愛は貸与できません




 お兄ちゃん、運動会で勝てるようにお守り! 絶対に一等賞にならなきゃだめだよ!
目に入れても痛くない妹にこう言われ、頑張らないお兄ちゃんがこの世界に果たして存在するのだろうか。
いや、間違いなくいないだろう。
妹との約束を反故にする兄がいるのならば会ってみたい。
どういう頭をしているのかと問い詰めてやりたい。
雷門中体育会を前に、豪炎寺のやる気メーターは振り切れていた。




「でも豪炎寺、借り物競争を選んだのは間違いだったと思うぞ?」
「さっさと指定のものを連れて走ればいいだけだろう。俺は夕香のためなら何だってやる」
「だからー、その『指定のもの』ってのがうちの中学名物の難問奇問でさー」




 正直なところ、初めは体育会など大した興味も湧かなかった。
木戸川清修の体育会は体育会という名ばかりの実質は部活動紹介で、気分が盛り上がることはなかった。
どこぞの幼なじみなどは帰宅部なのをいいことに、途中参加を決め込んでいた。
なんでもフォークダンスが嫌だったらしい。
彼女の気まぐれで何人の男子が嘆いたことか。
あれは見ていて非常に気分が良かった。
下心満載の輩からを守るのは腐れ縁オプションの1つなのだ。
腐れ縁オプションは多岐に渡り存在するのだ。




「どう間違いなのか詳しく教えてほしいところだな、円堂。春奈のアドバイスを否定する気か」
「否定はしないけど・・・。何だっけ、好きな人とか恋人とかそういったやつばっかだったよな」
「そうそう。円堂くんったら去年天使のカードを引いちゃって」
「天使なんて当然思いつかないから失格になったんだ。ちなみに正解は保健室の先生」
「・・・何を引いても一番になる。そして夕香との約束を守る」
「春奈に無様な姿は見せられない。ふっ、謎かけは得意だ」
「でも鬼道、仮に好きな人って引いてを連れ「円堂くん!」




 シスコンってのは面倒なんだなあ。
円堂と秋は顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。


































 雷門中の体育会というのはなかなか面白い。
個人の身体能力が色濃く反映される種目ばかりでないのがいいところだと思う。
パン食い競争で壁山がぶっちぎりの一等賞をもぎ取るなどは予想できたが、騎馬戦も玉入れも、どれも楽しくてずっと観客でいたいくらいだ。
そうはさせてもらえないのが体育会なのだが。




「よっしゃ半田ついてきなさい」
「だから、なんで俺なんだよ・・・」
「下手な人選ぶよりも万事卒なくこなせる半田をチョイスする方が冒険しなくて済むでしょ」
「褒めたのか? お前、イケメン以外も褒められたのか?」
「半田はイケメンでしょ」




 デレた。
まさか、こんな場所でイケメン認定をされるとは思わなかった。
が言うイケメンとは風丸や豪炎寺といった、万人が美形と認める人物だけだと思っていた。
違ったのか、一応こいつ俺のこともそんなふうに思っていたのか。
半田はと知り合って初めてといってもいい喜びを感じた。
ありがとう神様、ようやく俺も中途半端から脱却できた。
今日は平均以上の活躍ができる気がする。




「いーい? あちらさん、絶対にあそこを狙ってくるから私たち向こうに行くからね」
ってサッカー以外も監督スキルあるんだな。お前、将来絶対どっかのチームのコーチとかにスカウトされると思う」
「いや、適当に言っただけ」
「何だよそれ! ああもう、と知り合ってからの俺、調子狂ってばっかじゃん!」



 ぱぁんと号砲が鳴り一斉に走り出す。
一応の適当な采配どおりに動いてみる。
やはり彼女は万事において優れた監督スキルを発動できるらしい。
わあわあと中央の棒に群がる選手たちを余所に、ずるずると脇の棒を自陣へと引っ張っていく。
喧騒とは蚊帳の外だが、確実に点は稼いでいるのが素晴らしいところだ。
いかにも労力を惜しむの作戦らしい。



「棒引きって初体験なんだけど割と楽なのねえ」
「こんなに楽したの初めてだよ・・・。やっぱすげぇよ、この調子で次行こうぜ」
「おう」




 2人でせっせと次の棒を自陣へ引き入れるべく引っ張る。
うわあと叫ぶ半田の声に振り返ると、たちの対極で男子2人が棒を引っ張っている。
戦いらしい戦いに半田の闘争心が燃え滾った。



