俺がいるから途中下車




 悪友といい元チームメイトといい、もしかしなくても彼らはここを駆け込み寺か万屋とでも勘違いしているのではないだろうか。
いい歳した大人がぐずぐずうじうじと、少しは自分だけの力でやってみろと言いたくなる。
半田は、鬼道と続き現れた3人目のお悩み相談者に玄関先で帰れと言い放った。





「お前まで俺んとこ来るのおかしいだろ、間違ってるだろ。なんで俺んち来てんだよ」
「いやあ・・・、成り行きで?」
「俺に行き着くなんざどんなろくでもないもん持ってきたんだよ、風丸んとこ行くのが筋ってもんだろ!?」
「風丸に心配かけられないだろー、関連で」
「なあ何? お前らのその当たり前みたいに言ってる『風丸には心配させたくない』説って何? 風丸ってお前らにとって何? てか俺の立場酷くね?」
「まあまあ落ち着けって。でさあ、うちのじいちゃんがおそらくはのせいでさあ」





 聞くとも上がれとも言っていないのに、勝手に玄関口で話し始めた円堂に半田はやめろと叫んだ。
関連の話など聞く前から面倒臭いものだとわかっている。
ついこの間も散々鬼道と本人から愚痴られ暴力を振るわれ挑発され、ようやく一息ついたばかりなのだ。
今はできれば聞きたくないのだ、そっとしておいてほしい。
癒えたての傷に塩はまだ沁みるのだ。




、何思ったか俺のじいちゃんとこ転がり込んだっぽい」
「じいさんってえーっと、響木監督の監督だっけか」
「そんな感じ。じいちゃんスッゲーのどかな外国の島国で余生送ってんだけど、が来てから賑やかすぎてとにかくすごいらしい」
「だろうな。あいつは病室でも構わず明るい振りしてるアホだ」
「んで、じいちゃんが助けてだって。だから半田、頼む」
「何をだよ」
を連れ戻してきてくれ。俺には今のじいちゃんは救えない。半田、お前にしかできないんだよ!」




 円堂はそもそも頓着すらしていないのだろうが、円堂大介とは半田にとっては面識も何もない赤の他人だ。
フットボールフロンティアインターナショナルに出場していればまだ接点はあったかもしれないが、そうでないので間違いなく他人だ。
人助けを拒むほど冷酷ではないが、どう考えても円堂は頼む相手を間違えている。
円堂が風丸のことをどう思っていようが、そこは風丸に誠実に頼んで島国とやらまで出向いてもらうべきだ。
1人ならばともかく、見ず知らずの老い先短い老人の人生も背負うなど半田には自信もやる気もなかった。





「あのさ円堂、俺や「実はもうチケットも取っといた! ほんとごめんな半田、この埋め合わせは絶対今度するから!」
「いや俺仕事あるし、そう簡単にサラリーマン休めねぇし」
「ほんと頼む半田! 会社のことなら大丈夫、心配すんな! 俺が頭下げてみる!」
「会社に下げる頭があるんならにも頭下げられるだろ!?」
「あ、もしもし半田の上司ですか? すみません、半田は明日会社休みます」
「おい!?」





 明日って何だ、いきなり電話って何だ。
了解取れたぜって、たったあれだけで休めちゃう俺のポジションってどうなってる?
どいつもこいつも本当に俺を何だと思ってやがる。
だ、どうしていつまで経っても俺以外に頼っても良さそうな都合のいい奴を作らなかった。
いつまで俺に頼っているつもりだ。
俺はもう、お前だけの俺





「・・・・・・いや違う、今も俺はあいつのもんだ」
「半田?」
「なんでもない。わかったよ円堂、俺は山を連れ戻してくるわ、ここに」
「お、おう!? さすがは半田、スッゲー頼りになる!」
「その代りお前も忘れんなよ?」
「へ?」
「埋め合わせのこと」
「わかった、なんでもするから任せとけ!」





 こいつ、ほんとに埋め合わせって何のことかわかってんのかな。
まあいいか、わかってない奴にわからせるのが俺の仕事だし、面倒事の処理だってのおかげで慣れている。
半田は航空券だけ残し帰っていった円堂を見送ると、ぱんと両手で自身の頬を叩いた。












































