稲妻町の中心で一日天下を謳う
奇妙なところで妥協を許さない幼なじみだ。
ちょっとは手加減してよとか、そこらへん融通利かせなさいよと常日頃から妥協を促す言葉を口にしているは、何が相手だとスイッチが入るかわかったものではない。
のやる気が入ったイコール、期待されているということなのだろうか。
それとも、誘いに乗ってあげたんだから私が満足できるようなカウントダウンを演出しなさいという挑戦状なのだろうか。
どちらにしても、を鉄塔広場へ連れ出すために天気から変えようとした努力は認めてほしい。
大掃除も終え綺麗に片付いた部屋で、14歳にもなっていったい何をしていたのだろう。
豪炎寺は前日からせっせと照る照る坊主を作っては飾っていた窓を見つめた。
雨や雪が降りませんように。できれば暖かい夜になりますように。
祈るだけ祈って、何度空しくなったことか。
ここまで尽くしてやる幼なじみはそういまい。
一之瀬や土門はこんな苦労をしていないはずだ。
本当に、手のかからない幼なじみが羨ましい。
一度冗談で試しに取り替えないかと言ってみて、殺気満々のキラースライドとスピニングシュートを喰らったのは記憶に新しい。
冗談やめてよ俺の秋はあんなにエキセントリックな性格してないからと一之瀬に笑顔で反撃され、その言葉にカチンときてとてもには言えないようなフォローをしたのも
同時に思い出してきた。
本当に今年も色々あった。雷門に来てからは毎日が楽しい。
「もしもし?」
『今忙しい』
「忙しい割にはテレビの音量が大きいんだが、人と話す時は音量下げろといつも言ってるだろう」
『テレビ観るのに忙しいの。何、何なの』
「雨も雪も降ってない。レジャーシートも用意したから今から迎えに行く」
『あー・・・。あと2時間待てる?』
「インターホン鳴らした。こんばんはおばさん、さん迎えに来ました」
『うっそマジで!? ちょっ、まっ』
門の前で待っていると、綿入れを羽織ったが家から飛び出してくる。
いくら夜とはいえさすがにその格好はまずい。
そんないかにも寛いでましたという格好で出迎えられても困る。
誘われていたことを忘れていたように感じられて、辛いものもあるのだ。
「えー、だって寒いじゃーん」
「冬だから多少の寒さは当たり前だ。風邪引かないように温かくしろ」
「まあ、それは大丈夫だけどさあ。あ、ちゃんとレジャーシート持ってきた?」
「いつも使ってるやつでいいんだったか? 持ってきた」
「仕方ない、ちょっと待ってて準備するから」
一度部屋に引っ込んだを玄関で待つこと5分、マフラーを手に抱えて戻ってくる。
は既に手袋もマフラーもしているのに、なぜ手にまた持っているのだろう。
やたらと大きな荷物を担ぎ上げていると、首にやや乱暴にマフラーを巻かれる。
加減というものを知らないのか、ややきつめに巻かれて首が絞まる。
豪炎寺は自分の手でマフラーを巻き直すと、一足先に外を歩いていたを追いかけた。
「、このマフラー」
「だって修也、夜だってのにワックスがっちりつけてんじゃん。
べっつに私以外と会う予定ないから髪下ろしてきてもいいのにさあ、首剥き出しにしてるの見るだけで寒いからそれ貸したげる」
「絞め殺されるかと思った」
「そ? 摩擦力が働くと熱が出るってこないだ学校で習ったから、それの応用しただけなんだけど」
「理科に興味を持つのは嬉しいが、使い方が明らかに間違ってるからやめてくれ。それよりもこの荷物何なんだ、やけに重い」
「それは年越しセット」
荷物持ちがいるとわかったから奮発しちゃったと悪びれることなく言うには、そうかとしか言えない。
年越しセットとは何だろう。
詳しく教えてくれなかったが、それは向こうに着いてのお楽しみと受け取ってもいいのだろうか。
今夜のは初めこそ鉄塔広場に行くことを渋っていたが、約束を取り付けると妥協を許さない演出を求めるようになった。
人に高いハードルを押しつけた手前、自身も少し奮起したのかもしれない。
そもそもレジャーシートを持ってくるように指示を出すあたりから怪しい。
レジャーシートは、スタジアム以外の場所で行なわれる試合観戦の時の昼食スペースにしか使わないと思っていた。
