行列への割り込みはご遠慮下さい




 卒業証書よりも高校の入学許可証よりも嬉しい紙切れが届いた。
何度読み返しても同じところで顔がにやけて、ひとりでに笑いが出てくる。
彼女は自分にとっては本当に女神のような女性だ、彼女と出会ってから世界が劇的に変わった。
不動はバイト先から未だ帰らぬを待ちかね、もう一度紙切れを見つめた。
額縁に入れようかとも思ったが、これはゴールではなくスタート地点に過ぎないのであまり浮かれてはいけない。
そうわかっていてもついついにやけてしまうのは、夢の舞台への入場口に立てた嬉しさがあるからだ。
やっと追いつけた、やっと背中が見えた。
不動はサッカーの舞台という点では自分よりも遥か先を歩いていたにようやく追いつけたような気がしていた。
人の心配をするほど自信も決して安定した生活を送ってはいないが、中学生の頃と変わらずふわふわとしているを単身プロサッカーの世界で歩かせているのはやはり不安だった。
強大なライバルの幼なじみバカはいるが日本の彼は今も日本にいるし、イタリアの彼は彼で自身のチームがある。
悲しいことにスター選手でもなんでもない初心者若葉マークのプロサッカー選手であるこちらは、少なくとも他の連中よりもと深く係われる。
見守ってやれる。
愛想と人当たりは抜群にいいだからきっと杞憂に過ぎないのだろうが、それでも不動は今日まで世話してくれたへの恩返しの意味も込め、を守りたかった。
あわよくばという下心とは少し、違う気がした。





「ただいまー・・・」
「おっ、おかえりちゃん! ・・・どうした、その面」
「へ? あ、ああちょっと疲れちゃってさー。あっきーこそどうしたの、なんだかすっごく嬉しそう!」
「そうだよ、これ見てくれ、何かわかるか!?」
「あー、あっきーまーた私に通訳しろってことー? もー」
「読めてるからこれ見せびらかしてんだよ! ほら見ろよちゃん、これ!」
「ほんとに読めてるのー? えーっとえっと・・・うっそマジで?」
「マジだよ。マジなんだよ、これが!」
「あっきーが、あの協調性なくてイタリア語もまだろくに話せないあっきーが、入団テスト合格・・・? しかもここってシーズンいいとこ走ってたチームじゃん! あっきーすごい、やったね!」





 帰って来た時は元気がなかったように見えたが入団テスト合格証を目にして喜ぶ姿はいつもと同じ、元気で明るいそのものだ。
はじめこその顔に違和感を感じたが、一緒に喜んでいるうちにいつしか不安やもやもやも影を潜める。
今日はお祝いだね、お目でとあっきー!
おう、これもちゃんが俺にイタリアサッカーのコツ教えてくれたおかげだよ!
ひとしきり笑い、騒ぎ、食べ、満腹になりベッドにダイブしたはずのが深夜むくりと起き上がり暗闇の中独り膝を抱えていたのを、喜びと幸せに満ち溢れていた不動が知ることはなかった。



































 自分に余裕が出てきたら、急に視野が広くなった気がした。
今までは自分の進路のことしか考えられず夢に向かって猪突猛進一直線だったから周囲を見ていられるだけの心の余裕がなかったが、今は違う。
たまには俺がちゃんの仕事参観してやるかな。
選手とチーム、そして試合の状況を的確に把握しそれによって閃いた戦術をわかりにくくはあるが、ざっくりとした解説で伝えるは今も昔も向かうところ敵なし状態だ。
イタリアでもフィディオたちに相変わらずべたべたに甘やかされ可愛がられているようだから、不安はほとんどしていない。
それで見に行くのはやはりを見ていたいからだ。
フィールドの女神の冴え渡るゲームメークを見てサッカー選手として、ゲームメーカーとして胸をときめかせたいからだ。
がバイト代わりとやらで出向いているチームが出場する試合会場を訪れた不動は、適当な空席に腰を下ろすとじっとフィールドを見下ろした。
目を疑った。





