未来軍団ベータ襲来




 持つべきものは情報通の妹だと思う。
いや、別に情報通でなくても春奈であればなんでもいいのだが、とにかくよくできた妹を持ったことに感謝するしかない。
情報源と入手方法にいささかの疑問もあったが、鬼道は目に入れても痛くない妹の奮闘にただただ感謝していた。
ここまでしてもらわなければ何ひとつとして行動に移せない兄を許してほしい。




「春奈、その情報は本当だろうな」
「なぁにお兄ちゃん、私の腕を疑うの?」
「いや、そういうわけではないが、あまりにも旨い話すぎてだな・・・」
「大丈夫、ちゃんとさん本人から聞いた話だから。ついでに一緒にいた豪炎寺先輩にも釘刺しといたから安心して」
「そうか・・・」




 クリスマスイブの日、は1人で駅前の映画館へ映画を観に行くらしい。
地球を滅ぼそうと未来からやって来た悪の組織と現代人が戦うSF映画で、鬼道も少しは聞いたことのある話だった。
機会があったらブルーレイでも借りようかなと思っていたくらいなので、映画館で観ることにもまったく異論はない。
と一緒に観ることができるとなれば尚更、喜びの雄叫びしか出てこない。
本当に、春奈はとんでもなく素晴らしい妹だ。
敵に回すようなことには絶対になりたくない。
どんな弱味を握られているかわかったものではない。




「でね、どうせお兄ちゃんはさんを直接誘うなんていう当たり前のことできないから、偶然ばったり出会ったってパターンにしようかと思って」
が通りそうな道で待ち伏せをしておくということか」
「そう。さんの家から映画館のルートも調査済みだし、何時からの観るかも訊いといたから、あとは待ち伏せスポット決めるだけ」
「悪いな春奈、そこまでしてもらって」
「楽しかったからいいよ。えっと、まずおすすめ1つ目は3丁目の交差点。あそこは人通りも多いから、お兄ちゃんがたまたまいてもおかしくないよ」





 春名は大きな紙に印刷された地図の交差点にぐるぐると赤マーカーを引いた。
なるほど、確かにここならば偶然を装って出会うことができる。
どの方向から来るかもわかるし、映画館までもまだまだ遠いので道中の会話を楽しむこともできる。
そうとなれば会話の話題探しをしなければ。
いつでもどこでもサッカーの話ばかりしていてはどこぞの恋敵との違いを出せないし、そもそもが相槌を打つだけで終わってしまう。
からも等しく話を聞き出すには、サッカー以外の話をするのが一番手っ取り早いのだ。
問題はその話題なのだが。




「2つ目は、ちょっと危ないけど親密度はぐんと上がるとこ。ほら、駅前広場ってよくナンパされるでしょ。
 あそこをさん一人歩きさせてれば確実にナンパされるから、そこでお兄ちゃんが颯爽と現れてさんを救出」
「それは・・・・・・」
「恐怖のドキドキは恋するドキドキと似てるから勘違いする人いるんだって。さん勘違いしやすい人だから、怖がってる時にお兄ちゃん出てきたら高確率で勘違い」
「・・・駄目だ、を危険な目に遭わせるのはまずい。1つ目でいこう春奈」
「お兄ちゃんならそう言うと思ってた! さすがお兄ちゃん、そういうとこがお兄ちゃんのいいとこで、押し弱いとこだよね!」




 今、暗にお兄ちゃん意気地なしと言われた気がする。
本当は意気地がないわけでもなんでもないのだ。
が見ず知らずの軟派なクズどもに絡まれていると、助けて映画館どころか、気が済むまでクズを痛めつけてやりすぎて交番という可能性が限りなく高いのだ。
それにがナンパされていたと知ったら、彼女の隣には今以上に幼なじみが張りついて、今後の恋愛活動略して恋活に支障が出てしまう。
春奈の案は悪くはないが、詰めが甘い。
ゲームメーカーは先の先の考えを読めて初めてその称号を手にすることができるのだ。




「じゃあ時間と場所を教えるから、お兄ちゃんは映画の粗筋とキャストとかの予習を・・・」
「わかった。ありがとう春奈」




 道中は映画とサッカーの話をメインに据えて、余った時間はの服装でも褒めるとしよう。
そうとなれば、風丸に人を褒めるコツとさらりと可愛いと言えるようになる方法を教えてもらわなければ。
鬼道のクリスマス作戦に妥協はなかった。


