花見をするわけでもない真冬の真夜中に活躍する代物ではなかったはずなのだが。
「お、誰もいないよ修也! 貸し切り貸し切り!」
「さすがに円堂もこの時間はいないみたいだな」
「そりゃ、こんな夜中に出歩く中学生は不良くらいだよ」
「はともかく俺は不良じゃない」
「逆でしょー。サッカーやめるって宣言して、1人で勝手にグレて荒れてた頃にピアスなんざ開けた修也の方がよっぽど不良。こんな時間に女の子連れ出すなんてひっどーい」
「ちゃんと許可はもらってる。それに、それを言うならピーターパンは不良中の不良だ」
「そういやそうだ、ピーターパンは3人も連れてった」
円堂愛用のタイヤには目もくれず、ベンチの近くにレジャーシートを広げる。
街灯と懐中電灯の明かりを頼りに四隅に石を置き、シートの上に薄手の毛布と小さなテーブルを置く。
てきぱきと整えられる即席リビングに豪炎寺は絶句した。
何だこいつ、がっつり年明けを満喫しようとしている。
嵩張って重いと思っていたら、カセットコンロと2リットルペットボトルと鍋と皿なんてものも出てきた。
荷物持ちに対する配慮が微塵も感じられない。
ちょっとした筋力トレーニングではないか。
さすがは我が幼なじみだ、1年の終わりまで人を扱き使うつもりだ。
「私まだお蕎麦食べてないんだ。修也食べた?」
「食べた・・・けど、また食べる」
「太るよ?」
「帰りもこの大荷物を持って帰るんだと思ったら、腹ごしらえもしたくなる」
「なるほど。じゃあ早速茹でちゃおう。天ぷらも持ってきたけど、私エビ天だから修也ごぼう天ね」
「わかった」
ふんふんと鼻歌を歌いながら蕎麦を作り始めたの背中を見つめる。
小さい頃はずっとこちらのサッカーに付き合わせていたから、がやりたいことを無視していた気がする。
小さな女の子はやはりままごとなどが好きなのだろうか。
夕香にはやりたいとねだられたことがないが、もしも女の子がやりたがる遊びだとしたら小さなには申し訳ないことをした。
茹で上がったのか、が蕎麦を椀に取り分けてテーブルに持ってくる。
「これ食べてあと1時間粘りますか」
「なんだかままごとみたいだな、こうやって外でやると」
「泥のお団子じゃなくてリアル蕎麦だけどね」
「やったことないな、おままごと」
「修也とはないねぇ。修也サッカーしかやんなかったもん」
「俺以外とはあるのか? いつ、どこで誰と・・・って、まさかあれか」
「あれって言わないでよ。でも、この歳でままごとやると洒落になんないよ」
「・・・確かに」
ずずずと蕎麦を啜りながら顔を見合わせて笑う。
ここからタワーのライトアップ見えるかな、見えると思ったから連れて来たと他愛のない話をしながら時間を過ごす。
どこかの寺からは除夜の鐘の音も聞こえてきた。
こうしていると本当に年の瀬なんだなあと思い、どうして1年の終わりにまで豪炎寺と一緒にいるのだろうと疑問に思う。
円堂たちを誘った方が楽しいだろうに、断られたのだろうか。
助っ人だか穴埋め的扱いはやめてほしい。
「今までで鐘、何回鳴ったと思う?」
「さあ・・・。108以上ありそうだな、には」
「修也にもあるでしょそのくらい。来年は鐘鳴らしに行こうよ、そっちの方がきっと楽しい」
「寺でもらえるぜんざい目当てだろう、どうせ。それにあっちは人が多いから嫌だ」
「ああ、修也はぱあっとカウントダウンするのが苦手だっけそういや。じゃあ私来年は鐘鳴らすから、修也ひとりぼっちね」
「来年もスケジュール空けておけ。勝手に入れたら俺が消す」
「・・・やだ、今年もまだ終わってないのに来年の終わり本気で考えてるじゃん、私たち」
「来年も一緒にいるからいいだろう、別に」
よくもまあそうやってさらりと断言できるものだ。
一緒にいられる保証などどこにもないのに、そうなる以外の道はないようにきっぱりと言ってしまう。
本当にそうなのかな、来年は別々かもしれないよ。
ぽそりと呟くと、またどこかに行くのかと肩をつかまれ問い詰められる。
最後の最後まで乱暴だ。
『かもしれない』をまともに受け取ってどうするのだ。
そもそも『また』って何だ。
どこかに行ったことはないというのに『また』だとは、言葉を間違えないでもらいたい。
