この物語はフィクションです
いつの間にやら大層な人物におなりになっていたらしい。
中学生にして偉人賢人の仲間入りとはさすがに思わなかった。
そのうち図書館にも置かれるようになるのだろうか。
雷門中学校出身の伝説のサッカー選手の半生とか帯がついて。
「いや、半生だと修也早死にすることになっちゃうから別の煽り文じゃないと駄目か」
「何を言ってるんだ」
「銅像とかもできちゃうのかな。んーでもファイアトルネードできたのは木戸川の頃だから、銅像設置場所で揉めるかも?」
「」
「えー、私も今のうちにサインとかもらっといた方がいい? どうなの修也」
「どうもしない。俺は早死にしないし銅像もできないしサインもやらない。、は何か勘違いしている」
「でもでも修也マンガの主人公になるんでしょ? エジソンとかナイチンゲールと同格じゃん! すごくない? 私もまさか修也がここまですごいサッカー選手になってるとは思わなかった」
の言っていることは悲しいことに間違いではないのだ。
比較対象のスケールが違うだけで、根っこは当たっているのだ。
だから今日も頭が痛い。
妙な発想に行き着く前に一言でいいから相談してほしかった。
何のために毎日顔を合わせ会話をしているのだ、これといった理由がなくとも毎日一緒にいるのだが。
というか誰がにマンガ化のニュースを吹き込んだ。
円堂か、木野か、半田か・・・インタビューに同行してほしくて3日前に言った自分だ。
サッカー観戦じゃないのにどうしてと同行を渋られ、仕方なく本当の理由を告げそしてあっさりと断られた敗戦の味も今思い出した。
しかしもだ、私が主人公じゃないなら行かないと断っておきながら今更話を蒸し返すとは。
だったら初めからついて来れば良かったんだ。
思わずそう詰ると、はなんでと答え首を傾げた。
「修也の人生を描いたマンガに私は出ないでしょ。出もしないのにインタビューだけついてくって私は修也のパパじゃないんだけど」
「いや、は出るはずなんだが?」
「なんで?」
「なんでって、むしろどうして出ないと言い切れるんだ。は俺とずっと一緒にいるだろう、俺の人生は今のところほぼの人生だ。いつもの自意識過剰はどこに行った」
「一緒にいるってだけじゃん。別に私は特別修也に何かしたわけでもないし、修也変なの」
「・・・、本当にどうしたんだ。いつものなら『今の修也は私が面倒見てあげたおかげだから感謝することね』くらい言って俺を呆れさせるのに、体の調子でも悪いのか? 拾い食いとか・・・」
「一緒にご飯作って一緒にいただきますしたのに、えっなに、修也私のお皿に何か盛ったの・・・?」
主人公張るんだからもっと堂々としてないと、打ち切りになっちゃうかもよ?
頓珍漢なアドバイスをする様子はまさしくだが、やはり調子が狂う。
今までの接し方が粗雑だったとようやく気付いてくれたのかもしれないが、もう少し親身になって考えてほしい。
自分で思ってるよりも良くも悪くも俺に影響与えているんだぞと、言わなければわからないのか。
あれだけの罵詈雑言に見せかけた叱咤激励の数々を浴びせながら、それでもなお特別なことはしていないと思っているのか。
あんな言われ方、常人がされていたらそいつはとっくにサッカーを辞めている。
そんなことをインタビューで漫画家に話した気がする。
一生懸命熱弁した覚えが鮮明にある。
あれ、もしかしなくても俺が主人公のマンガやばい展開にならないか?
爽やかスポーツマンガ希望だが、その願いは間接的ににぶち壊されていそうな予感しかしない。
訂正する、悪影響しかなかった。
豪炎寺は暢気に食後のプリンを頬張っているを恨めしげに見つめた。
売上に貢献する立派な応援団だ。
発売日にきちんとお小遣いから購入し、友人たちへの宣伝もばっちりだ。
教科書の音読よろしく椅子を並べ豪炎寺の記念すべき伝記を読んでいたは、マンガをぱたんと閉じるとあれぇと呟いた。
自慢ではないが、豪炎寺の交友関係にはかなり明るいつもりだ。
誰と親しくしている、誰が豪炎寺に告白し振られていたなどもある程度は自己防衛のために把握しているはずだ。
誰よこの女。
はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている半田に何よと迫った。
「なぁんでそんな顔してんの。そこは俺の出番微塵もなかったなー残念のしょんぼり顔でしょ」
「しねぇよ! おめでとう、お前これで晴れてヒロインじゃん」
「何言ってんの半田、私どこにもいないんだけど」
「いやお前こそ何言ってんだよ。いるじゃんここに! ここにも! キラッキラの星と花を従えた美少女が!」
「はあ? この謎の超絶尽くしてくれるマジ天使はヒカリちゃん。ていうか誰よこの女、修也にこんないい子がいたなんて、これ週刊誌かと思っちゃった・・・。こういう子がいるならいるって言やいいのに、修也ってばほんとにムッツリなんだから」
「え、ちょ、は、おま、それ本気で言ってる・・・?」
「本気よ本気、マジのマジ。ヒカリちゃんすごくない? 修也が欲しがってる言葉をジャストタイミングでかけて励ましてくれる! 付き合いもいい! え~ヒカリちゃんなんていたっけ~いつからだろう、小学校? ていうか私とつるんでる暇あるんならヒカリちゃん大切にした方が良くない? ねぇ」
