必殺熊殺し殺し




 誰もが知ってる事実だから今更あえて言う必要もないとわかっているけど、自慢したいから言っておく。
僕の幼なじみのちゃんはとても可愛い。
何から何まで、とにかくすべてが可愛い。
怒っていても笑っていても、全部が食べてしまいたくなるくらいに可愛い。
その可愛いちゃんは、今日も僕の腕の中でもがいている。





ちゃん今日も一部分除いてふにふに柔かくて可愛いね!」
「一言余計っていい加減わかんないもんかなこのセクハラ変態は!」
「セクハラで変態のお墨付きもらったってことは、それらしいことやらなきゃ駄目ってことか・・・。ちゃんってばほんとに好きだねぇ」
「好きじゃない! ぎゃー離れて暑苦しい、マフラーが首に当たってくすぐったい!」
「駄目だよアツヤ。ちゃんの首舐めたり噛んだりするのは僕だけってこの星が誕生した時から決まってるんだから、抜け駆けしたら埋めるよ」
「そんなの決まってない! ほんともう朝からハグ禁止って毎日言ってんじゃん士郎くん!」
「嫌よ嫌よも好きのうちってことでしょ? ほんとにちゃんは素直じゃないなあ」
「士郎くんはなぁんでそんなに捻くれ屋さんなの! もうやーっ! 変なとこ触っちゃやーっ!」





 まったく、今の初歩的なスキンシップでもう変なとことか言っちゃってたらこれから先どうなるのやら。
僕、高校生になったら本物の野獣になってちゃんを食べる予定なんだ。
もちろん変なとこにも今以上にねちっこく触るし揉むし吸うし撫でるし、まだ見ぬ変なとこも僕がいただく予定だ。
そのくらいしたっていいと思う。
だってちゃんは、家族を喪って何もかもなくなった僕から更に心を奪っていった略奪者なんだ。
ちゃんが僕の恋心を勝手に持って行ったからいけないんだ。
それもこれも全部ちゃんが可愛いからいけない。
女の子から大人気の白恋のアイドル王子吹雪士郎は、ずっと昔からちゃんしかお姫様に選んでない。






「あ、そうだちゃん。僕の家今日1人だから泊まりにおいでよ」
「やだ」
「何もしないよ、まだ。一緒にお風呂入って一緒に寝るだけだよ」
「それがやだ。そんなに私と一緒にいたいんなら士郎くんが家来ればいいでしょ」
「それじゃつまんないじゃん。僕知ってるよ、ちゃんのお母さんが木の棒一本で熊を串刺しにしたことあるって。おばさんすごいよね、おじさんもっとすごいと思うけど」
「ママが倒したのは熊じゃない。隣の学校制覇しただけって言ってたよ」
「そっちの方が生々しいね! でもだったら尚更行きたくないよ、だってちゃんが寝てる間に触ったり録ったり撮ったりキスしたりできない」
「士郎くん一生私に触らないで」






 しまった、僕って嘘をつけない正直者だからついつい本当のことを言ってしまった。
ちらりとちゃんを見やると、さすがに怒ったのかむうとむくれている。
士郎くんのセクハラ変態スケベ垂れ目と、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてくる。
士郎くんなんかもう知らないサッカーバカのわからず屋と捨て台詞を吐きずんずんと先を歩いていったちゃんの背中を、
意外に傷つきやすいセンチメンタルシャイボーイの僕は黙って見送っていた。































 自分で言うのもなんだけど、僕はかなりのわがままだ。
わがままで独り占めするのが大好きで、自分が気に食わないものはどんどん消していく。
例えばあの男子。
ちゃんの魅力に当たり前みたいに引っかかった奴なんだけど、当然僕はそういう奴は邪魔としか思ってないから消しにかかった。
やり方は簡単、彼の前でちゃんにいつもよりもちょっぴり濃密なスキンシップを取ればいいだけだ。
初心な男はそれで逃げていくし、彼も例外じゃなかった。
僕にかかれば学校のサッカーグラウンドも駅も全部、ちゃんとのデートスポットに早変わりする。
僕たちのせいで温暖化が進んで雪や氷が溶けてるって話も聞くけど、ちゃんに限らず地球にも優しい僕はそういった奴を凍らせて、
二酸化炭素の排出削減と気温低下に貢献している。
変な言いがかりはやめてほしい。
みんな僕の幸せっぷりをやっかんで、あることないこと言い触らしてるだけなんだ。
やっかみ嫉妬はごもっともだと思うけど、そんな心ない一言でちゃんが傷つくのは嫌だから今日も僕はせっせと誤解の粉砕に取り組んでいる。
本当に、凍らせたあれらを何度砕きたいと思ったことか。
将来ドリルとか使いこなせるガテン系のサッカープレイヤーに会ったら、ぜひ交渉を持ちかけてみようと思う。





「それで、君たちは何しに来たの? まさか君たちも僕とちゃんの愛の宮殿を侵略しに来た命知らず・・・じゃない、お客さん?」
「えっとー・・・、悪い、俺北海道の方言よくわかんなくてさ。できれば標準語で喋ってくれるか?」
「えっ、君たちはバルバロイなの? 困ったなぁ、いくら僕でも蛮族との交渉手段はわかんないよ」
「えっ、俺たちそうなのか!? どうなんだ鬼道」
「落ち着け円堂。お前が吹雪士郎だろう、俺たちはお前をスカウトしに来たんだ」
「やっぱり君たちは僕とちゃんを引き離しに来たんだね! 僕は嫌だ、ちゃんも嫌に決まってる!」
「いや、この際都会に行ってちゃんとした病院で頭の中診てもらった方がいいと思う」
ちゃん!?」





 ちゃんの素直じゃなさも、ここまできたらただの悪だ。
僕がちゃんの突然の反旗に呆然としている間に、ちゃんがなにやら向こうの人たちと話している。
ええとなになに、士郎くん馬鹿だからみっちりしごいて今の100倍くらいましな男にして返して下さい?
何を言ってるんだちゃん!
僕がこれ以上いい男になったらきっと、ちゃんは僕に名前呼ばれただけで子どもできちゃうって勘違いするくらいメロメロになるよ!
はあ、ちゃんの男に求める向上心の高さにはほとほと感心する。
僕にこれ以上の苦行を強いるとは、さすがはちゃん素直じゃない。
僕ちょっと泣きそうだ。





ちゃん、僕ほんとに行っちゃうよ?」
「またね士郎くん。他の子たちにセクハラしたら駄目だからね」
「それは焼き餅? なんならお別れ前にやっとく?」
「ノン! あの、士郎くんこんな感じでほんと頭の中空っぽのただの変態馬鹿なんで、わがまま言ったら容赦なく引っ叩いて下さい」
ちゃん、一見さんにその言い方は僕への揺るぎない愛情が伝わりにくいよ」
「はあ? いーい士郎くん、士郎くんほんとちょっとはましにならないといつか私に刺されるから」
「何言ってるのちゃん、挿すのは僕でしょ? ・・・・いだっ!」
「・・・と、このようにばっちーんとやってね」
「わかった! よろしくな吹雪、お前最悪だな!」
「ねえ、それが今日から仲間になる人に対しての評価?」






 僕、ちゃん不足で干からびそう。
1人はやだよぉぉぉぉ、単身赴任はやだよぉぉぉぉという決死の叫びを笑顔で無視したちゃんが、この日一番の笑顔で白恋中を去るイナズマキャラバンに手を振っていた。






北海道民の皆様及び、北海道地方の方言をお使いになる方ご め ん な さ い




目次に戻る