路傍のかぐや姫
トラブルには地球宇宙魔界問わず様々なバリエーションのものを味わってきたが、本格的に落ち込む挫折は人生で二度目くらいかもしれない。
自他共に認める神様にべた可愛がられているマジ天使だから、色々あったが概ねロックなノーマルモードだと思っていた。
近年はロックさも薄れマイルドなノーマルモードに移行したと思っていた。
若干失恋させてみたりした気分を味わってみたりしたが、それもイベントだとしか考えていなかった。
待って、私何考えてるんだったっけか。
は何度も名を呼ばれていたことにようやく気付き、はいと答えた。
いやいやこれこそちょっと待つべきだ。
私、今何に対してはいって言った?
は手の中の辞令とぽんと肩に置かれた上司の手を見て、うっそマジでと叫んだ。
成績不調の責任を取って解雇と辞令には書かれていて、上司はお疲れと言っている。
やばい、よりにもよって解雇通知に素直にはいと言っていた。
「あああのいやその違うの! そう、私、ぼうっとしてた!」
「そうかいそうかい。じゃあゆっくりお休み。君のこれからの活躍を祈っているよ」
「うっそや、やだやだやだやだ、クビとかやーっ!」
たった10分間足らずぼうっとしている間に私を不幸のどん底に落としたのはどこのどいつだ。
はとぼとぼとかつての職場を後にすると、ゲームメーカーとしての地位を見事にクラッシュしやがった旧知の友へ呪詛の言葉を吐いた。
ずっと憧れで、好きな人だった。
初めこそただの好きな女の子に過ぎなかったが、彼女を思う感情には程なくして憧れも加わった。
好きになった女の子が誰もに認められ(恐れ慄かれ)るような素晴らしい人だということに誇りを持っていたし、そんな人とわずか14歳にして出会えたことに幸福を感じていた。
昔から常人とは違う発想でサッカー界を闊歩していた女神は、こちらよりも2,3歩早くプロとして世界デビューを果たし、子どもだけではなく大人からも称賛される世界が認めた奇才となった。
やはり自分が見込んだだけはある女性だ、素晴らしい。
100のうちのすべてがそう思えなかったのは嘘ではない。
もちろん嬉しかったし、すごいと感心した。
思ったが、同時に妬みにも似た悔しさを覚えてしまった。
彼女が今の地位を得たのは彼女自身の力に依るところがもちろんだろうが、それだけではないはずだと勘繰ってしまう自分がいた。
フィディオがいたから業界とのパイプを利用してきっかけを作ったのだろうと疑ってしまう嫌な自分がいた。
彼女の活躍を素直に喜びきれない、反吐が出るような自分がいた。
『彼女に追いつきたい』ではなく、いつしか『彼女を追い落としたい』になっていた。
憧れの人が敵になっていた。
そして変貌していた目的を達成してしまった今、現実に戸惑いを隠せないでいる。
達成感と嬉しさと空しさが胸に混在していた。
「が、解雇・・・?」
「たった今ニュースが入ってきた。やはり原因はこの間のうちとの試合だろうな」
「・・・・・・」
「お前のゲームメークに叩きのめされて自滅して。あの結果ではさすがの女神も許されなかったということだろう」
「俺が彼女をクビにさせた、ということか・・・?」
「気に病むな、これがプロの世界だ」
ちなみに彼女、イタリアから出て行ったらしい。
妙に事情に詳しい代理人の話を半分聞き流しながら、鬼道は目にも止まらぬ速さでの携帯電話の番号を押していた。
かけた番号は現在使われていなかった。
また戻ってきやがった。
こいつ少し前にも仕事だかプライベートだかで帰ってきていきなり人の家上がり込んで散々迷惑かけたのに、また来やがった。
招き入れてもろくなことにはならないから居留守を使えばいいのに、それができずにまた相手をしてしまうとはどうやら相当彼女に弱いらしい。
「いや違うわ、お前が強すぎるんだわ」
「何か言った? 悪口ならぶつわよ」
「言えねぇよ。てかさあ、お前ほんとなんでいちいち家来るわけ。仕事どうしたんだよ、どこのチャンネルで親善試合やるんだよ」
「そんなもん知らないわよ、私もう部外者だもん」
「はあ?」
私クビになってニートなの。
ソファーに顔を突っ伏しながらそう呟いたに、もう一度はあと答える。
そうか、クビか。
ニートか、仕事しなくていいなんて羨ましいご身分だな。
そうぼんやり考えていた酔いかけの頭が、一気に覚醒する。
クビ、クビってあれか、つまりお前クビになったのかついに!
何度も禁句を連呼する親友に、は顔を伏せたままクッションを投げつけた。
がちゃんと物が倒れる音がした直後、あーあーあーあーと慌てる声も聞こえる。
どうやらターゲットを間違ったようだ。
「さあ、俺にぶつけたいんならちゃんと俺見て投げろよ!」
「じゃあ今度はちゃんと半田に当てるからフライパンちょうだ「やるか!」
「何よう、半田の嘘つき―、いじわるー」
「恋に敗れクビになったお前の事情を何も訊かずに家入れてやる俺が意地悪なら、風丸以外の人類みんな鬼畜だぞ」
「ふっ、半田いつになったら風丸くんクラスになれんのよ。もう7年くらい待ってるんだけど」
「俺がレベル風丸になったら、いざという時泣きつく場所なくなるぞ」
「・・・む」
どこまでも捻くれているの隣へ歩み寄り、とりあえず顔を上げさせきちんと床に座らせる。
2ヶ月くらい前に来た時は、家に入って来るなり失恋したかもしれないだった。
相手はなんとなくまあ出会った頃から知っていたような気もするからあえて訊かなかったが、まさかがそちら側になるとは思いもしなかった。
は自分の感情については恐ろしく鈍感だ。
自分よりも遥かにメンタルの弱い周囲をいつも慮ってしまっていたから、それよりはまだまだ丈夫(だと少なくとも彼女自身は思っている)な自分の内面に関してはとことんまでに放置していた。
そのツけがようやく今になって出てきたのかと話を聞いた時は思わないでもなかったが、あの時のの落ち込みようを見ては、やはり向こうが悪いと思ってしまうのが親友の本音だ。
変なところで7年経ってる割には潔いんだよと、ツッコミを入れたくなった。
「半田、私ね、今、結構怖いの」
「何が」
「半田、半田は私のことどう思ってる?」
「俺の質問聞こえてた?」
「やっぱり半田も私のことサッカーに超詳しいマジ天使みたいな女神様だって思ってるでしょ」
「んなこと一度も思ったことねぇよ」
「ないの!?」
「ああ? 何だよ、そう思ってほしかったのか?」
「・・・ち、違うけど・・・」
「じゃあいいじゃん。こんな乱暴で横暴な姫様気質の観賞用が女神なんて、そりゃマジで見た目だけの話じゃないのか?
それに別にサッカー知ってても知らなくてもはその性格だったと俺は思うけど」
「ほんと? ほんとにそう思う!?」
「何だよ、元からだけどほんと変な奴だな」
大したことを言ったつもりは微塵もないが、なぜだかの口元がすごくにやついている。
なぜだろう、たとえ見た目だけであろうと美人の笑顔は好きなはずなのに嫌な予感しかしない。
なんでだろうな、どうしてこいつも俺も生きにくい生き方してんだろうな。
半田は、半田やっぱいい奴だわーと言って抱きついてきた柔らかな体の下敷きにされながら、はいはいと力なく答えた。
誰も彼も俺もみんな あいつから逃げてる