「気合い入れろ! これも俺らのもんにするんだ!」
「でもあっち男子2人じゃーん。か弱い私にそんな力ないよー」
「つべこべ言わずに引っ張れ!」



 気乗りしない返事をしても引っ張り始める。
しかし男子2人と男女2人の力の差には抗えず、ずるずると引きずられていく。
まずい、このままでは負けてしまう。
の分も精一杯力を出すが、半田1人でどうにかできるほど相手は弱くない。
相手も半田たちが力尽きてきたのがわかっているのか、ぐいぐいと手元に棒を引き寄せていく。




「きゃっ!」




 可憐な悲鳴が聞こえたかと思うと、持っていた棒ががくりと地面すれすれまで落ちる。
どうしたのかと慌ててを顧みると、棒を掴んだままぺたりと尻餅をついている。
引きずられる力に負けてしまったらしい。
それでも棒は離さず持っているのはなんとも意地らしいが、さすがにもう無理だ。
諦めたと思ったのか、相手がが掴んでいる棒を引き剥がそうと更に引っ張る。




「もう諦めろ!」
「いーやーだ!」
「さっきまでやる気なかったのに急に出し始めてどうしたんだよ、おい!? 遅いんだよったくもうほら、怪我してないなら手伝え!」
さん、棒抱え込むのはいいけど体操着めくれて腹見えそうだぞ。俺らへのサービス?」
「げ、マジじゃん! やっぱさっきの撤回、もうやめとけ。こいつらの命に係わる問題だから離しとけ!」
「お腹見えたくらいで死にゃしないってば!」
「いや、じゃなくてこいつらがお前の幼なじみの爆熱制裁受けるから、マジもうやめてあげて様!」




 たかが体育会で心に深い傷、いわゆるトラウマを負う必要はない。
半田は観客席から周囲を燃やし尽くしてしまいそうな強烈な殺気を感じ、を止めに入った。
今気付いたがもう1人、目からビームでも放ちそうなまでに危険なオーラを纏っている某財閥の御曹司もいる。
様が効いたのか、仕方なく棒を手放したは体操服についた砂を叩き落した。
ああいう力ずくで言うこと聞かせるような男になっちゃ駄目だからねと、なぜだか半田が説教を受ける。
何も悪いことはしていないというのに、なぜ叱られなければならない。
それにしてもすべすべとした触り心地の良さそうな肌だった。
ごくりと生唾を飲み込んでしまったのは、尊い自分の命を守るためにも悟られてはならなかった。




「お疲れ! いやー、すごかったな半田と息ぴったりで!」
「円堂、ほんっとにそう見えたんならいっぺん眼科で診てもらった方がいいぞ!?」
も気合い入れる時ってあるんだな! っていつもゆるゆるのんびりしてるから、体育会みたいなの苦手だと思ってたよ」




 唯一の出番が終わり、がいつもののんびりモードに戻る。
引き続き騎馬戦にも出場しているらしい先程の棒引きのライバルたちを、出てもいないのに陣頭指揮を執っている天才ゲームメーカーが集中攻撃するよう命じている。
学校の体育会ごときに私怨を持ち込むとは恐ろしい。
さすがは帝国学園時代にドSの鬼畜を誇っていた鬼道だけはある。
じわじわと周囲から孤立させられ、皮を一枚ずつ剥ぐように嬲られている姿は哀れだった。
あの光景を見て、わーすごい鬼道くんやる気満々だねと言ってきゃっきゃとはしゃいでいるが信じられない。
確かに鬼道はやる気満々だろう、殺る気は今このグラウンドにいるどの選手よりもあるだろう。
誰のおかげでああなったと思っているのだ。
あの時あっさりと諦めていればあの2人はトラウマを背負わずとも済んだのに、妙なところで負けず嫌いなのせいであれだ。
がちょっと本気を出せば学校の1校や2校は潰せてしまいそうな気がする。
傾城の美女というのは彼女のような人を言うのだろう。
半田はつい先日古典で習った単語を完璧に覚えた。




「借り物競走に出場する選手は、入場門に集合して下さい。繰り返します・・・」




 アナウンスが鳴り響き、豪炎寺がゆっくりと立ち上がる。
借り物競争に並々ならぬ闘志を抱いているようで、その瞳は熱く燃えている。
借り物競争の何が彼をそこまで熱くさせるのだろうか。
話によると、この種目はまかり間違っても豪炎寺や鬼道といった運動神経抜群の生徒が出場するものではないらしいが。




、あれやってくれ」
「はあ? 今日サッカーじゃないでしょ、どこまで気合い入れてんの」
「夕香と約束したんだ、絶対に一等賞取るって」
「ああはいはい、いってらっしゃい」