「何だこのチーム、最悪じゃねぇか・・・」




 一方的に攻められ、守備も機能できずにあっさりとゴールを割られるのを見ていると気味が悪くなる。
以前が口にしていたチームとまったく同じ名前のチームなのに、無様なプレイしかできず選手たちからは覇気も感じられない。
これがの指揮するチームだとは思えない。
おかしい、おかしいところしかない。
席を立ちスタンドから身を乗り出した不動は、ベンチにいるはずのを探した。





「いない・・・?」
「いないよ、いるわけないだろちゃんが」
「フィディオ」





 いつからいたのか、隣でゆったりと腰かけていたフィディオが焦る不動に声をかける。
いつも紳士的で温厚なフィディオだが、今日の彼の声からは怒気を感じる。
のことだから感情的になるのだろうが、怒りとは喜ばしくない。
不動はフィディオを顧みると、どういうことだよと問いかけた。





ちゃん、辞めさせられたんだよ」
「は? なんでちゃんクビになるんだよ。言っちゃ悪いけどこの程度のチームにちゃんなんてもったいないくらいだろうが」
「そうだね、ちゃんはもったいない。もったいないってことを気付いていなかった身の程知らずがいたからこうなった。でも、それで良かったと思うよ、俺は」
「あんた、ちゃんがクビになったことの何がいいんだってんだよ」
ちゃんは昔から変な人に干渉されやすいから。君も鬼道も豪炎寺も変だし、あちこち」
「自分はどうなんだよ」
「個性豊かだって褒めてるんだよ」




 は可愛くて頭の回転も速いよくできた子だ。
だから嫉妬も浴びるし、いらぬ迷惑を蒙ることにもなる。
我が幼なじみはサッカーグラウンドに住まう天使だ。
どんなピンチにも臨機応変に対応し、選手たちの士気を上げるのも上手い。
べたべたしすぎず、かといって冷たくもない人懐こさには定評もある。
ひとつ難を挙げるとすれば指示が少しわかりにくいことだが、それもチームにいる司令塔の判断力を鍛えるという点では大いに役立っている。
現に、こちらは今までの指示を理解できなかったことはない。
フィディオはがグラウンドの外のいざこざのために去ることが辛く、許せなかった。





ちゃんはバイトのコーチで、本当はちゃんとした監督がいるんだ。ほら、あそこにいる男なんだけど。
 俺もチームの人間じゃないから詳しくは知らないんだけど、どうもちゃんの手柄を横取りにしたらしい」
「確かこのチーム、地方大会勝ち抜いて何だっけ、全国大会みたいな奴に出場決まったんだろ。そんな大事な時にちゃんいなくてどうすんだよ、このザマで」
「次のステージに上がって、自分が監督なのにただのバイトに過ぎないちゃんが脚光浴びるのが嫌だったんだと思うよ。
 それにチームはちゃんのおかげで相当強くなったからもういらないって思ったのかも」
「強い? これのどこが」
「うん。・・・でも、このチームの状態はちゃんにとっても予想外だったろうな」





 が目指す理想のチームとは、監督のアドバイスを基に選手たちが自発的に攻略方法を考えていく能動的なプレイができるチームだ。
いくらアドバイスを出すものがいなくなったとはいえ、チーム内で一応司令塔の役割を果たしている選手までもが右往左往してしまうようでは、それはの理想とは程遠い。
もっと時間をかけていればチームはもっと強く逞しくなっていただろうに、選手たちの可能性は功に逸り嫉妬した大人によって消えてしまった。
は悔しいだろう、つい昨日までじっくりを面倒を見てきたチームから理不尽な理由で追放され、なおかつチームの実情を見せつけられては。




「昨日のちゃん、俺が声かけても元気なくて。それで調べたらこんなことになってたんだ。大の大人が女の子相手に嫉妬するなんてみっともない、情けないよ」
「・・・ああ」




 もっと情けないのはこちらだ。
の異変に気付いたのに何も言わず一人ではしゃぎ、とてもはしゃぐ気分ではなかったであろうにもはしゃがせて。
不動の脳裏に今更ながら、帰宅した時のの疲れきった顔が蘇る。
あの表情の理由が今やっとわかった。
は今もどこかで、誰にも何も言わず落ち込んでいる。
一足も二足も遅い自らの挙動に苛立ちながら、不動はフィディオを残しスタンドを後にした。






女神様、ニートになる




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