私も貝だった




 気付いてくれるだろうか。
興味なさげに見えて実は一番に見てくれているからおそらく気付きはするだろうが、発見を声に出して教えてくれるだろうか。
は鏡台の前でくるりと回転しばちりとおまけのウィンクをすると、鏡の中の自身に向かってにっこりと笑ってみた。
気付いたとして、何と言ってくれるだろうか。
可愛い、似合っていると褒めてくれるだけでも嬉しいが、欲を言えば具体的にどこがどのように似合っているのか言ってほしい。
センスがないわけではないから、言うとなれば可もなく不可もないそこそこなコメントを残してくれるはずだ。
早く帰って来ないかな、マイダーリン。
今日はノー残業デーって言ってたから7時には帰ってくるよね。
あの時計もしかして電池なくなってるのかな、さっきからたった2分しか経ってない。
は時計の針とテレビの時計表示を交互に眺め、まだかなあと呟いた。
インターホンが鳴ればいつでもピンポンダッシュできるようにリビング入口にスタンバイしている。
まだか、まだか。
はっ、もしかして電車に遅延が出ているのかもしれない。
空気が読めない電車だ、ダイヤは何のためにあるのだ。
ともすればクレーマーになりかねなかったは、待ちかねたインターホンの音に相手も確かめず玄関ダッシュした。
ドアを開けながらおかえりなさいと声をかけると、ただいま?となぜだか疑問形で返ってくる。
なぜ疑問形、いやその前に声が違うがお前は誰だ。
ゆっくりと顔を来訪者へ向けたは、見慣れたクラスメイトの顔を見て黙ってドアを閉めた。
ちょっと待って助けて美人妻さんと泣き言を言いつつドアに足を挟んでくる不届き者を、は呆れた表情で見上げた。





「お裾分けならありがたくいただくからそこのコンポスト容器に入れといて」
「人の嫁さんが作った料理をゴミ扱いするのやめようぜ! 美味いと思ったら上手いって、これだって!」
「ゴミ扱いじゃないですう、肥料扱いですう。美味しい料理は自前で作れるから帰って円堂くん、私のダーリンの胃袋強くないから」




 見た目だけはこの上なく美味しそうだが味はある意味では一番な、近所の奥さんが作った料理を玄関で押しつけ合う。
たくさん作ったのだけどお裾分けしてきてくれないかしらと愛妻に頼まれれば、たとえそれが素材の味が消滅した何かであっても持って行かざるを得ない。
嬉しがられたのは最初だけだった。
見た目に騙され喜んで受け取ってもらえたのはただ一度きりだ。
は円堂の手にタッパーを押し戻すと、お呼びじゃないと声を張り上げた。




「くれるならこうなる前の食材ちょうだいっていつも言ってるのにわかんない?」
「気持ちはよーくわかるけどほんと頼む、おやつ気分でさ」
「じゃあ円堂くんが学校の子たちに差し入れすればいいでしょ、うちに持ってこないで」
「子どもたちに罪はないだろ!?」
「うちも悪いことしてませんんー!」
「お、今日は賑やかなお出迎えだなあ。ただいま
「真一! ちょっと真一、言ってほしいことやってほしいことたくさんあるけどとりあえずこの押しつけ屋撃退して」
「円堂・・・、観賞用お裾分けは今日は間に合ってるって言っといてくれ」
「じゃあ来週は?」
「来週も間に合ってる。んー・・・、お宅と一緒で妻の手料理しか食べたくないってことにしてくれ」






 食い下がることを諦めた円堂を追い払い、ようやく目当ての夫を家へ迎え入れる。
余計な邪魔は入ったが、これでやっと2人きりだ。
ぎゅうと抱きつきおかえりなさいと言うと、半田が柔らかく抱き締め返す。
エプロン変えたんだなと囁かれ、はますます体をすり寄せた。





「わかった?」
「そりゃわかるよ。もっと見たいからちょっと離れようか」
「えー」
「見てもらいたいんだろ。ほら、この体勢じゃリボンしか見えないからうっかり解きそうだ」
「それでもいいのに」
「・・・こら、そういうことをさらっと言わない」





 ぐずりを引き剥がし、手早く着替えリビングへと向かう。
観賞用ではない味も美味しい料理が食卓に並んでいる。
結婚する前から知っていたが、は割となんでもできる器量良しだ。
こんないい子がうちの嫁に収まっていいのか、何か裏があるんじゃないかと半田家会議で揉めもした。
私は真一がいいんです真一じゃないなら独身貫くとうっかり逆プロポーズされそうになり慌ててプロポーズしたほど、はこちらにぞっこんだったのだから人生なのが起こるかわからない。
幼なじみだったが特段に良くしてやった記憶はない。
モテ期とはかくも不可解なものだ。
半田はあのねあのねと口を開くの話に耳を傾けた。





「ほんとは勝負下着にしようかとも思ったけど、勝負するとこそこじゃないでしょ? だったら可愛くて動きやすいエプロンの方が実用性あるなって思ったの」
「それ、どう答えればいいのかわかんないんだけど」
「あ、もしかして真一エプロンじゃない方が良かった? そういやさっきも結局は外すとか言ってたし」
「言ってねぇよ。の小遣いだから何に使おうとの好きにしていいわけだし、俺はが納得するなら服でもエプロンでもなんでもいいよ」
「むー、真一冷たぁい」
「むしろこのくらいしか言えないって」
「エプロンが可愛く見えるのはが可愛いからだーとか言えばいいのに」
「はいはい、可愛い可愛い」





 ほんとに可愛いと思ってんのと尋ねられ、神妙に頷く。
これを可愛いと言わずして何と表現すればいいのか教えてほしいくらいに可愛いとしか思えない。
こちらを思い色々と考えているが可愛くないわけがない。
これからどうしてくれようかと気を緩めれば始終考えてしまう程度には、に骨抜きにされている。
ひょっとしたら料理に惚れ薬でも混じっているのかもしれない。






「ん?」
「後でそのリボン解いていい?」
「うん、いいよ」




 表面よりも中身の方がもっと可愛いに決まっているし、経験上知っている。
半田は満面の笑みを浮かべているににっこりと笑い返した。






だってほら、貝って砂吐くじゃない




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