今宵も現で月が不在
我が家はいつからアジトに認定され、襲撃を受けるような物騒なポイントになったのだろうか。
かくれんぼをするなら余所でやってほしいし、そもそも参加してもいない第三者の生活拠点を潜伏及び捜索先にするのはやめていただきたい。
そう玄関先で鬼にクレームをつけた半田は、子どもの遊びじゃないと反論されいい歳した大人が遊ぶなと声を上げた。
「大体どうして俺ん家に来るんだよ。普通は風丸とか豪炎寺とかの家考えるだろ」
「は風丸に迷惑をかけるようなことは誓ってしないから行くわけがない」
「あいつは自分がやってることが迷惑行為って自覚してたのか」
「豪炎寺の家にも今のが行くとは考えにくい。俺が思うに、あいつはもう俺の敵ではない」
「お前が帝国やめた時からとっくに味方だよ」
「日本で唯一が気兼ねなく振る舞える場所、それは半田の家以外にはないはずだ」
「救いのない推理をしてくれたと悪いけど、ところで仕事はどうした? まっさかお前まで辞めたとか言うなよ!? ビールくらいなら出すけど俺に慰めを求めんなよ!?」
「安心しろ、そのつもりはない」
つもりがないはずなのに、ずかずかと家に上がり込んでくるのはなぜだろうか。
鬼道はもう少し常識的な人だと思っていたのだが、イタリアで生活するようになってから変わってしまったのだろうか。
半田は鬼道の後に続き部屋に戻ると、納得したかと声をかけた。
「わかったろ、俺はを匿ってない」
「そうだな、の痕跡はない」
「だろー。大体昔っからそうだろ、いきなり来ていきなり消えるのはあいつの常套手段だって」
「・・・ほう?」
「・・・げ」
しまった、墓穴を掘ってしまった。
せっかくは立つ天使跡を濁さずといって綺麗に行く先も告げずに去って行ったのに、彼女の人としては当然の努力を無駄にしてしまった。
パスを繋ぐ役目のMFをしていたのに、しばらくフィールドを走っていないせいで勘を忘れていた。
ごめん、でも俺、拷問にかけられてもお前の居場所言わねぇってかそもそも知らないから俺やられ損じゃね?
半田はじりじりと詰め寄ってくる鬼道から逃れるべく壁に背中をぴたりと貼り付けると、ほんとに知るかと喚いた。
「さささては鬼道が犯人だろっ、あいつが妙なこと言って落ち込んでたの!」
「がチームを解雇されたことを指しているなら、原因は俺にもある」
「は!? いや別にそこまで突っ込んで訊いたつもりはないけど原因って、お前どれだけに対して天邪鬼なんだよ、あいつ滅茶苦茶落ち込んでたっつーの!」
勢いに任せて日頃の苦労もぶちまけていると、不意に変わらないなと言われる。
そりゃあ出会った時からには振り回されっぱなりで被害と迷惑を蒙りまくっているが、改めて冷静に指摘されるとカチンとくる。
半田はどこまでも大人ぶる同い年の鬼道に反論しようとし、先に口を開かれ眉根を寄せたまま押し黙った。
「俺たち・・・お前以外との関係は昔と今ではだいぶ変わってしまった。皆大人になってに求めるものがより具体的になっていたし、それに対するの行動も以前よりも意味を成すものになった」
「・・・豪炎寺のことは知ってる」
「フィディオもそうだ、あれだけの時を共に過ごしていたのに、・・・いや、だからこそは受け止められなかった。あんなにイケメンイケメンと騒いでいたのに、だ」
何が言いたい。
お前だけは昔のままアホみたいにいられていいなと嫌味を言いたいのか。
こちとら好きで馬鹿騒ぎをしているわけではないのだ、真面目に馬鹿に巻き込まれている哀れな一般市民なのだ。
憎い、羨ましい。
そう鬼道の口から言葉が漏れ、誰のことを言っているのかと数秒悩み思い当たった半田はうっそマジでと問い返した。
どうやら口癖が移ったらしい。
「俺はと同じ世界を見たかった。ずっとそう夢見てきて、一足先に夢の舞台へ行ったに追いつこうと必死だった。そして必死すぎて目標を、目的を、俺の手で潰し引きずりおろしてしまった」
「何、言ってんだ鬼道・・・」
