褒めて撫でて傍にいて




 あの女、人の親にろくでもないことを口走りやがったらしい。
あんな可愛いガールフレンドがいるなら退院したら家に連れて来なさいとは、何をどう話せばあれが彼女に収まるのだ。
記念すべき彼女第一号がだなんて信じたくない。
そもそも、告白をしたりされたりした覚えがない。
半田は、今日も今日とて病室で暢気に見舞い品のフルーツを貪り食べているの手からバナナを奪い取った。




「あっ、まだ食べかけなのに半田いじわる駄目でしょ!」
「そんなことよりも俺に言うことあるだろ。、お前母さんに何言った?」
「半田のママ? えっと・・・あぁ、お宅の息子さんの面倒いつも看てあげてるんで、これからもよろしくお願いしますって言ったっけ。ほんとのこと言っただけでしょ?」
「それのどこが事実!? 俺がいつ、に面倒看られた? むしろ逆だろ、俺がの面倒看てやってんの!」
「看てもらった覚えはないから、それは半田の自己満足ってだけ。ねぇそれよりもバナナ返してよー、それ私の今日のおやつなのー」





 親友との大事な会話よりも、おやつの方が大事らしい。
半田は取り上げたバナナを乱暴にの口に突っ込んだ。
喉に刺さったお水お水と騒ぎ出すに、ざまあみろと言い放つ。
なぜ、入院している自分たちへの見舞いのフルーツ籠の3割もが消費するのだ。
果物はビタミン豊富で体にいいが、だからこそ患者が食すべきだった。
こいつもしかして、毎日おやつの果物目当てに病院に通っているのか。
来るなら、たまには気を利かせて差し入れでもしてくれればいいのに。
そうだ、におつかいを頼もう。
半田は名案をひらめき、これこそまさに自己満足に浸った。





、次来る時買ってきてほしいのあるんだけど」
「何が欲しいの?」
「ジャンプ」
「あ、それ僕も読みたい。入院してから読めてないんだよねぇ」
「回し読みするから1冊でいいし、後で金渡すからさ」
「マックスくんの頼みなら仕方ない。で、ジャンプってなぁに?」
「「え」」




 何がジャンプしてるの、それって何かの略語?
冗談でもなんでもなく純粋に『ジャンプ』について尋ねてくるに、半田とマックスは顔を見合わせた。


































 これは新手の羞恥プレイだったのかもしれない。
はおつかいメモを片手に、書店の本棚と睨めっこしていた。
『ジャンプ』というのはjumpではなく、少年漫画を掲載している雑誌らしい。
行ったらすぐわかるからとにかく買ってこいと背中を押され町内某書店へとやって来たが、半田とマックスが教えてくれたような漫画はそこらじゅうにあってどれだかわからない。
しかも売り場は男子で溢れ返っていてむさ苦しく、そして汗臭い。
フローラルな女子中学生が容易に足を踏み入れて、無事に帰れる保障がなさそうでちょっぴり怖い。
ナンパスポットにしか見えない。
しかし、入院していて思うように体が動かせず、ストレスも溜まっているであろう半田たちの気分を和らげてやりたい。
それにこれは半田だけではなく、マックスたちの頼みでもあるのだ。
半田1人にならどうとでも理由は作ることができるが、マックスたちにそれが通じるとは考えにくい。
なぜなら、マックスは半田よりも賢い。
ちょっとの嘘はふふーんと鼻で笑われそうだ。





「仕方ない、こういう時はマイ秘蔵っ子を呼ぶか」





 は携帯電話を取り出すと、アドレス帳からとある人物を探し当て電話を耳元に当てた。
何だと無愛想に尋ねてくるシャドウに、はご用がありますと通達した。





「・・・サッカーか?」
「ノン。ジャンプっていうのがどれかわかんないから、ちょっと駅前の本屋さんまで来て」
「断る」
「えーっと何て言うんだっけ。駅前の本屋さんに闇野くんを召喚!」
「シャドウだ、今行く」