 逃げてきたが、誰も待っていないと言えば嘘になる。
本当は近いうちに誰かが迎えに来てくれるのではないかと期待していたし、ここで鬼道くん来てくれたらマジ鬼道くんすごいわとも考えていた。
待っていても誰も来ない今がむしろイレギュラーな気分だ。
ひょっとしたらこのままずっと大介の看病をしながら生きていくのだろうか。
それはそれで面白いだろうが、少し寂しい気がする。
寂しいに決まっている。
空しくて切なくて、今にも泣いてしまいそうだ。
叶うならばここから外へ連れ出してほしい。
しかし自分で外に出るには少しだけ怖くて、意地が邪魔をしている。
意地を意地でも張っていないとあっという間に自分の世界とペースに引きずり込むような危険人物しか昔から周囲にいなかったから、今更意地を張らないという選択肢はなかった。
しようと思ってもやり方がわからなかった。
もういっそ誰でもいい、この際宇宙人でも天使でも悪魔でも、なんでもいいから早く誰か見つけてほしい。
こんなことになるのなら、半田に行き先を告げてから日本を出て行くべきだった。
半田は細かいところにしか目がいかない口うるさい奴だから、すぐに行き先にツッコミを入れて潜伏先を変えるよう指示していたはずだ。
失敗した。
こちらがではなく、半田が失敗した。
どうしてあの時行き先を訊いてくれなかったのだ。
気が利かないダメンズの典型的な例だ。
しかし、そのダメンズテンプレートにすら縋りたくなるのだからこちらも相当焼きが回ったようだ。





「もー、なぁんで半田はそういうとこ抜けてんの。そんなんだからいつまで経ってもモテ期が来ないのよう」
「悪かったな、抜けてて」
「へ、半田?」
「こんなとこ来てまで俺の悪口なんて、俺って何? あと俺にはモテ期はいらねぇの、好きな奴に好かれてくれればそれで俺はハッピーエンドだ」





 来ただけ損したかもしれない。
半田はそうぶっそりと呟くと、よいしょと言っての隣に腰を下ろした。
心配はそれなりにしていたのだが、見る限りはとてつもなく元気そうだ。
痩せてもいないし顔色も悪くないし、確かに円堂の祖父が参ってしまうのもわかる自由奔放さだ。
うっかり手放しちゃったから迷惑かけたのかなあと一瞬申し訳なくも思ったが、そもそも彼女を追い詰めたのは鬼道だと思い直し罪悪感を打ち消す。
半田は帰るぞと言うと、の横顔を見つめた。





「お前こんなとこまで来て何やってんだよ、人の悪口なんざどこでだって言える性格してんだからここじゃなくていいだろ」
「悪口じゃないもん、駄目出しだもん」
「言われてる側にはその違いわかんねぇよ。ほら、帰るんだからさっさと立って準備する」
「帰る帰るって、どこに帰れって言うの? 元のチーム? 実家? 日本? イタリア? ねえ半田、私の帰るとこってどこにあるの?」
「知るかよんなもん」
「じゃあなんで半田が来たの。なんで鬼道くんじゃないの。半田こそ何しにここまで来たの」
「円堂に頼まれたんだよ、をなんとかしろって」





 は、何のためならば迎えに来てほしいと思っているのだろうか。
やはり鬼道が良かったのだろうか。
それはわからなくもないが、鬼道はどこかしら行動が鈍い慎重派だ。
を困惑させることは得意だが、を好いていると公言する割にはまだるっこしく見える。
好きだと言える立場にいるのであればもっと堂々と行動したらどうなのだと、苛つくことさえあった。
に愛を囁いたら、彼女は靡いて帰ってきてくれるのだろうか。
やってみようかと思いすぐにやめたのは、が自嘲の笑みを浮かべ馬鹿じゃないのと言い捨てたからだ。





「円堂くんに頼まれてこんなとこに来るなんて、お人好しにも程があるって」
「お人好しにつけ込んで好き勝手言ってやりたい放題なのはだろ」
「つけ込まれやすい半田が悪いんですう」
「はいはいそうですか。・・・お前さ、なんであの時俺のとこ来たわけ?」
「そんなの決まってるじゃん、半田のとこが一番行きやすいんだもん」
「俺んち選んでる時点でそこがの帰るとこじゃねぇの? 、俺のこと好きなのか?」
「はあ!? ちょ、何言ってんのいきなり・・・」
「あのな、俺は実はが思ってるほどの言いなりじゃないかもしれないぞ。が考えてる俺とほんとの俺って実は結構違うし」
「・・・・・・」