 何度も言おう、何度だって、求められなくても言ってやろう。
春奈は素晴らしく恐ろしい妹だと。
鬼道は待ち伏せを始めた5分後、70メートル前方をゆるゆると歩いてきたを見つめ、電信柱の影で思わずガッツポーズをした。
待ち伏せと言っていたから20分ばかり寒空の下突っ立っているのかと覚悟していたが、まさかの5分とは。
5分は待ち伏せには入らないと思う。
いったいどんな調べ方をしたら5分になるのだろう。
もしかして、禁じ手のストーキングでもしたのだろうか。
春奈ならばありえる。むしろそうでもしなければ5分の待ち伏せは実現しない。




(あと5秒、4,3,2,1・・・)




 心の中でカウントダウンをし、至って平静を装い道路へと出る。
あれ鬼道くんと言うの声が聞こえ、鬼道はあくまでも冷静にを顧みた。
そう、たまたま偶然うっかりばったり何の運命か宿命か前世からの定めか出会ってしまったように、少しだけ驚いて。




か、偶然だな」
「ほんとだねー! お休みの日にまで鬼道くんに会えるなんてびっくりしちゃった!」
「ああ俺もとても驚いた。どこかへ出かけるのか?」
「うん、ちょっと駅前の映画館まで。鬼道くんもどこかお出かけ?」
「これも偶然だな、俺もそこで未来軍団ベータ襲来を観に行くところなんだ」
「へえ! 私もそれ観るんだ、一緒だね!」




 せっかくだから一緒に行かないかと誘うと、満面の笑みで頷かれ隣を歩き始める。
よかった、ここまでの首尾は上々だ。
やればできるではないか、俺。
顔がにやけていたのか、が顔を見上げてふふふと笑った。




「どうしたんだ?」
「鬼道くんよっぽど映画楽しみにしてたんじゃない? 顔がにやけてる」
にも会えたしな」
「わ、嬉しいなそういうこと言ってもらえると!」




 練習したように映画の話をし、サッカーの話をする。
サッカーの話をしているうちに止まらなくなって、いつの間にか映画館へと到着する。
しまった、服装を褒められなかった。
もっと言うと、顔を見るのが精一杯で何を着ていたのかよくわからない。
思ったことは素直に言えばいいだけだと風丸は教えてくれたが、残念なことに頭が真っ白だったので何も言えない。
というか、毎日の可愛いだのよしよしだのぎゅうだのは、100パーセント本音だったのか。
鬼道は改めて風丸のすごさを知った。
あれは誰にも真似できない。




「2Dと3Dあるけど、うーん・・・。鬼道くんどっち観る予定だった?」
「どちらでもいい。ただ、3Dの時は字幕でなく吹き替えの方が内容が頭に入ってきやすいらしい」
「なるほど。じゃあ今日のは邦画だから3Dでいっか」




 早めに到着したおかげで他の客はそれほどおらず、シアターのど真ん中に席を陣取る。
クリスマスということで、後からちらほらやって来た観客たちもカップルが多い。
もしかして自分たちもそうだと思われているのだろうか。
鬼道は膝の上に綺麗に並べ置かれているの手を見つめた。
ここは雰囲気を読んで手とか握った方がいいのだろうか。
しまった、館内でのアドバイスを春奈からもらうのを忘れた。
考えろ、考えるんだ。
そうだ、肘置きに手が置かれたらやってみよう。
映画やドラマやアニメや小説ではよくやられている常套手段なのだから、誰がやってもそれなりの効果があるに違いない。
気まずくなるようなことはあるまい。
そうこう考えているうちに映画が始まる。
春奈からの事前情報によるとは主役の脇を固めている2人がかっこよくて気になるということらしいが、なるほど確かに主人公よりも脇2人の方がかっこいい。
どうして彼が主人公なのかと考えてしまうほどにかっこいい。
俺たちは俺たちの現在(いま)を守るとか、一度でいいから言ってみたい。





『世界、ほんとに滅んじゃうのかな・・・』
『お前と逢えたこの世界を終わらせたりはしない。これからも一緒に生きるんだ、俺たちは未来に向かって』
『・・・うん、わかった。ちゃんと、絶対ちゃんと帰って来てね! 帰って来なかったら他の人の彼女になってるかもよ!』
『ずっと今まで一緒にいたのに、今更他の奴にくれてやるほど俺はお人好しじゃないって知ってるか?』