 ぽーんと背中を叩き送り出す。
体育会最後の種目ということで、観客席のボルテージも最高潮に達している。
新聞部とカメラ部の取材用カメラがゴール付近にずらりと並ぶという明らかに異様な雰囲気に、はたじろいた。
なにやら嫌な予感がする。
裏返しにされ伏せられているカードがどれもろくな内容ではなさそうで、幼なじみを案じてしまう。
異性を連れゴールした人にインタビューをし、カメラを回している姿を見て嫌な予感が倍増する。




「修也、愛想悪いし人付き合い悪いし口下手の三重苦だから、変なの引いたら失格じゃん」
「天使とか引いたりしてな!」
「天使なら天使のように優しくて可愛い私を選ぶから問題ないけど・・・」
「ははっ、はほんと面白いなー!」




 ツッコミ不在の漫才を繰り広げる円堂とを半田は無視することにした。
この2人はどこかしら気が合うようで、顔を合わせてはいつも誰もついていけない下らない話で盛り上がっている。
2人とも頭が馬鹿とかそういう意味でおかしいから、話も合うのかもしれない。
半田はツッコミを入れたい衝動を必死に抑え、スタート地点を見やった。
奇しくも、豪炎寺と鬼道が一緒のレーンで走るらしい。
シスコン対決ここに極まれりといったところか。
どちらも妹にかっこいい姿を見せたいだろうから負けられない。




「手加減はしないからな、鬼道」
「そっくりそのまま返そうじゃないか、その言葉。春奈の笑顔は俺のものだ」
「いや、夕香だ」




 号砲が鳴り走り出す。
他の選手たちを遥か遠くへ置き去りにして、ほぼ同時にカードをめくる。
豪炎寺がぴしりと固まり、鬼道がわなわなと震えだした。
そうか、そういうことなのか円堂(と春奈)!
豪炎寺は体育会実行委員のフィールドの魔術師を探した。
カードの内容は俺が作ったんだよ、教えないけど☆と言っていたが、あの男やりやがった。
この場合はどう考えても蜂蜜ではないだろう。
一之瀬と目が合うと、お決まりのウィンクピースを返される。
やられた、そんな人はここにはいない。世界中どこにもいない。
それはすなわち失格だ。
夕香に報告できるものではなかった。
カードを手にしたまま固まっていると、隣の鬼道がゆらりと立ち上がる。
ゴーグル越しに見える瞳が危ない目つきになっている。
鬼道はぐるりと観客席を見回すと、目的の人物を見つけたのかまっすぐと円堂たちに向かって歩き出した。
なんとなくつられて豪炎寺も歩き出す。




「悪いな豪炎寺・・・。こんな場所で言うのもどうかと思ったが、はもらっていく。遅かれ早かれもらっていくつもりだったから気にしないでくれ」
「欲しいなら勝手に持っていけといつもなら言うが、今日は駄目だ。音無にしろ、音無でいけるだろう」
「・・・一之瀬がそんな逃げ道を用意していると思うか?」



 見せられたカードには豪炎寺の予想どおり、『好きな異性』と書かれている。
そして太字の横にはご丁寧に『家族・親戚除く。恋愛対象のみ☆』と注意書きされている。
この☆が無性に苛立たせる。
一之瀬の手口としか思えない。




「知ってのとおり俺はが好きだからもらっていく。そして、一等賞と春奈の笑顔は俺のものだ」
を一等賞を取るためだけの道具に使っていいのか!?」
「じゃあ豪炎寺、お前は何だ! なぜ俺についてくる!」
「目的がお前と同じだからに決まってるだろう。は俺についてくる、昔からずっとそうなんだ」
「まさか・・・・・・!」




 しまった、売り言葉に買い言葉で、うっかりまったく該当しない人物を挙げてしまった。
言ってしまった以上後には引けない。
それにならばなんだかんだで話を合わせてくれるはずだ。
夕香のためだと言えばは折れる。
あいつはそういう奴なんだ。
根拠のない自信を胸に抱き、の元へ鬼道よりも一秒でも早く辿り着けるよう全力で走る。
入場門から出て行ったはずの選手が舞い戻ってきたことにぽかんとしている円堂たちの前に立つ。
ここへ来た理由を勝手に推測してニヤニヤとした笑みを浮かべている半田をひと睨みすると、豪炎寺はの名を呼んだ。




