選んできた道、選ぶ道
「半田!! 聞いてよ半田ねぇねぇねぇってば!!」
「うるせー! 耳元でキンキンわめかなくても聞こえてるっての! 俺は耳の遠い老人か!」
「えぇやだそんなことひとっことも言ってないじゃん。ていうか今は半田が老人だろうとそうじゃなかろうとどうでもいい。」
「お前・・・・・。」
うわぁ、と心底迷惑そうな表情を浮かべた半田に全く一切毛の先ほども構うことなく、は喜色満面で微笑んだ。
「そんなことよりねぇ聞いて! あのね、なんとね、ついに!!」
「・・・あーはいはい。」
「むっ。なにその興味なさそうな反応! そんな顔してたら教えてあげないんだから!」
「・・・とか言いつつ話したくてたまんねーんだろ。いいからさっさと話せば。」
「半田のくせに生意気!」
振り下ろされた手を辛うじてかわす。
付き合いも長くなってきたので、この程度の攻撃ならばかわすことは不可能ではない。集中してさえいれば。
は攻撃を避けられたことでぶーっと頬を膨らませていたが、すぐにぱっと表情を変えた。
今のことは些細なことだとでも言うように、口調が明るくなる。
「あのね、半田は親友だから一番に教えてあげる!」
そのの弾んだ声と明るい・・・僅かに上気した頬と輝くような瞳を見て、半田は内心で溜息をついた。
聞きたくないな、と真っ先に思う。けれど聞いてしまえば楽になるんだろうなとも、思う。
そうだ。聞いてしまえば。
それで終わりに出来る。
そう思った。
半田の内心の葛藤など知るよしもなく・・・いや、きっと知っていたとしても意に介すことなく、は微笑んで告げる。
「あのね、ついに私も晴れて『彼女』というものになりました!」
「ヘーソウデスカ。」
「なにその気のない返事ー!!」
口ではそう言いつつもうれしそうなを見て、半田は笑った。
「よかったな。これで俺も晴れてお役ご免ってわけだ。これからはその優しい彼氏様によくしてもらえ。」
「えーなにそれ。」
「半田はずっと、私の親友でしょ。」
そう言って、が笑うから。
だったらこのまま、望まれるまま、こいつが必要とする『親友』でいてやろうって。
そう思った。
「よっ、風丸久しぶりー。」
「半田。元気そうだな。」
勝手知ったる稲妻町の喫茶店。
こぢんまりとした店内で、半田は席の一つに座っている見慣れた顔に声をかけた。
声をかけられた風丸は半田を見て僅かに微笑む。
半田はそのまま風丸のいるテーブルについた。
「俺は元気だよ。そっちも大活躍だな。」
「はは、ありがとう。素直に受け取っておく。」
「おぅ、そうしてくれ。」
やって来たウェイトレスにコーヒーと告げて、半田は風丸を見た。
国内最高峰、とうたわれるレベルのサッカープレイヤー。
そんなプレイヤーと中学時代とは言え共にサッカーをすることが出来たのは、半田の人生の中でかなりすごいことに分類される出来事だ。
その相手と、こうして今も親交があることも。
「最近どうだ?」
「まぁまぁかな。勝率も悪くないし、チームもまとまってるよ。そっちは?」
「まぁ・・・監督業が板についてきた?」
「疑問系で言ってるうちはダメなんじゃないか、それ。」
「だよなー・・・。」
はぁ、と溜息をついた半田に風丸が笑う。
「それで。」
かつん、とコーヒーカップをテーブルにおいて、風丸が半田を見た。
「珍しいじゃないか。いきなり呼び出しなんて。」
「・・・悪かったな、いきなりで。」
「責めてないって。ただ、半田が俺に連絡くれるなんて珍しいなって思っただけだよ。」
「俺、そんなに疎遠だったか?」
首を傾げてみせる半田に、風丸は一つ息を吐いた。
おそらく半田にとって言いにくい話題なのだろうということはこの時点でわかった。
なかなか話を切り出さないのがその証拠だ。
だとしたら内容はおそらく・・・――
「に何かあったのか?」
