バス型かぼちゃの馬車




 わがままな奴だと思ったのは初めてではないし、わがままを言われたのも初めてではないので慣れているといえば慣れている。
むしろ出会ったその日から何を気に入られたのかわがまましか言われていないから、わがままでない時の彼女はあまり知らないかもしれない。
半田は隣で昏々と眠り続けるを横目で見やり、小さく息を吐いた。
首を動かさず眼だけ動かして隣を見たのは、彼女を真正面から見たくないからだ。
口を開けばわがまましか言わない彼女をまともに見ても、百とまではいかなくとも十害あって一利なしだ。
こいつ可愛いことは可愛いんだけどなあとひとしきり見惚れた直後にに対する称賛を取り消すのは、頭に無駄な認識をさせるだけなので端からしたくない。
だからを横目で見るのは半田にとっては至極生産的な行動だった。
・・・というのはもちろん冗談で、適当な理由付けにすぎない。
に顔を向けたくないのは本当だ。
の様子見たさに首を動かそうものならば、眠り姫はたちまちのうちに獰猛犬へと変化する。
隣に座る友人を枕とでも思っているのか、気持ち良さげに寝こけるの頭はこちらの肩と首に見事に収まっている。
首筋にかかる髪がくすぐったいが、だからといってを邪険に扱うことはできない。
が安心しきって体を傾けている今、突然立ち上がってを強引に覚醒させることもできるし少しだけ興味もあるが、それを実行に移すだけの勇気はない。
しかし、今日は少し失敗した。
こんなことになるのであれば少し早起きして制汗剤でもつけてくれば良かった。
首回りはすぐに汗ばみ、時には臭くなる。
もしここで気持ち良さげに眠っているの顔が歪みでもしたらどうしようか。
の安眠を妨害したのは紛れもなく自身の体臭ということになる。
歯に衣着せぬ発言がデフォルトのだから、臭いがきつければきついと必ずクレームを言う。
運動部に入っているので多少の汗臭さは仕方がないが、の言いようによっては他人に、特に女の子に多大なる誤解を与えてしまいかねない。
ただでさえ休日もにいいように振り回され悲劇的な誤解をリアルタイムで生成しているというのに、更に体臭が酷いという誤解まで加われば
本気で今後一年半の中学校生活に希望が持てなくなる。
誤解による精神的被害に見舞われても、は当然責任は取らない。
取ってもらおうとも思わない。
ほんとにこいつ、何か裏があってこんなことしてんじゃないのかな。
半田は自分たち2人を除いて誰もいなくなったバス車内でぼそりと呟いた。






「いつまで寝てんだよ・・・。人待たせたくせに誰よりも寝てるってどれだけ俺に乗っかってんだよ・・・」
「・・・・・・」
「バス停も過ぎたし、無駄に歩くって知ったら絶対怒る、自分のせいでも絶対に俺のせいにする」




 事実がどうであれ、どうせ叱られるのであれば途中経過は多少脚色しても構うまい。
は眠っているし、証人も誰もいないので捏造し放題だ。
半田はの肩をわざと一度大きく揺さぶると、だらりと頭を背もたれに預け目を閉じた。
突然の衝撃に目覚めたがきょろきょろと辺りを見回し、あーっと声を上げる。
ああ、やっぱ驚いてるなこいつ。
そりゃそうだ、なんてったってここはもう終点間近だ。
半田は隣でどうしよどうしよと呟いているの慌て焦っているであろう表情を思い浮かべ、ともすればにやけそうになる顔を引き締めた。





「えっ、えっ、なんで半田起こしてくれないわけ!? 起こすから寝てていいよって言ったのに半田ってばまだ寝てる!?」





 うわあ半田の馬鹿―寝ぼすけーここどこーと喚くがどんどんと肩を叩いてくる。
そろそろ起きてやるか、このままだとがパニックで殴る蹴るの暴行を加えかねない。
半田はゆっくりと気だるげに眼を開けると、へと視線を向けた。





「・・・なに?」
「あっ、ちょっと半田なんで起こしてくれなかったの! 起きてくれてるって言ってたのに寝てて酷い、私起きなかったらもっと変なとこに行ってたよ!?」
「ん・・・、ああごめん、寝てた」
「それは知ってる! ほんとどうすんの、半田こんなとこまで私連れてきて狙いは何、ああ?」
の目には俺はどんな悪漢に見えてんだ!?」





 案の定、パニックを通り越し軽い恐慌状態に陥ったがおそらくは本人の無意識のうちに言葉の暴力を連発する。
痛い、言葉がいちいち痛い。
貶され叱られるとはわかっていたがやはり痛い、衝撃的すぎるという鋭さはなくなったが今でも鈍痛は感じる。
半田はわあわあ騒ぐの手を引きバスから降りると、ほんとここ何なのなんでこんなとこにいるわけ家帰るの面倒じゃん今日の夕飯ハンバーグだったのにとありとあらゆるすべての責任を
転嫁してくるにうるさいと一喝した。





「寝てたのは俺、起こしてやらなかったのも俺、寝過ごしたのも俺が起きてなかったからで俺がぜーんぶ悪い! ほらこれでいいんだろ!」
「良くない! ああもう信じらんない、外泊しよ」
「いや、家帰れよ。親御さん心配してるんなら送ってやるから帰れよ。でもって変なホテルの前でそういうこと言うな、目が痛い」
「はあ? あ、半田も泊まるの? いいんじゃないかなあ、あそこお風呂広いし部屋も余ってるし強請ればハンバーグからのプリンとかも出てくるし」
「さっきから何言って「あ、もしもし修也? 今日今から泊まりに来てあげるからハンバーグ食べたい、うん、3人分」
「新婚家庭もどきに虫行きたくねぇんだけど!?」




 やぁだ半田、今の半田に必要なのは殺虫剤じゃなくて制汗剤でしょー。
おまっ、今さらっと俺のこと臭いって言ったろ、それ学校で言うなよ、絶対言うなよ!
どうしよっかなあー、口止め料はプリンとケーキがいいなー。
先程までの寝起きの不機嫌さはどこへやら、にこにこと人の悪い笑みを浮かべくるくる回りながら週末同棲相手のマンションへと向かうを半田は怒鳴り散らしながら追いかけた。






「そうでもないおまけもいるよ!」「おまけはいらない捨ててこい」




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