女神様郵便




 昔から詰めが甘いと言われていたが、まさかここでもその弱点が露呈するとは思わなかった。
は宛名面が真っ白なままの年賀状を前に、ため息をついた。
冬休みに突入する前に住所を聞きそびれてしまった。
クラスが違うと住所を訊きに行くのもひと苦労だ。
一度訊きに行ったのだが、その時は鬼道は不在だった。
部活が終わるのを待つ気にもなれなかった。
だからこうなった。
訊こう訊こうと思ってタイミングを失ってしまったから、住所がわからないのだ。
ついでに言うと、訊けなかったことすら忘れて年賀状を作ってしまった。
は電話帳を引っ張り出すとぱらぱらと捲り始めた。
キ行のどこを探しても見つからない。
メールで訊こうか、いやだかそれはなんとなくやりたくない。
仕方がない、自宅の郵便受けに直接入れてこよう。
は住所欄は空白のまま鬼道有人様とだけ書くと、葉書を手に家を出た。
今日は、本来ならばとっくに年賀状が届いている1月1日元旦である。



























 なんだかもう無理な気がしてきた。
は郵便受けにもかかわらずやたらと豪華なそれを見て思わず背を向けた。
セキュリティセンサーでもついているのではないかと思ってしまうような鬼道邸の郵便受けに、住所がないただ名前しか記されていない年賀状を入れてはいけない気がする。
郵便受けにひとたび入れると赤外線的なものでチェックされ、住所がないことから焼却処分にでもされそうな気がする。
せっかく書いた年賀状を読まれもせずに捨てられるのは悲しい。
これでも結構頑張ったのだ、ペンギンにうさ耳生やしてみたりして。
年末年始の休暇で閉館ギリギリとなった図書館から動物図鑑を持ち出し、ペンギンとうさぎをハイブリット化した努力を一応見てほしいのだ。
どうしよう、本人ご登場を狙ってインターホンでも押してみようか。
今まで一度たりとも押せた試しのないインターホンを、お正月で家族水入らずの時間を過ごしている時に鳴らせるだろうか。
普段も無理だったのに、ますます鳴らせるはずがない。
は鬼道邸の豪華で壮大な門の前に座り込むと、あああと呻き声を上げた。
寒い、雪がまた降ってきた。
ここに長居していれば確実に風邪を引いて寝込む。
ここはもう、処分されることを覚悟の上で郵便受けに突っ込んでくれようか。
既にみっちりと詰まっていて正直どこに入れようかとも迷ってしまうが、重要そうな書類と書類の間に挟んでおけば見逃してくれるだろうか。
セキュリティチェックは見逃してくれても、鬼道の目からも逃げおおせ、親御さんの元へ直送されるとそれはそれで困ってしまうが。
どうしようどうしようどうしよう。
座り込み頭を抱えていると、前方からと叫ばれる。
駄目だ、寒くて幻聴も聞こえてきた。
正月早々鬼道が散歩をしているわけがない。
そういえばマッチ売りの少女やフランダースのネロも、最後は幻聴や幻覚が見えていた気がする。
ああ、目の前にゴーグルも見えてきた。
これは確実に幻覚だ。この世の中で、平地でもゴーグルを平気でかけている人物などいない。
いるものか、いても鬼道くらいだ。
人生か意識のエンディングで鬼道を見るなんて、もしかしたら潜在的には鬼道のことが好きなのかもしれない。





どうした! こんな所にうずくまって具合でも悪いのか!?」
「私、鬼道くんのこと好きだったのかあ・・・。今更気付いてももう遅いけど、えへへ・・・」
「な・・・!? お、遅くはない。家に入ってくれ、話はそこで聞く」




 幻聴にしてはやけにはっきりと声が聞こえるものだ。
ぼんやりと顔を上げると、目にくっきりばっちり鬼道の姿が飛び込んでくる。
幻覚ではなくて本物?
ぼうっとしながら鬼道の顔に触れると、きちんと人間の柔かさと温かさを感じる。
ふむ、幻覚でないということはまだ生きているということか。
そこまで考えははっとした。
しまった、また余計なことを口走っていた気がする。
鬼道の手を借り立ち上がると、は猛烈な勢いで頭を下げた。




