の意味がわかんない」
「だと気を遣わなくていいじゃないか。こう・・・、家族・・・?」
「いや違うから。私豪炎寺じゃないから」
むうと眉根を寄せ早足で歩き始めたを慌てて追いかける。
東口へ向かっていたにスタジアムは西口だと告げれば、くるりと振り返ったの顔がますますむくれている。
どうせむくれ面しかしないのだから、特段可愛くしてこなくていいのだ。
にこにこ笑顔でついてくるなら多少の遅刻も大目に見てやれるが、眉間に皺が寄り続けているならば待とうという気にもならない。
愛嬌はそれなりに大切なのだ。
愛嬌次第では腐れ縁オプションもいくらかは融通が利く。
腐れ縁オプションは所詮はその程度のものなのだ。
「前は家が近くだったから別に良かったんだ。でも今はちょっと距離があるだろう」
「前が近すぎただけでしょ」
「前に慣れてるから仕方ないだろう。それに、の家経由よりも俺の家から直接駅に行った方が近い。近いってことはどういうことかわかるか? 起床時間を遅くしていい」
「・・・・・・」
「フクさんはいないし父さんも仕事が忙しくて帰って来ない。俺の家で2人きり広いぞ」
「2人きりってのはメリットじゃない気がする。それに、いちいちお家帰ってから修也んとこ行くのめんどくさい」
「だったら金曜学校終わったらその足で家に来ればいい。そうだ、が好きなエビフライも作ろう」
「・・・・・・」
の反応がいまいち良くない。
警戒心を抱かれているのか、こちらがいくら譲歩しても乗り気になってくれない。
他に何か、をぐっと引きつけるような魅力的な待遇はあっただろうか。
水道光熱費はもちろん父親持ちだし、食費もにはべたべたに甘い父のことだから全額負担してくれるはずだ。
の部屋には誰も使わない客間を宛がえばいいし、なんなら客間をが好きなようにカスタマイズしてもいい。
豪炎寺は相変わらずむくれたままのの横顔を見つめた。
いつもはスタジアムに着けばそれなりに会話も弾むのだが、今日は切り出した話に臍を曲げてしまったのかだんまりを決め込んでいる。
すぐ隣になんでも言い合える幼なじみがいるのに、近いようで遠くて寂しい。
思わず寂しいと呟くと、がはあと大きくため息を吐く。
さっきからほんと何なのと毒づくと、はくるりと豪炎寺を顧みた。
「そーんなに私にお泊りしてほしいの?」
「そうした方が俺にとってもにとってもいい」
「修也くん寂しくなくなるもんねえ。寂しがり屋の修也くんは毎日ちゃんの可愛いお顔見てないと寂しくて泣いちゃうのかな? んん?」
「むくれ面を可愛いと思うほど俺の目は悪くない」
「む、そういうこと言うからむくれ面になるってわっかんないかな! いーい、お泊りしたげる時は絶対に私にむくれ面させちゃ駄目だからね。お姫様のように私に仕えること、わかった?」
「いびきはかくな、物は壊すな、俺の部屋には絶対入るな」
「言ったすぐからそれ! ほんと人を迎える気あるわけ!?」
お泊り初日はまずは修也の躾から始めないと。
あ、お泊りセットも作らなくっちゃなー。
気分を切り替えたのか思いの外ノリノリで来たるべき週末お泊まり生活の予定を組み始めたに、豪炎寺は試合始まったぞと呼びかけた。
リア充したい☆乙女の恋愛講座5~家に連れ込めばこっちのものって思ってる男子には要注意!!~