「! お前もっと自分に自信持て!! この世界のどこにお前以外に豪炎寺コントロールできる奴がいると思ってんだ。ヒカリはお前なの!」
驚いた。
が現実と虚構の区別ができない人間だと思わなかった。
頭から読んでも最後から読んでも、何なら台詞の一コマだけ見てもヒカリはそのものだ。
諸般の配慮で名前をぼかしてくれているだけで、どこから見てもだ。
恋愛マンガかと思った。
豪炎寺、いったいどのくらいのことインタビュアーに話したんだろう。
あいつもしかして新婚さんごきげんようの収録と勘違いしてたんじゃないかな。
半田は頭を抱えた。
まもなく日直の仕事を終えた豪炎寺が放課後の教室に戻ってくる。
そして始まるのはそう、修羅場に決まっている。
今ならまだ間に合う、逃げよう。
半田は鞄を強引につかんだ。
待って半田、行かないで。
立ち上がって呼び止める悪友の姿は、夕焼け色に染まったカーテンの向こう側に攫われてしまいそうな純情可憐な紛うことなき美少女のそれだ。
悲しいかな、見た目特化の鑑賞用の罠だとわかっていても視界に入れてしまえば足が止まる。
行かないでと縋られた手をもしも振り払えたら、その時は男をやめてやる。
「な、なんだよ・・・。やめろよ、観賞用の最終兵器を俺に使うなよ・・・」
「何言ってんの半田。それよりも半田も協力してよ、乗り込んだ船でしょ」
「乗ってねぇよ」
「私決めた、修也とヒカリちゃんを応援する。修也にはまだあと半生がだいぶ残ってるから、ヒカリちゃんに修也をなんとかしてもらう」
「、自分が何言ってるかわかってる? まあ俺もそれが一番しっくりくるとはお前らと知り合った時から思ってるけど、それとこれとは話がだいぶややこしくなるっていうか・・・」
「え~半田もヒカリちゃん知ってたの!? なんで教えてくれなかったの」
「なあ、俺頭が痛くなってきた・・・」
「ちょっとそれならそうって早く言ってよ。大丈夫? 熱はない・・・けど冷えピタ貼る? もう貼った」
そのシーン、マンガの32頁にあったな。
同じことやってるのにってば本当に気付いてないんだな。
半田はうっとりと目を閉じた。
の手なのか冷えピタなのか、額がとても心地良い。
いったいどうすればヒカリのモデルがだと理解してもらえるのだろう。
考えていたら頭がまた熱くなってきた。
チリチリと、ジリジリと熱風が全身を包み、いやこれは。
「教室でファイアトルネードするのやめろって! 妬くなら妬くって口で言えよ!」
「妬いてない。焼けてないだろう?」
「あ、修也おかえり! ちょうど良かった。マンガ読んだよ、も~修也水臭いんだから」
「・・・は?」
「ヒカリちゃん? 修也にはもったいないくらいのマジ天使じゃん。彼女? 彼女なの?」
「・・・、俺もに同じことを訊くつもりだった。あんな子、俺の知り合いにいたか?」
「あれ、修也も知らない子なの? 確かにあんなによく出来た子なら私も絶対忘れないんだけど」
怖い、悪寒がする。今こそ炎の風見鶏だ。
半田は全身を震え上がらせた。
こいつらマジで首を捻ってる。
誰がどう見てもあれはなのに、主人公の豪炎寺すらを認識できていない。
どうしてわからないのだ。
こちらはマンガの8頁も49頁もすべて、当事者として2人のやり取りを見ていた生き証人だ。
でないわけがないのだ。
もしヒカリがでないというのが公式見解なのであれば言ってやろうではないか。
誰だあの女、と。
「インタビューで寝ぼけたこと話したとか?」
「の話はそれなりにしたつもりだったが、ヒカリは知らないな・・・」
「そういや前に眼鏡くんが創作にはオリジナルキャラを出すことがあるとか言ってたし、ヒカリちゃんは作者さんが作ったオリジナルかも」
「目金だ。・・・だとしても随分と唐突な出番で驚いた。話は大体合ってたが」
「オリジナルキャラなのに全然違和感なかったよね。これがプロの力かあ・・・!」
どうしてを出してくれなかったのだろうと、豪炎寺はふと考えた。
はああは言っているが、の存在は家族と同じくらいに大きくて彼女なしには語れない思い出も両指の数では足りないくらいだ。
子どもが読むには過激的だったのかもしれない。
自身は頑なに出るわけがないと言っていたので、今作で実際に登場しなかったことについて機嫌を損ねていないことだけが救いだ。
だが、ヒカリという謎のオリジナルキャラを出すくらいならばと思わずにはいられない。
ヒカリのせいでサッカー成分が若干薄れてしまっているのは残念だ。
贅沢な不満と言われたらそれまでだが。
「おい豪炎寺、お前まで頭のつくりがになっちゃったのか・・・?」
「まだいたのか、半田」
「この際だから言っとくけど! 俺は! だと思ってる、いろんな意味で!」
「「半田?」」
ヒカリなど知るか。
2人は未だにヒカリの正体に気付いていないが、この先完結までどれだけ彼らが滅茶苦茶な勘違いをしていようとしか推さない。
原理主義で上等、から大衆向けにマイルド要素を増やしただけのヒカリなど解釈違いだ。
半田はマンガとまるきり同じ構図で顔を見合わせている豪炎寺との姿を、出会って初めて拝みたくなった。
「これが尊い・・・?」「素質がありますよ、半田くん!」