 さすがはマイ秘蔵っ子だ、言い方さえ変えれば言うことを聞くあたりはまるで忠犬だ。
愛想はとんでもなく悪くて楽しい気分にはあまりなれないが、この際楽しさは二の次三の次だ。
はむっすりと現れたシャドウを従えると、漫画売り場へと引き返した。
分厚い雑誌を押しつけられ、表紙を確認すると確かに『ジャンプ』と書かれている。
隣には、何が楽しいのか笑顔で水着姿になっているグラビアアイドルを表紙に据えた雑誌がある。
ふむ、半田やマックスはお色気ものよりも少年が汗水垂らして青春したりバトルしている話の方が好きなのか。
まだまだお子様だ、どこぞの早熟な幼なじみとは大違いだ。
は半田たちの趣味思考に少しほっとした。





「ありがと闇野くん、おかげでおつかいできた」
「シャドウだ。次はサッカーで呼べ。俺は、初心者でもお手軽に召喚できるほどに低級なのか?」
「いや、闇野くんの扱いにくさとめんどくささはプロフェッショナル級」
「だったらいい」





 先程から微妙に話が噛み合っていない気がするが、なぜ会話は途切れることなく続いているのだろう。
は手に入れた雑誌を鞄に詰めると、おつかいミッションをコンプリートし経費を徴収すべく稲妻総合病院へと歩き出した。




























 何歳のおつかいを案じているのだ、この男は。
マックスたちは病室の窓からちらちらと病院の入り口付近を窺っている半田を見やり、苦笑いを浮かべていた。
おつかいに行っているのは幼稚園児でも小学生でもなく、中学2年生だ。
人語を解し、自我もしっかりと芽生えている女の子だ。
遠くへ買いに行かせたわけでもあるまいに、なぜ半田はここまで心配しているのだろうか。
には難しすぎたかもしれないとは、さすがに彼女を馬鹿にしすぎだと思う。
に知れたら、どんなに彼女を心配していたという事実があっても確実に叱られる。
それ以外の結末が見つからない。





「半田、心配しなくてもさん帰って来るよ」
「けどマックス、あいつジャンプの存在すら知らなかったんだぜ? 人の金と思ってさらっと違うの買ってきたらどうすりゃいいんだよ」
「教えたから大丈夫じゃないのー? さんだってわかんなかったら店員さんに訊くよ」
の質問が普通の店員さんに伝わるかってのが不安なんだよ!」
「普通普通言われてる半田と会話できてるから、それは半田の取越し苦労」
「マックス、お前は知らないんだよの本気の支離滅裂語録を・・・! あっ! 帰って来た!」





 ぶら下げているあの厚みはジャンプなのかと新たな疑問を抱き始めた半田は、そわそわとベッドに戻ると今度は扉を凝視し始めた。
病院仕様の音の鳴らないドアを勢い良く開けたを視界に入れた半田の顔が、あからさまにほっとした表情に変わる。
はパイプ椅子に腰かけると、ごそごそと袋から本を取り出した。





「はいこれ、これがジャンプでしょ」
「よくわかったな、ありがとな! ほら腹減っただろ、そこらの食え!」
「んん? こないだは勝手に食べちゃ駄目って言ってたのに?」
「やることやった奴は食っていいんだよ。ほんとによくわかったなー、俺はてっきり間違って買ってくるんじゃないかと」
「ああ、そりゃマイ秘蔵っ子闇野くん召喚したから」
「わかったわかった、また人に迷惑かけたんだな」
「かけてないもん。どうどう? ちょっと元気になれた?」
「半田はさんいないと不安で心配でたまらないみたいだから、もう二度とおつかいなんて頼まないと思うよ」
「マックス、おま・・・!」





 事実を言ってやっただけなのに、何を半田は慌てふためているのだ。
余計なこと言うな、なんかいなくてもいいからちょっと追い出しておつかい頼んだんだよ!
ちょっと何それ、ああわかりましたもう毎日は来ませーん。
せっかくの差し入れを置き去りにし、売り言葉に買い言葉で言い争いを始めた半田とを、マックスはにたあと笑いながら見つめていた。






このくらい賑やかじゃないと、入院生活楽しくないしねぇ




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