 は、本当にただ円堂に頼まれたからという理由だけで来たと思っているのだろうか。
確かにきっかけは円堂だが、それだけの理由で渡航を決めるほどサラリーマンは自由ではない。
親友を助けたいというのももちろんある。
しかし、それ以外のも理由があることも確かだ。
理由は昨日作った。
正確に言えば8年ほど前に一度できていたのだが、捨てて昨日拾い直してきた。
半田はすうと深呼吸した。
元はと言えば話を蒸し返した鬼道が悪くて円堂が悪いが、きっともっと悪いのは、あの日出会って自分を親友に選んでしまっただ。
半田は今にも何か言いだしそうなの唇に人差し指をとんと当てると、ごめんなと告げ頭を下げた。






「ごめん、俺で」
「な、今度はなんで謝ってんの気持ち悪い・・・」
「迎えに来たのがまさかの俺でごめん」
「別に嫌とは言ってないじゃん・・・。ただ私は、半田がなんで来たのか気になるだけで・・・。ほっ、他にも気になることあるけどまずはそこから!」
を連れ戻したかったんだよ。あーいや違う、をちゃんと俺のにしたかった?」
「はあ・・・」
「んー、これも違うか・・・。ちょっと待てよ、なんせこっちも8年ぶりくらいにこういうこと思ったから何て言おうか難しくてな・・・」
「大丈夫半田? 私傍にいるから安心して?」
「・・・不思議だよなあ。が傍にいて安心できる要素なんてどこにもないのに、いてほしいと思ったりほっとしたりするんだかほんとお前すごいわ」
「え、喧嘩売ってんの?」





 喧嘩なら買うわよと低い声で呼ばれ、慌てて謝る。
しまった、言いたいことは概ね合っているが言うタイミングが違った。
落ち着け俺、思い出せ俺。
挑発されてむきになったあの日を、忘れかけてた感情を取り戻せ。
いつの間に百面相でもしていたのか、が突然ぷっと吹き出し笑い始める。
こちらは真剣に考えているのに何と無神経な奴だ。
こんな奴にこれからも俺は振り回されたいのか、俺も相当趣味悪いな。
はひとしきり笑うと、やっぱ半田といると飽きないわと言って立ち上がった。





「向こう帰ってもこうやって半田が相手してくれるんなら帰ったげる。言っとくけどしばらくお世話になるからそのつもりで」
「おうおう望むところだ。ただし適度に仕事探して働けよ、サラリーマンの安月給舐めんなよ」
「当然。私がちょーっと本気出して気分入れ替えたらすぐに売れっ子監督になって返り咲けるんだから、半田こそ卑屈になっちゃやあよ」
「なるわけないだろ、にタフにされた俺だぜ?」




 の言う『しばらく』が一体どれだけの期間を指すのか今はわからない。
だが、ここがの帰る場所であるのだから気長にいればいい。
半田は遅れて立ち上がると、を見下ろした。
彼女がこんなに小さいとは思っておらず、思わず小さかったんだなと口走る。
痛い、足を踏まれた。
こいつ、相手がサッカー選手じゃないからって容赦なく攻撃してきたな。
そうやって人選んで行動するとことか、意地張りすぎていっぱいいっぱいになってるところとか、ほんと





「好きなんだろうなあ・・・」
「ん、なぁに?」
に好かれた時が俺のモテ期かなって話」
「・・・うっそマジで」
「言ったろー、が考えてる俺とほんとの俺は違うって」
「えっえっえっ、いつからいつから私知らなかったよ、なんかごめん!」
「謝らなくていいから! てかその謝罪は何にかかってんだよ、俺8年と2秒で振られた!?」
「振ってない振ってない! あ、でもいやえと、お友だちからお願いします・・・」
「親友な」






 親友は駄目、親友だったら半田はずっと親友だから!
ほう、じゃあは俺と親友じゃない関係になることには抵抗ないってわけか。
なんでそうやってすぐ人の揚げ足取るの、半田酷い、最低!
今更何を言われても笑って済ませることができる。
やっと言えて少しは前進したのだ、笑い以外出てこない。
半田はむくれるの背中をぽんと叩くと、行くかと言って手を差し出した。






「・・・ということがあってだな」「そっか、おめでと良かったな長年の夢が叶って」「知ってたのか風丸!?」「ははっ、俺を誰だと思ってる?」




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