「どしたの、忘れ物?」
「来い」
「やぁだ、ほんとに天使カード引いちゃったとか? しっかたないなあよっこいしょっと」




 それほど腰も重くはないだろうに仰々しく立ち上がるを急かす。
一等賞がかかっているんだと言うと、わかってるわよと刺々しい返事が返ってくる。
わかっているならもう少しせかせか歩いたらどうなんだ。
抱き上げてでも持って行った方が早い気がする。
よし、そうしよう。
豪炎寺はひらひらしているの腕を掴もうとした。
しかし、目的のものに手を触れることができない。
なぜだと思い周囲を見回すと、の手を鬼道が握っていた。




「あれ、鬼道くんも私をご指名? 天使カードって2枚もあるものなのかな」
「天使・・・? いや、違うが俺はじゃないといけないんだ。一緒に来てくれないか?」
「うーん、でも私さっき修也に行くって言っちゃったんだよねー・・・」
「そうだ、諦めろ鬼道」
「豪炎寺こそ、を連れて行っていいのか? カードの内容と違うがどうするつもりだ?」
「俺のカードが何か知らないだろうに妙な事を言うな」




 を間に挟み争奪戦を始めてしまった豪炎寺と鬼道に、半田はため息をついた。
妹への思いが、クールな人間をここまで暴走させるのだろうか。
早くしなければ2人ともタイムオーバーで失格になってしまうのだが、転校組の2人はそのシステムを知らないのだろう。
女を巡る争いとはかくも醜いものなのか。
半田は、のことを出会って数十秒で恋愛対象から友人関係へとシフトした己の判断に拍手を送った。
こいつらとタイマンを張るなんて、命がいくつあっても足りない。
円堂並みのエアースルースキルがなければ、ノイローゼになりかねない。




「ああもう2人ともうるっさい! 何選んだのか教えてよ、気に入った方についてくから」
「「それはできない」」
「・・・はっ、まさか2人ともろくでもないカード引いたんじゃないよね!? マイナスイメージのだったらどっちも行かないからね!?」
「豪炎寺のはろくでもないマイナスイメージしか与えないものだから、やめた方がいい」
「鬼道のカードも、見ても困るか鬼道をまた傷つけることになるからやめろ」
「修也はまだわかるけど酷い鬼道くん・・・! 私、鬼道くんのこと好きなのに・・・!」
・・・。実は俺ものことが大す「もちろん友人としてだろう。良かったな鬼道、どのみち傷つけられたが」




 何だと豪炎寺表に出ろ、ここはとっくに表だと下らない諍いを続ける2人の耳に、ばあんとピストルの音が飛び込んできた。
嫌な予感がしてグラウンドを顧みると、次の走者たちが既に走り出している。
疾風のごときスピードでカードを手に取り真っ直ぐこちらに駆けてくる疾風ディフェンダーは、にこりと笑うとに手を差し出した。




、ちょっと一緒に来てくれないか?」
「行く行く! あっ、あんまり早く走ったらついてけないからちょっとゆっくりがいいなあ」



 争いの渦中にいることがよほど嫌だったのか、嬉々として風丸についていくの後姿を見送り、豪炎寺と鬼道は顔を見合わせた。
一番やってはいけなかったことをやってしまった。
失格となり愕然としている2人の手から零れ落ちたカードを円堂たちが拾い覗き込む。
鬼道のはまだわかる。
本気でを連れて行きたかったのだろう。
しかし豪炎寺はどうだろう。
おそらくは該当人物がいなくて、一番連れて行きやすかった子を選んだのだ。
鬼道と一緒のレーンで走らなければきっと一等賞をもらっていた。
お互い必死になりすぎたのだ。
多少なりとも妥協すれば良かったのに大人気ない。
円堂たちはわあわあと賑やかなゴール地点へと視線を移した。
の手を引いている風丸が堂々とインタビューに答えている。




「一等賞おめでとうございます! さて、何のカードを引いたんですか?」
「アイドル」
「え・・・。で、では、この子がアイドルさん?」
「アイドルって可愛くて人気がある子のことだろ? は見ての通り可愛いし、彼女取り合って前のレーン失格になったバカが2人いるくらいに人気者だ」
「そうですか、そうですね! ではアイドルさん一言お願いします!」
「どうも、アイドルでーす」



 一等賞にはなれなかったが、ゴールであんなインタビューを受けるのであれば失格になって良かったかもしれない。
妹との約束を守れなかったのは残念だが、こんなところで悶死はしたくないし人々の注目の的にもなりたくない。
豪炎寺と鬼道はお互いのカードを見比べ、負けるが勝ちという言葉を噛み締めた。







俺は不器用な2人が不器用にさんを争ってる姿を見るのが好きだよ☆




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