偽りのゼロ真実の天地




 水臭い子だな、どうして教えてくれなかったんだろうと少しだけ項垂れる。
姉妹がいるなら紹介いてほしいし、頼まずとも紹介してくれる程度には仲の良い友人だと思っている。
風丸くん風丸くんぎゅってして撫で撫でしてと毎日せがみ抱きついてくるが、これほど水臭い人間だとは思わなかった。
風丸はショーウインドウを隔てた先を歩いていったを追いかけようとして、ぱたりと足を止めた。
追いかけるのは容易いことだ。
しかし、追いすがって彼女に何を話しかければいいのだろう。
よりもの隣にいるであろう女性を長く多く見てしまいそうだ。
を初めて見た時はあまりの可愛さにきゅんとした。
今すぐ抱き締めて頭を撫でたい愛玩用ペットに対する時と似たときめきを覚えた。
しかし今回は違う。
ときめきを飛び越えた表現しがたい感情が一気に芽生えた。
だからいざあの人を前にしても何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのかわからない。
例えばと同じように抱き締めようとする時は、抱き締めてもいいですかと事前に尋ねなければならない気がする。
はいつでもどこでも会いに行って触れるお手軽な天使だが、彼女はそうではない。
手を伸ばしても到底届かない雲の果てに住まう住人のように風丸には覚えた。
なぜそう考えてしまうのかはわからなかったが。





「遺伝子ってすごいな・・・」
「風丸、顔、顔」




 へえ、風丸もだらしない顔ってするんだな。
暑い日所寒い日もにくっついてもむらむらもドキドキもしない風丸は、マネキンみたいな無機物が好みだったのかなあ。
円堂はぼんやりとマネキンを眺めている風丸の横顔をちらりと見つめ、溶けかけているアイスを頬張った。





































 最近、風丸の様子がおかしい。
は、自らを抱き締めてくれてはいるものの心ここにあらずといった様子の風丸にわずかばかりの不安と不満を覚えていた。
美人は3日で飽きると言われることもしばしばあるが、まさか飽きられたのだろうか。
すぐに飽きてしまうような人並みの美少女ではないという自負はあるが、センスが良く目が肥えた風丸の目は常人の基準よりも及第点が高そうだ。
美への探求を怠ったことはないが、風丸が求める美しさはさらに上を行くのか。
は手鏡に顔を映し眉を顰めた。
眉を顰めた顔も充分絵になっていて可愛らしいので、危惧していた非美少女化問題は起こっていないようだ。
は自身に非や落ち度がないだけに、突然の風丸の翻意の真意がわからなかった。





「単にの本性に気付いただけだろう。やっと風丸も目が覚めたということだ」





 コンタクトでも入れたのかと珍しくも冗談を零す豪炎寺の腕をぎゅうとつねる。
向こう脛を蹴飛ばさなかったのは豪炎寺の商売道具を潰さないためだ。
冗談を言うにしてももっと面白おかしく笑えるものにすればいいのに見てみろ、人々行き交う道路で笑っているのは発言した豪炎寺だけではないか。
はカーブミラーに映った自身を見つめうーんと唸った。





「もっと可愛くなった自覚はあるのに風丸くんどうしちゃったんだろ」
「好きな人でもできたんじゃないか?」
「はあ? そんなことあるわけないじゃん、風丸くんは誰か1人に愛情を絞り込むなんてことしないって」
「そうかな? 風丸はをどの女子よりもべた可愛がりしてたけど」
「だったら尚更今の風丸くん変じゃん。ああもう風丸くんにもっと愛情たっぷりハグされたぁい」





 ちょっとむしゃっとしたから今日の理科のノート貸して。
俺ごと貸してやるから泊まりに来た方が早い。
なぁんで私が修也んとこに泊まんのわっけわかんないピンポーン。
家のインターホンに合わせ玄関の扉を開けおかえりと出迎えたポニーテールに、門扉の前でぎゃいぎゃいと騒いでいた豪炎寺とは硬直した。