 何だろう、とてつもなくスクリーンの中の金髪イケメンパイロットに殺意が湧く。
彼もいい奴なのだが、そこまで独占欲を剥き出しにしなくてもいいではないか。
彼女に恋い焦がれている頭脳派パイロットでもいいではないか。
かわいそうな頭脳派パイロット。
あんなに好きなのに目の前でいちゃついているのを、これでもかというほどに見せつけられて。
鬼道は完全に登場人物へと感情移入していた。
主人公はさておいてもスクリーンの中の男女3人が他人事のようには思えなくて、ついつい似たような立場にいる頭脳派パイロットを応援してしまう。
エースパイロットは帰って来なくていいとか思ってしまう。
そして、だんだんとエースパイロットが雷門中サッカー部のエースストライカーに見えてくる。
殺意というか、敵愾心を抱く理由がわかってきた。
ああそうか、頭脳派パイロットって俺か。
頑張れ俺、負けるな俺、敵には負けてもいいがエースパイロットには負けるな。
フレンドリーファイアにも目を瞑ってやるから、自爆スイッチとか押さないでくれ本当にこれ3Dだから心に深く傷つけるから。
せっかくのクリスマスデートにこれは酷すぎる仕打ちだから。




『・・・なぜ止める! 効率良くあいつらを倒すにはこれが一番なんだ!』
『馬鹿なことを言うな! 誰かが欠けて得た平和なんていらないって言っていた言葉を忘れたのか!
 俺は自分で自分を傷つける奴は嫌いだが、あいつを、ミナミを悲しませて泣かせる奴はもっと嫌いだ!』




 自爆スイッチはエースパイロットのフレンドリーファイアという名の爆熱制裁で回避された。
これもどこかで経験があるような光景だ。
奮起したパイロットたちが力を合わせ未来軍団を倒し、地球の平和も守られる。
エンディングのあれは見なかったことにしようと思う。
気味が悪いほどによく似ている頭脳派のパイロットは諦めがついたらしいが、諦めの良さは幸いなことに似ていない自分にとっては信じたくない、それこそ粉砕したいラストだった。
鬼道は明るくなった館内でふうと息をついているに声をかけた。
すごくかっこよかったねとの感想に同意すると、が嬉しそうに笑う。
確かにすごくかっこよかった、エースパイロットは。
何をとち狂ったのか自爆スイッチに手をかけたこちらに比べると、天と地ほどに違った。
世界の悪意が見えた瞬間だった。




「エースパイロットもかっこよかったけど、頭脳派さんも良かったなあ・・・」
「そうか・・・?」
「あの子は戦闘観てないからわかんないけど、わかってたらちょっと結末変わってたかも。でもやっぱ幼なじみって王道なんだねえ。みんな夢見すぎ」




 褒められたのはスクリーンの中の頭脳派だというのに、なぜだか自分も褒められたようになる。
それほどまでに感情移入していたのか。
そういえば、いつの間にやら肘置きに置かれていたの手に気付くこともなく映画を観ていたし。
映画館を出ると、綺麗に飾りつけられているクリスマスツリーを見てまわる。
サンタの格好をしているぬいぐるみを見つけ可愛いねぇと歓声を上げるにセットだともっと可愛いと言うと、ここはきちんと意味を理解してくれたらしいが照れ臭そうに笑う。
やっと褒められた。出会って何時間経っての初褒めワードだろうか。




「映画は観てる間はどうせ喋んないから1人でいいかなって思ってたけど、鬼道くんと一緒だとやっぱり楽しいな」
「俺も楽しかった。に会えて良かった」
「そ? あ、ねぇねぇ鬼道くん、この後もお時間あるなら美味しいケーキ屋さんあるからそこでお喋りしない?」
「いいのか・・・?」
「うん。せっかく会えたんだしもうちょっとデートしたいなー・・・なんて」




 駄目と尋ねられ駄目だと言う男がいるだろうか、いや、いるわけがない。
本来ならばこういう時は男の方から誘うべきなのだろうが、先を越されてしまった。
だが、どちらにしても結果は変わらないのでここは良しとしよう。
次こそちゃんと服装を褒めて、サッカー以外の会話をしなければ。
ああでも、話のネタがもうない。
頭の引き出しのどこを探しても緊張しているのか、サッカーの話しか出てこない。
何があるだろう、サッカー以外にも例えば・・・・・・ない。




「すまない、俺は何を話せばを楽しませることができるのかわからない・・・」
「え? 別にサッカーの話でいいよ、私いつもそうだし。それに鬼道くんの話なら何だって好きだよ、大好き!」




 今の大好き、もう一度言ってほしい。
そんなクリスマスプレゼントを要求することはできず、鬼道はふらふらと店へと歩き始めたの後を追った。






(サッカーの話してる時の鬼道くんの顔、すごく楽しそうで見惚れちゃうから相槌しか打てないんだよなあ・・・)


リクエストして下さった方へ

時雨さん、年末年始企画にリクエストをしていただき、どうもありがとうございました。
これでも鬼道さんにとっては楽しいクリスマスなんじゃないかな・・・と思いました!
鬼道さんがどこまでもヘタレ感が抜けないのは、それが当サイトの鬼道さんのデフォルトらしいので、そのあたりには目を瞑っていただけたら嬉しいです。



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