イタリアの中心から一日天下を死守する




 今日だけだからね特別だよとウィンクをされ、わーいと歓声を上げピッツァにかぶりつく。
プロではないとはいえ、プロを目指すフィディオの食生活は厳しい。
すごく我慢してるんだよと言いながらほぼ毎日ジェラートを食べているのは本当に我慢しているのかと尋ねたくなるが、彼なりに頑張っているのは本当なのだろう。
美波は年越しそば代わりの年越しピッツァとパスタを貪り年末のスポーツ特集番組を眺めているフィディオを見やり、にいと口元を緩めた。
そこそこ規則正しい生活を送っているフィディオにとって23時45分は真夜中なのかもしれない。
いつもは隙がない完全無欠のイケメンイタリア男のフィディオが、口の端にソースをつけていることに気付いていない。
美波はフィディオにすり寄ると、ちょんと頬をつついた。




「ん? どうしたの美波ちゃん」
「ふふ、今日のフィーくんはいつもより3割イッケメンだあー」
「ありがとう! 美波ちゃんも今日も最高に可愛かったよ!」
「えへへ」
「うん」
「えへへ」
「うん?」





 フィディオはとても素直だ。
わざと食べかすをつけた顔を3割増しのイケメンと評したのに、こうも素直に喜ばれるとからかったことに対する罪悪感が生まれてくる。
なぁんか調子狂うなあ、ちょっと前までくっついてたイケメンは同じこと言うと絶対に顔に何かついてるんだろうって疑ってかかってたのに。
美波は素直すぎる幼なじみバカの口元のソースを指で拭ってやると、はいと言ってフィディオの前にソースをつけた指を見せてみた。
いっそからかったことに対してびしっと怒ってくれた方がごめんねと言えるのだが、フィディオは笑ってそうなんだありがとうと言いそうな気がする。
自分で言うのもおかしいが、フィディオは骨の髄まで幼なじみバカだと思う。




「そんなにがつがつ食べなくたって、誰もフィーくんの盗らないよ」
「いいや、今盗られちゃった」
「えー、ここ私たちしかいないのにー?」
「俺の分を美波ちゃんの指が掠めていったよ。それは俺の分だから返してもらうよ」
「えーっ、お、えっ!?」





 指がくすぐったい。
フィディオは時々面白いことをする。
それほどピッツァが好きなら口元につけず確実に口の中に運べばいいのに、親切で取ってやった人の指ごと口の中に持って行くとは何事だ。
指についたソースは食べられるが、人の指はヘンゼルとグレーテルの童話に出てくる魔女以外は食べないものだと思っていた。
美波は何が楽しくて美味しいのか、指の食感を楽しんでいるフィディオにあのうと声をかけた。




「そろそろいい? てかそれ楽しい?」
「あっ、ごめんな! 楽しい、うーん、愉しいよ!」
「だったらいいんだけど、はーびっくりした」
「ごめんね驚かせちゃって。でも美波ちゃん見てると我慢できなくなるんだ。こうやって美波ちゃんと一緒に新年を祝うことができて俺はすごく嬉しいよ」
「あと5分くらいあるけどね」





 新年へのカウントダウンが始まったテレビを眺めながら、来年はどんな年にしようかと考える。
とりあえず優先すべきはイタリア語の勉強だ。
こちらの言語で理科の授業などふざけている。
サッカーにもやはり多く係わる一年になるのだろう。
こちらではサッカースタジアムへは連行ではなくきわめて紳士的にエスコートされるので気分は悪くならないが、やることは日本にいた頃とそう変わらない。
新年まで2分を切った時、不意に音楽を鳴らし始めた自身の携帯電話に美波は露骨に顔をしかめた。





「もう何なのーこんな時にもー」
「出ておいでよ。でもすぐ戻ってきてほしいな」
「もっちろん。はいもしもしー?」





 テレビの前から離れ、中庭に出て着信相手の確認もせずもしもしと苛立った声で応対する。
随分な態度だなおはようと返された無愛想な声に、美波はお互い様でしょと応酬した。




「私今忙しいから用件20文字以内で言って」
『そろそろ年が明けるな約束は守ってもらうぞ』
「はあ?」
『今年の1月1日の0時すぐ過ぎくらいに言っただろう、来年も美波と年を越すって』
「それ修也が勝手に決めただけでしょ。人巻き込まないでよもー」
『それでもやると決めたんだ。勝手だろうがやらせてもらう』
「マジふざけないでよ、私は今年はフィーくんと2人でラブラブ年越しカウントダウンしてんの!」
『何がラブラブだ、笑わせてくれる』
「笑ってないでしょほんと何なの「Un Felice Anno Nuovo!」あーーーーーーっ!!」
『・・・というわけだ。あけましておめでとう美波、こっちはもう朝だ』
「最悪! マジ最悪! わぁんフィーくん、フィーくううううぅん!」
『フィディオに言っておけ、今年もやるからなと』




 やりたいようにやってあっさりと電話を切った日本の幼なじみに向かって、馬鹿アホ甲斐性なしの鬼畜と罵詈雑言を吐き散らす。
やられた。
なぜあの時通話を切ることを躊躇ってしまったのか、数分前の自分に腹が立つ。
美波はどうしたんだいと叫び現れたフィディオに抱きつくと、ぎゅうと服を握りフィディオを見上げた。





「ね、年末の最後と新年早々修也に苛められた!」
「ああ、豪炎寺? 彼ならやりそうだよね」
「怒んないの!? 私、フィーくんと年越せなくて超悔しいのに!」
「悔しいし腹も立つけどそこは彼に譲ってあげるよ。彼が美波ちゃんと話せるのは新年最初の1分くらいだけなんだし、残りは全部俺がもらえると思ったら1分くらいあげても惜しくないかな」
「フィーくん・・・、めっちゃおっとなー・・・・」
「まあ、俺も彼の気持ちがわからないでもないし。でも次はないと思うよ、俺もそんなにお人好しじゃあない」





 年末にまたかかってきたら、その時は今度はもっと美波ちゃんといちゃついているところを音声のみで送りつけてやろうかな。
フィディオは早々に来年の年越しプランを思いつくと、未だにぶうぶうと文句を垂れている美波の手を引き部屋へ引き返した。






この夜、豪炎寺家の時計はイタリア時制だったという




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