瞬かない星は宇宙の屑だ




 愛しの姫君が連れ去られた。
無理やり拉致されたわけではないからこの言い方には語弊があるが、こちらとしてはそう表現してもおかしくないくらいにあまりにも突然の別れだった。
と出会って別れ10年。
ようやく再会し再び一緒にいられるようにあってからまだわずか3年余りしか経っていないのに、また引き離されてしまった。
は騙されているのだ。
何の当てもなく、ただがいるからという安易な理由だけでイタリアへサッカー修行で訪れた青年の巧みな話術に惑わされているだけなのだ。
好きな子と一緒にいたい気持ちはわかるが、騙してまでいようと思うのだろうか。
騙していることに後ろめたいとは思わないのだろうか。
嘘がばれる日が来ると考えないのだろうか。
彼のことは嫌いではないし、少々手荒だがゲームメーカーとしての才能も認めている。
それでも、が絡むと話がまるで違う。
正直なところ、まさか彼に後れを取ることになるとは一度も考えたことがなかった。
豪炎寺や鬼道には警戒していたが、ただ単にの気まぐれに振り回されていたという印象が強かった不動については相手にしたことがなかった。
だからこそ隙を突かれたのかもしれない。
はとても面倒見のいい世話焼きさんだ。
(と自分)以外に頼れる人もおらず、路頭に迷う仔羊一歩手前の不動を放っておけるはずがない。
おそらく不動もそんなの性格を知った上である種の賭けに出たのだろう。
一か八かの賭けに出るのもゲームメーカーとしては大切なことだ。
彼は勇気の奮いどころに長けた勝負師だ。
フィディオは新天地での自主トレを切り上げベンチへ戻ってきた不動の前にすっと姿を現すと、やあと声をかけた。





「久し振りだね不動。チームでも上手くやってるみたいじゃないか」
「フィディオ・・・」
「今日ちゃんいなくて良かったね。・・・君とは話したかったのさ、イタリア語で」





 俺が何て言ってるかわかるよね、もちろん。
そうイタリア語で問いかけたフィディオに、不動は小さな声で“Si”(はい)と答えた。












































 別に不動を責めているわけではない。
ただ、彼が羨ましいと思っただけだ。
何もかもできる任せろアピールではなく、できない部分のフォローを頼むワンピース欠けた系男子の魅力に初めて気付いただけだ。
フィディオは公園のベンチでスポーツドリンクを飲み干している不動にタオルを差し出すと、頑張ってるねと口を開いた。





「チームでもそろそろスタメン入りできるらしいじゃないか。あっという間の出世だね、驚いたよ」
「こちとら必死なんだよ。ここで結果出さないと追い出されても行くとこねぇし」
「またちゃんのとこに転がり込むわけにもいかないしね」
「当然。そう何度もちゃんに頼ってられるか。ただでさえ、今もちゃん俺のサポート全力でしてくれてるんだし」
「本当はいらないのにね」
「・・・・・・」





 不動は本当はとっくの昔からイタリア語を話せる。
サッカーは選手間の意思疎通が重要な鍵を握るコミュニケーションスポーツだから、こちらに来た不動は真っ先に語学習得に励んだに違いない。
言葉がわかれば、空港でのいざこざのような理不尽なトラブルにも巻き込まれなくなる。
人々が何を言っているのかももちろんわかるし、疎外感も味わうことがなくなる。
確かにまだすべてを理解でき流暢に話せはしないが、それでも少なくとも日常生活を送る上では何の支障もないはずだ。
現に今もこうしてイタリア語でイタリア人との会話が成立している。
そうだというのに不動がを通訳として置いている理由を、フィディオは測りかねていた。






「単にちゃんが好きだから通訳になってもらったわけじゃないんだろう」
「そんな勝手な理由で1人の将来有望な指導者の大事な今をもらえるか」
「じゃあ何? 理由によっては今すぐ君からちゃんを奪い返す」
「へっ、物騒なこと言うじゃねぇの、幼なじみクン」
「ふざけないで早く言って。俺は君みたいに暇じゃないんだ」
「白い流星も焼きが回ったか? あんたや俺が好きなちゃんは、いつまでもお姫様扱いされてていい子じゃないんだよ。
 俺は、ちゃんを『フィディオが連れて来るサッカーにやたら詳しい女の子』から卒業させたいんだよ」
「俺がちゃんを連れて来て何が悪い。ちゃんは素晴らしい戦術家だ、彼女がチームにいておかしいことなんかない!」





 の良さは皆知っている。
代表の遠征で彼女と知り合ったチームメートたちは皆口を揃えていい子だと言うし、監督たちも気に入っている。
不動がそれのどこを悪いと言っているのかフィディオは理解できなかった。
そもそもは代表チームに帯同して遜色ないほどに優れた人物なのだ。
嘘をつき続けている不動の通訳をしていることが内心では面白くなかったし、もっと遡れば、バイト代わりの監督の真似事をすることも嫌だった。
サッカーに係わりたいのならばどうしてもっと自分を頼ってくれないのかと、自分以外の人々とサッカーに触れているを見るたびに問い詰めてしまいそうだった。
こんなはずではなかったのだ。
日本でが常に豪炎寺を見ていたように、イタリアに帰ってきたは毎日こちらを見てくれるはずだった。
少なくともフィディオは、そうなることを夢見ていた。





「あんたとセットでいる限り、ちゃんは誰からもそのままのちゃんとして見てもらえない」
「そんなことは・・・」
「イタリアの白い流星フィディオ・アルデナの名前は大きい。ちゃんを本当に大成させようと思ってんなら、ちゃんとちょっと距離置いてくれ」






 と知り合って1年も経っていない奴に言われたくない。
しかし、反論したくとも言葉が出てこない。
じゃあ俺は練習あるんでと言い残し去っていく不動の背中を、フィディオは唇を噛んで見送った。






星の光は 強すぎる




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