「ごごごごめんね鬼道くん! 私また何か変なこと言った!? 言ったよね!?」
「落ち着いてくれ。中に入ろう、ここだと風邪を引く」
「お、おう、じゃあお邪魔します・・・。鬼道くんこんなとこで何やってたの? お散歩?」
「初詣の帰り道だ。こそどうして俺の家に前にいたんだ、びっくりした」
「あ、そうだった! あのねあのね、私鬼道くんに渡したいものあって!」
「待て、その話も中で聞こう」




 先程までびくともしなかった門扉が自動で開き道を作る。
住人が目の前に立つとオープンする仕組みになっているのだろうか。
アリババもびっくりの魔法仕掛けだ、テクノロジーは素晴らしい。
鬼道の部屋に案内され、いつかのようにソファーに腰を下ろす。
今回は土下座ごめんなさいはしなくても良さそうだから、以前よりも落ち着いて座っていられる。
ソファーの下を覗いて中を浚ってみたい衝動に襲われるが、ここは他人の家だと思い我慢する。
定期的にソファーとこたつの中を漁っている某幼なじみ宅も他人の家だが、さすがに鬼道相手にそれはやってはいけないだろう。
それに鬼道のことだ、ソファーやベッドの下なんていうありがちな場所ではなく、もしかしたら隠すことなく本棚に陳列されているかもしれない。
埋め尽くされたトロフィーの後ろには・・・など、考えていたら本当にありそうな気がしてくるのだから刷り込みは恐ろしい。




「・・・まさかないよねソファーの下・・・」




 鬼道もまだ来ていないし、ちょっとくらいいいだろうか。
絨毯に寝そべり、ソファーの下を覗き込んでみる。
何かある、薄っぺらい何かが。
ドキドキしながら手を伸ばすと、指の先にそれが触れる。
少しベタベタしているが紙のようだ。
引っ張り出してもいいだろうか。
でも、もしも見てはいけないものだったら。
見てはいけないものだったら見なかったことにしておこう、そうだそうしよう。
ゆっくりとソファーの下から手を抜き出し、捕まえた物体を見つめる。
裏返しになっていた写真をひっくり返し、は硬直した。





「待たせてすまない。それで話というのは・・・・・・そ、それは!」
「私なんか今これちょっとよくわかんない」




 鬼道はが凝視しているものをふんだくると、すまないと叫んで頭を下げた。
きちんと正座してて謝っているものだから、土下座のようにも見える。
は鬼道につられるように慌てて自身も正座すると、こちらこそすみませんと頭を下げた。




「いや、なんかつい癖でソファーの下覗いちゃったら私がいてびっくりしてごめんね!?」
「お、怒らないのか・・・? の写真だぞ・・・?」
「いやぁびっくりした。すごいねこのアングル、いつどこから撮ったのか気になるけど可愛く撮れてるからいいんじゃないかなあ」
「ああ、本当によく撮れている。どこにやったのかと思っていたらソファーの下にあったのか。・・・あまりソファーの下など覗いてやるな、それはいい趣味とはいえない」
「う・・・。で、でも鬼道くんこそ私の写真持ってんならペラペラのままじゃなくて写真立てくらいには入れたげてよ! なんかベタベタしてたけどジュースでも零しちゃったの?」
「・・・・・・あ、ああまあそんなところだ。すまない、今度からはもっと大切にする」
「わかればよろしい」




 鬼道は写真を机の上に丁寧に置くと、改めての向かいに座り直した。
気持ち悪がられなかったのにはほっとしたし、写真の所持についても疑念を抱かれなかったから良かったが、非常に危険な時間だった。
写真は一之瀬が例によって盗撮したものを赤外線で入手し、写真サイズで印刷した。
親や使用人に見つからないようにとこそこそと保存場所を変えていたが、それが仇となってある日見つからなくなった時はとても焦った。
ソファーの上、ソファーの隙間、ベッドの上、布団の間、枕の下、引き出し手帳タンスの中。
どこを探しても見つからないまま年が明け、仕方なく別の写真を用意しようと思っていたら一番見つかってはならない人に見つけられてしまった。
深く追及されなくて本当に良かった。
一瞬で嫌われるところだった。
つい先程鬼道くんのこと好きだったのにと言われたのに、それではあまりに酷すぎる。