「精神的に追い詰められたが向かう場所は半田、いつもお前のところだ。なぜだ? どうしてそうまで想われているのに何もしない? 何も想わない?」
「そりゃ俺が想われてないからだろ」
「本気でそう思っているのか? 本当は、お前ものことが好「きって言ったらいいのか?」
どいつもこいつもぐちぐちじめじめと湿っぽい。
年中梅雨はやめてくれ、鬱陶しい。
大体、その手の話は10年ほど前に彼女の友人に痛烈に指摘され吹っ切ったはずだ。
今更そんな話を蒸し返されていったいどうしろというのだ。
お前らよりもずっとずっと前から大人の対応をしているこちらの思いを知ろうとしたことがあるのか。
なあ、俺は結局お前にどうしたら良かったんだ。
豪炎寺よりも鬼道よりも風丸よりもフィディオよりも、誰よりも先に誰も気付かないうちにお前から目を逸らして逃げ出した本当の俺は、間違った選択をしたのかよ。
あれが間違いだったって言うんなら、正解と思って過ごしてきた今の俺は何なんだよ。
半田はぐしゃりと髪をかき乱すと、だったらどうすると尋ねた。
「惚れたとか振られたとか潰したとか、そういうんは俺の中ではとっくに終わってるから今なんだよ。それともあれか?
鬼道はこの期に及んでまだ自分の存在脅かす奴が欲しいのか? やめとけ、お前勝ち目ないから」
「・・・それが本音か」
「は? 勝手に納得するなよ、そもそも俺はお前なんざ敵とも思ってないし。俺は、敵でもなんでもない奴にを知ったような口利かれんのすげぇ腹立つんだよ。
鬼道は昔からあいつをサッカーを通してしか見てないから、だからは余計傷つくんだと思う」
傷つくのは、傷つける者をちゃんと見ているからだ。
その他大勢ではなく、きちんと一人の人間として認識しているからだ。
口惜しい、羨ましいのと思うのはこちらの方だ。
とうに心の奥に仕舞い封をした感情を今なお彼女にぶつけることができる立場にいる鬼道が羨ましくてたまらない。
半田は鬼道の額をこつんと叩くと、とっとと行けよと伝え背を向けた。
「こんなとこで油売ってると、地球からいなくなるぞ」
「半田、お前はやはり・・・」
「鬼道。お前のその察しのいい勘は俺なんかにじゃなくてあいつに対して使ってやれよ。・・・これ以上俺を覗くな、頼む」
「・・・わかった。、宇宙にでも飛び出すつもりかな」
「ない話じゃないだろ、あいつその気になれば何だってできるぞ」
「・・・無重力すら屈服させそうだな」
ずっと昔に俺が求めてたは、宇宙どころか違う次元の遠いところにいる。
半田は鬼道を追い出すと、終わったなあと呟き小さく唇を噛んだ。
どうしてここへ来た。
いや、来てくれたことには歓迎するし子どもたちも喜んでいるが、なぜここにした。
おじいちゃんはいあーんしてととてもあーんしにくいフルーツのうさぎ切りを口元に突っ込んでくる美女に、円堂大介はただただ困惑し、そして少しだけ怯えていた。
孫の守がまた何かやらかしたのだろうかとか、守がまた余計なことを言ったのだろうかとか、思い当たる節がないわけではないので尚更怖い。
老い先短い老人の世話をしてくれ、更に世界トップレベルの奇策を教え子たちに伝授しまくっているのはありがたいが、彼女の真意がわからない。
大介はのんびりと数十年前のサッカー雑誌をめくっているに、どうしたと恐る恐る尋ねた。
「風の噂で聞いたが、イタリアリーグを休んでいるとか・・・」
「休んでるんじゃなくてクビになったのよ」
「何かあったのか? そうでなければお前ほどの才の者が・・・」
「んー・・・、平たく言えば飼いペンギンにやられた?」
「平たくはないぞ・・・? ペンギン、ペンギン・・・、鬼道か・・・」
「そそ、たぶん鬼道くん。ま、お仕事だからしょうがないけど」
鬼道くんに価値なしの用済みって思われたかと思うと、さすがに堪えてねえ。
はそう嘯くと、小さく笑い目を伏せた。
だってもう、私と鬼道くんは同じものを見れないんだもん