「またって、いなくなったことないじゃん。人を前科ありみたいに言って!」
「あるだろう。俺に何も言わずに雷門に行っただろう。ある日いつものようにの家を訪ねたら表札なくて焦った俺の気持ちを考えろ」
「1ヵ月! たかだか1ヵ月のラグくらいでどうすんのこれから!」
「どうもしないから来年も一緒だ。去年も今年もずっと一緒だったから、来年も再来年も一緒だ。腐れ縁なんだから高校卒業まではいけるだろう」
「あと4年も・・・。修也、実は私のこと大好きでしょ」
「・・・・・・」
「修也? ねえ、聞いて」
肩をつかんでいた腕が背中に回り、目の前にいた豪炎寺が更に接近してくる。
乗り気でない返事ばかりしたから、怒って圧死行為へシフトしたのだろうか。
空気が冷たいのでくっついていること自体は温かくて歓迎したいが、何ふり構わない力任せのハグは非常に困る。
どうせするなら風丸のように優しく柔かくぎゅうううっとしてほしいのに、豪炎寺のそれはぎゅうというよりもぐしゃあだ。
身長が伸びにくくなったのもこのせいかもしれない。
本当に悪意ある行動しかしない男だ。
こんなことになるのなら、マフラーでひと思いにやれば良かった。
「修也、あったかいけど苦しい」
「・・・我慢しろ」
「なぁんで最後の最後まで我慢」
「」
「なに」
「10,9,8「え、は、ちょ」3,2,1、今年も我慢してくれ、たくさん」
「・・・と」
「と?」
「年越しハグは風丸くんとって決めてたのに・・・! そ、それにライトアップ! 修也それ見せたくて連れて来たんじゃなかったの!?」
「タワーは別にいつでも見れるだろう。あと勝手に決めるな、風丸にも迷惑だろう。大体、風丸との付き合いなんて俺に比べれば・・・」
「長さじゃないもんもうやだ修也、とっとと帰るー!」
圧死行為から抜け出すべく胸を押す。
まったく、新年早々何をやらかしてくれたのだ。
そうやってほいほいと年頃の女の子の体に触れて、今年から接触禁止令でも出そうか。
よしそうしよう、そうでもしなければこのままずるずる押し流されてしまいかねない。
「修也、しょげてないで帰る準備手伝ってよ。おけおめ、はいもう帰ろ」
「何言ってるんだ、このまま初日の出サドンデスだ」
「寒い、凍える、風邪引くから私パス。延長戦は修也1人でどうぞ」
「たくさんの我慢の中にはこれも含まれてるって知らなかったのか? 安心しろ、風邪を引いたらちゃんと見舞いに行く」
「引くこと前提で考えちゃ駄目! ああ眠たいよう、初日の出いらなーい」
「起こすから寝てていいぞ。それから天気予報は晴れだ、照る照る坊主様々と言ったところかな」
「ねぇほんとにどんだけ私と年越しカウントダウン楽しみにしてたの!?」
帰宅を諦めたのか、シートの上にごろりと寝転がったが豪炎寺を見上げる。
カウントダウンと初日の出を同時にやることは初めから考えていたのか、袋からジャンパーを取り出した豪炎寺はの体にそれを被せた。
妥協をするなと言ったのはの方だ。
だから、妥協しないようにやりたいことを全部押しつけてもいいではないか。
1年の初めの日くらい、わがままを通してもいいではないか。
どうせ明日からの364日はに振り回されるのだから、せめて1日くらいは好きにしたい。
「」
「今度は何」
「今年もよろしく」
「こちらこそよろしく。年賀状ちゃんと送ったから、お家帰る頃にはきっともう届いてる」
「俺も送った。夕香が可愛く撮れたんだ、ぜひ飾ってくれ」
「はいはい」
話しているうちに眠たくなってきた。
夜更かしは美容の敵だというし、ここは豪炎寺を目覚まし時計にしてひと眠りしよう。
おやすみと言ったきり目を開けなくなったを見下ろすと、豪炎寺はこれからもずっとよろしくと呟いた。
ホームレス中学生だと思われなくもない
リクエストして下さった方へ
年末年始企画にリクエストをしていただき、どうもありがとうございました。
カウントダウンは豪炎寺さんのおかげで結局できなかったのですが、この後初日の出はちゃんと見たと思います。
しかし、これを実際にやると確実に風邪を引きますね・・・! 超次元の世界でしか通用しない年明けライフです。