「それで、今日はどうした?」
「鬼道くんに年賀状渡そうと思って持ってきた!」
「年賀状? 郵送じゃないのか?」
「う、あの、それがね、私ついうっかり鬼道くんから住所教えてもらうの忘れてて、宛先わかんないから直接持ってきたんだ。・・・まあ、結局郵便受けが怖くて入れられなかったんだけど」
「それはわざわざ・・・。うちの郵便受けがそんなに怖いか?」
「あんまり豪華だったからセキュリティセンサーに弾かれるんじゃないかと・・・。しょ、焼却処分とか悲しいじゃん、うさぎの丸焼き日本人は食べないでしょ!?」
「安心しろ、そして落ち着いてくれ。そんな機能はついていない」




 人の家を何だと思っているのだろう、この子は。
常人とはちょっと違うことを考えているとは知っていたが、まさかこれほどまでとは。
セキュリティセンサーだの焼却処分だのと、何をどうしたらその発想に行き着くのか過程が知りたい。
三千里ほど譲ってが言うような装置がついていたとしても、が書いた年賀状が弾かれるわけがないというのに。
考えているうちにおかしくなってきて吹き出すと、がむうと眉根を寄せた。




「そんなに笑わなくてもいいでしょー! ほんと私、鬼道くんのお家と相性すっごく悪いんだからね!?」
「す、すまない・・・。それで、年賀状はどこに?」
「あ、はいどうぞ! ペンギンさんにうさ耳つけてみたんだけど、びっくりするほど似合わないね!」
「斬新なアイデアだ、さすがはだな」
「そ? なら良かった!」




 渡すものを渡してほっとしたのか、そそくさと退散しようとするを慌てて引き留める。
せっかく来てくれたんだからゆっくりしていってくれと頼むが、正月に人の家に入り浸るのはどうのと急に常識的なことをが言い出し、上手くいかない。
一旦家に上がったらもう、時間は関係ないのだ。
泊まってもらっても一向に構わないくらいにもてなしたいのだ。
いっそこのままうちの人間になってほしいくらいだ。




「そ、そういえば、俺のことす、好きだとか言ってなかったか・・・?」
「へ? あ、あぁあれね! 違ったみたいだから気にしないでね?」
「どうして違うと言えるんだ」
「いや、鬼道くんのこと好きだよ。でもあの時私、人生の終わりに見る幻覚と勘違いしててさ、実際は幻覚じゃなくて本物鬼道くんだったから」
「だから、それだけでなぜ違うと・・・。もしかしたら本当に俺のことを、その」
「うん、だから鬼道くんのこと好きだよ。ほんとにごめんね、新年早々おかしな事言っちゃって」




 謝られる意味がわからない。
が言う『好き』がどのような意味のものなのかもわからない。
そもそもおかしな事って何だ。
何をおかしいと思っているのだ、彼女は。
すべてがわからなくなり固まってしまったのを案じたが、不安げな表情を浮かべ鬼道の顔を覗き込む。
おかしな事しか言わないのならば、下手に優しい行動はやめてくれ。
そうやって無邪気に顔なんて近付けられたらまた、悲しくなるほどにを愛しいと思う気持ちが強くなるだけだから。




「えへへ、今年一番最初に会った友だちが鬼道くんってことは、今年はもっともーっと鬼道くんと仲良くなれそう! 今年もたくさんよろしくね鬼道くん」
「仲良くなろう、本当に誰にも負けないくらいに仲良くなってやろうじゃないか!」
「うわ、鬼道くんなんだかすっごくやる気! よっしじゃあ私も頑張る」
「俺もやるぞ。今年こそがおかしな事だと認識しないように俺はやる!」
「うん? なんかよくわかんないけどその意気だよ鬼道くん!」




 そのうち本当に、幻覚でも自分を求めてくれるくらいにに猛アピールしてやる。
まずは残る冬休み期間のうちの一度外に連れ出して親睦を深め、次におそらく残っているであろう宿題の手助けをして好感度を上げ、
来るべきバレンタインデーにチョコをもらうべく何らかの手を打つ。
よし、今年もゲームメークは完璧だ。
後はどうやってそれを実行に移すかだ。
鬼道はソファーに座ってにこにこと笑っているに笑みを返した。






実は保存用、使用用、観賞用の3枚の写真がある(かもしれない)


リクエストして下さった方へ

時雨さま、年末年始企画にリクエストをしていただき、どうもありがとうございました。
ここまでくるともう、何が鬼道さんにとって『楽しい』のかわからなくなってきました。
ただ確実に言えることは、少なくとも家に上げている時間は鬼道さんとっても楽しいひと時だったと思います。



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