 お母さんお料理上手なんですねすごく美味しいです。
あらまぁやだまぁもっと言ってくれていいのよ風丸くん。
うわあ、パパのこめかみがひくひくしてる。
はやきもち妬きの父からちらりと目を逸らし、隣で黙々と魚を平らげている豪炎寺の腰をつついた。





「風丸くんがうちの子になった」
「ひはふはろう」(違うだろう)
「だってママのことお母さんって言ってる。私ですらお母さんって呼んだことないのに」





 母の隣に座り嬉々として夕飯を頬張っている風丸の顔はきらきらと輝いている。
とても綺麗な顔で笑っている。
父ではないが、こちらまで嫉妬してしまいそうだ。
風丸はへ顔を向けるとにっこりと笑いかけた。





はいいな、こんなに綺麗なお母さんとお父さんがいて」
「えへへ「あらあらまあまあ綺麗ですって聞いたあなた! 修也くん一度も言ったことないのに」
「えっ、そうなのか豪炎寺。どうして綺麗って言わないんだよ、こんなに綺麗なのに」
「・・・・・・、ちょっと」





 豪炎寺に手招きされ席を外す。
リビングの外で何よぅと声を上げると、豪炎寺はドア越しに見える風丸を顎でしゃくった。





「何だあれは」
「風丸くん」
「そうだけどそうじゃない。何だ風丸のあの目は。あれじゃおばさんが好きみたいだ」
「ママは人妻だけど。中学生男子はわかりやすくスタイル抜群な若い子が好きなんじゃなかったわけ? 私みたいなのが好きでしょ、修也も」
「見た目に限って言えば嫌いじゃない。そして俺は居心地が悪い」
「それは修也の自業自得でしょ」




 ちゃん何してるのと母から呼ばれ、リビングへと戻る。
父の笑顔が引きつっている。
最近の若い子は見る目があるなあと言って大らかぶっているが、今も餅を焼き続けているに決まっている。
風丸はぐるりと部屋を見渡すとわずかに首を傾げた。




、お姉さんは?」
「私は一人っ子だよ」
「でもこの間一緒に歩いてたじゃないか、モールで」
「こないだはママとはお買い物行ったけど、私にお姉ちゃんなんていないよ。風丸くんもしかしてママと見間違えた?」
「えっ」





 風丸は改めての母親を見つめた。
言われてみれば確かにあの人と似ている気がする。
なるほど、娘は天使で母は美魔女か。
魔女に魅入られていたのか。
うっかり友人の母親を好きになりかけていたのか。
風丸は小首を傾げ見つめ返してくるの母に向かっておずおずと口を開いた。





「あの・・・、抱き締めてもいいですか」
「待て風丸、相手はのおばさんだぞ。気を確かにしろ」
「俺はお母さんに訊いてるんだ、豪炎寺は黙っててくれないか」
「修也の言うとおりだよ風丸くん! 私も風丸くんにぎゅってしてほしい! ママずるい!」
、話をややこしくするな」




 ツッコミが追いつかない。
豪炎寺は人妻を口説きにかかっている同級生の乱行を必死の思いで制止を求めながら、余計なことしか口にしないを叱りつけた。
きょとんとした表情で風丸を見下ろしていたの母が、ややあって柔らかく微笑む。
母は風丸と2人ともいらっしゃいと呼びかけると、大きく腕を広げ2人まとめて抱き締めた。
風丸とが同時にぱあと顔を綻ばせる。
大輪の花が3輪咲いた。




「ほーら、こうしたらちゃんのわがままも風丸くんのおねだりも一気に聞けるでしょう? よしよし、2人ともほんとに可愛いんだから」
「お母さんは綺麗です。は可愛い」
「風丸くんはすごくかっこいい! えへへ、風丸くんとママをぎゅうー」
「じゃあ俺もとお母さんをぎゅうー」
「・・・・・・修也くん」
「俺は混じらないから安心して下さい、おじさん」
「風丸くん・・・と言ったかな? 彼について詳しく教えてくれないかな、ん?」




 場合によっては対抗措置を取らざるを得ないかもしれないね。
困ったように笑う父の目の奥がちっとも笑っていなかったことに、豪炎寺は額を押さえた。






そしてなされた入場禁止措置




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