それほどまでに驚くことだろうか。
は、晴矢が女の子連れて帰って来たと叫び、春の到来だの空から槍が降ってくるだの言いたい放題騒いでいる住人たちをぼんやりと見つめていた。
ちらほらと見たことがある顔があるが、半分ばかりは知らない人だ。
子どもばかりで暮しているようで、とにかく何をするにもがやがやと賑やかだ。
部室と家が一緒になっているという感じだ。




「あの晴矢が、いつの間にか可愛い彼女作ってしかもお持ち帰りしてる・・・!」
「へぇ、宇宙人的センスでもやっぱ私って可愛いんだ! だよねぇ、当たり前のことなんだけどちょっと不安だったんだあ」
「異邦人、自重って言葉知ってるか」
「南雲くん、私異邦人だけど異邦人じゃないっていうか、とりあえずその呼び方やめて。こんなにたくさんの人にあれこれ勘違いされたまんまだと辛いものがある」
「そうだよ晴矢、彼女さんを異邦人呼ばわるするなんてかわいそうじゃない。ごめんね、えっと・・・」
って言うの、よろしくね!」
「こちらこそよろしくねちゃん。ねぇねぇ、後で色々お話聞かせて!」
「お話? ・・・はっ、恋バナか。女の子が集まってする話ってなったらやっぱ恋バナ系か」
「晴矢とどこで出会ったのかとかどこまでの関係なのかとか、今夜は寝かせないからね!」
「ほー、見事に勘違いされてるうう」




 恋バナは聞くのも話すのも苦手だが、今日は逃げられそうにない。
ついでに言うと、泊まることになっているとも初めて知った。
夕飯だけご馳走になろうかなと思っていたのだが、彼らは突然の訪問客に対して大らかに接してくれるらしい。
素晴らしい人々だ、カビ頭と同じ宇宙人だとは思えない。
は女の子3人にもみくちゃにされながら台所へ向かうと、ごそごそとエコバックの底から肉を取り出した。
気前のいい商店街の肉屋のおじさんがおまけをたくさんしてくれたので、肉団子がいくらでも作れそうだ。




「何鍋にするの? こないだ食べたんだけど、チーズ鍋美味しかったよ。白味噌と以外に合ってて、残ったらご飯混ぜてリゾットになるんだ」
「鍋はキムチ鍋の素がたくさんあるからそれなのよ。辛いの食べて体内の脂肪燃やしましょ?」
「だっ、だだだ大丈夫! ちょっとくらいキムチ鍋食べても胸は減らさないから! 私意外と着痩せする脱いだらすごいんです体型・・・!」
「あらちゃん、晴矢は体型はそれほど気にしない子よ? ねぇ晴矢?」
「あ? 体型も何もそもそもこいつ、俺の彼女でもなんでもないんだけど」
「・・・じゃあどうしてここに来たの?」
「南雲くんがマジで修也にお前の幼なじみテイクアウトするとか言ってあっち行こうに行けなくなったから、テイクアウトされてきた」
「あ、わかった! 晴矢他の男からちゃん攫ってきたんだ! やっるう!」
「やってねぇよ!」




 勘違いが独り歩きを始めて、ますます手に負えなくなってきた。
テイクアウトすると言えとせがまれたから言ってやったのに、こちらが率先して言ったように解釈されるのは非常に心外だ。
少し優しくしてやればすぐにこれだ。
南雲は自らの優しさを恨んだ。
優しさの無駄遣いをしたのは生まれて初めてだ。
へらへらと女子と笑いながら鍋を作っているのことがまったくわからない。
彼女をエイリア学園の生徒にしていたら、サッカーの巧拙はともかく父の悲願は達成していた気がする。




「みんなで囲むお鍋美味しそう! いっつもパパたちとするか2人でやってたから、こんなにいっぱいの人とするの初めて!」
「鍋は戦争よ。ちょっと油断してたらすぐにお肉なくなっちゃうから気を付けてね」
「ああ、だから南雲くんお肉買えなかったんだ。あのね、稲妻町の商店街のお肉屋さん、女の子にはいっぱいおまけしてくれるからそこで買った方がいいよ」
ちゃん主婦みたいだね!」
「ああうん、よく言われる・・・」




 作りたての鍋を食堂に持っていき席に就くと、いただきますの合図と共に仁義なき鍋の具争奪戦が始める。
よほどお腹を空かせていたのか、あっという間に鍋の中身が半分以下になる。
凄まじい食欲だ、成長期の中学生の胃袋は男女問わずブラックホールだ。
響きが雷雷軒のメニュー食べ放題の恩恵を円堂たちに与えない理由がよくわかった。
それにしても、なぜキムチ鍋。
部屋の隅にはまだまだたくさんキムチ鍋の素が詰まった箱が置かれているし、他にも焼肉のタレなどどっさりとストックがある。
肉がないのにタレはあるとは、使い道がなくて困ったことだろう。
1本くらいもらってもいいだろうか。
いや、2本だ。我が家と幼なじみの家に持って帰りたい。





「おい、ちゃんと食ってんのか」
「おう。いやあ、これだけ美味しく食べてくれるとスポンサーとしては嬉しい限りですよ」
「にしては食ってないように見えるけど、キムチ駄目なのか?」
「ううん、キムチ鍋美味しいよ。南雲くんたちがいっぱい食べてるだけ」
「ああ、俺らサッカーして体動かしてるからな。難しいこと考えずにサッカーやってると楽しくてさ、あっという間に時間経って腹空かせんだ」
「キチガイやってた頃とのギャップすごいんじゃない? あの頃南雲くん、あんまり楽しくなかったでしょぶっちゃけ」
「そうだな・・・。お前と穴埋めしてたのが一番楽しかったかも、馬鹿馬鹿しくてアホみたいで」
「でしょでしょ。南雲くんあの時楽しそうだったもん、汗掻いて一生懸命でさあ。もっと私に感謝すべきじゃない、南雲くん」
「いや、そこはしないけど。でも、なんだかんだであの後もメールやってんだから俺らすごいよな」




 しみじみと当時を懐かしみ話し合っていると、気が付くと周囲から人が消えている。
部屋の外へ視線を移すと、ぐっと親指を突き立てごゆっくりと告げられる。
今も充分ごゆっくりしていたのだが、なにやら気を使わせてしまったらしい。
お布団晴矢の部屋の置いとくねとは、どう考えてもやりすぎだ。
いったいどういった関係を受け取られているのだろう。
恋バナ好きの乙女の思考についていけない。




「あいつら・・・! 悪い、あいつら面白がってんだよ明らかに」
「みたいだね。まあいいよ別に、私今モテ期だから」
「もう1回聞くけど、自重と謙遜って言葉知ってるか?」
「やっだー、宇宙人に日本語教えられてるう」
「お前もふざけるな! 宇宙人やめたんだからその言い方やめろ異邦人!」
「じゃあ南雲くんこそ異邦人やめてもっとまともに呼んでよ」
「他の奴らは何て呼んでるんだ」
様」
「わかっただな。ちょっと待ってろ、漢字はどうやって書くんだ、今アドレス帳修正するから」
「あ、そっちじゃなくてこっちの漢字! もう南雲くん下手、ちょっと貸して」




 決して大きいとはいえない携帯の画面を覗き込むべく、が南雲の方へ身を乗り出す。
顔の距離が一気にぐっと縮まり、南雲の視界いっぱいにが映る。
これはこう書いてこっちはこうと注文をつけるの横顔をじっと見つめる。
本当に、どうして中身があれなんだろう。
近くで見れば、同じ地球外生命体でも月の住人並みに綺麗なのに。
神様は残酷だ。
天は二物を与えないという原則を厳格に適用している。
少しくらいは羽目を外してくれても一向に構わないというのに、やはり世の中神を名乗る人物にろくな奴はいないらしい。




「南雲くん」
「・・・・・・」
「南雲くん、南雲くんってば。ねぇ聞いてる?」
「あ・・・?」
「あ・・・?って、わかった、私に見惚れて魂飛ばしてたんでしょ」
「違ぇよ」
「いいのいいの、そういう人も世の中いるだろうとは思ってたから驚かないし許してあげる。はい、登録できたよ」
「あ、うん。・・・なあ、お前さ、サッカー戦術眼すごく冴えてたよな。だからって訳じゃないけど、俺らと一緒に・・・」
「一緒になぁに? サッカー観戦デート? 今ならもれなく南雲くんが啖呵切った幼なじみもついてくる」
「・・・俺、ほんとお前の幼なじみに殺されんじゃないかな・・・。会ったことねぇけどよっぽど酷い奴なんだろ」
「え、あるよ南雲くん、戦ったこともあるって。ほら、雷門中サッカー部背番号10の豪炎寺修也くん。サッカーやってる時だけは誰にも負けない超イケメン」
「惚気話やめろっていうか、あいつか!」




 エイリア学園時代に散々点を取られ強さを見せつけられたあれが、こいつの幼なじみなのか。
あんなクールな性格な野郎がの相手を長年に渡ってしているのか。
あれが相手でもこうなのか。
・・・駄目だな、一緒についてこないかなんて言えない。
言ったところで嫌だと即答されるのがオチだ。
南雲は部屋の隅から焼肉のタレとキムチ鍋の素を4つずつ取り出すとに押しつけた。
いいのと尋ねてくるに、くれてやるよと返す。




「布団俺の部屋だったか? 杏たちのとこに運んでやるからついてこい」
「きゃ、南雲くんやっさしい! 杏ちゃんたち可愛いよねぇ、後でメルアド交換してもらおっと」
「仲良くしてやってくれ。あいつらもまともかどうかは置いといて女友だち欲しがってるし、また遊びに来てくれ」
「やった! じゃあじゃあ、南雲くんも今度うち遊びおいでよ!」
「行くと厄介そうだからやめとく」




 自ら進んで修羅場になんか行くものか。
どうしても会いたくなった時は修正したばかりのアドレス帳を弄って、そしてこちらに呼びつければいい。
南雲はにっこにこ笑顔でお土産をエコバックに詰め込むを見やり、頬を緩めた。






たぶん今頃、膝を抱えて顔を埋めて部屋の隅で寂しがってる






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