切り出した声が耳に届いたであろう瞬間、半田の表情が一瞬強張ったのを風丸は見逃さなかった。
少しの沈黙と、その後の溜息。
「・・・・・察しがいいよな、相変わらず。」
「半田がそこまで思い詰めるなんて、のことくらいだろ。」
「・・・あのな。俺だって他に色々思い悩むことはあるんだぞ? 別に俺の人生全部あいつ中心に回ってるってわけじゃないんだからな?」
「ならそういうことにしておく。」
「風丸あのな・・・。」
言いかけて、けれど半田は口を噤んだ。
もう一度溜息が零れる。
コーヒーです、と明るい声と同時に運ばれてきたカップを眺めて、また溜息をつく。
「・・・あいつに彼氏が出来たときのこと、覚えてるか?」
ぽつ、と呟くように言った半田に、風丸はあぁと頷いた。
懐かしいな、と少しその目が細められる。
「すごく喜んでたよな、。かわいかった。」
「・・・そうだよ。すごく喜んでた。俺も安心した。これでやっと元の鞘っつーか、丸く収まるっていうか。あぁこれで落ち着くんだなって思ったよ。
あいつも、あんだけ苦労っつーかまぁ俺に比べたらどんな苦労だよと思わなくもないけど、とりあえず苦労しての隣に収まったんだから、これから先はなんとしてでもその立場?
場所? を守るんだろうなって思ったよ。誰かにその場所を譲るとか、ましてやをどっかにやるとか、突き放すとか、絶対しないだろって思ったよ。」
「・・・・・。」
「思うだろ普通。あんだけのことがあってあいつを手に入れたなら、まさかまた手放すとか思わないだろ。あいつだってそうだったと思うよ。まさか手を離されるなんて思ってなかったって。だから」
「だから手を離されたは、今傷ついて半田の所にいるわけだ。」
「・・・・・。」
風丸の言葉に半田は黙った。
風丸はじっと半田を眺め、自分のカップを口元に運ぶ。
半田はコーヒーには手をつけないまま押し黙ったまま風丸を見る。
「・・・なるほどな。状況はなんとなくわかった。」
「・・・察しがいいよな、相変わらず。」
「ここまで言われれば大体の奴がわかると思うけど。」
「いやどうかなー・・・。風丸くらいだと思うぞ、わかるの。」
「それで?」
話を切り出すのを促すために言った言葉を、違うニュアンスで言う。
「俺にどうしてほしいんだ、半田は。」
半田の次の言葉に、薄々察しはついている。
けれどこれは風丸が言ってはだめなのだ。
きっと半田自身が自分で言葉にすることに意味がある。
多少なりとも。
だからどんなに察しがいいと言われても、察したとしても、この言葉は言ってやらない。
半田は息を吐いて、視線を落とした。
ぬるくなったコーヒーカップに触れる。
「・・・保険みたいなもんだよ。俺もまだなんとも言えないし、今のところはそうなる気も・・・・・ない、って断言出来ないから、保険なんだけどな。」
「・・・半田。」
「俺はあいつが望む親友でいようって思った。あの時。あいつに彼氏が出来たとき。
しあわせそうに彼氏が出来たって言って笑ったとき。これで終わりだと思った。これで終わりにしよう、終わりに出来るって、思ったんだ。」
「・・・・・あぁ。」
「これからはずっと、あいつの親友だ。今まで通りに、これからも変わることなんてなく、ずっと親友でいてやろうって。
あいつが俺に望むのはそれだから、じゃあそれでいてやろうって・・・・・そう思ったんだ。本当にそう思った。あそこで終わったはずなんだ。」
「・・・・・うん。」
「でも今、なんでだよって思ってる。なんで手を離した。なんで一人にした。なんでこんな・・・! こんな風にするなら・・・!」
コーヒーカップを包むように握っていた手が震えた。
きし、とカップが軋む音を上げる。
それに気がついて、半田は握りしめていた手から努力して力を抜いた。
「・・・あいつが、望まないことだってのはわかってるんだ。俺が出来ることは親友でいることで、あいつが望んでるのは親友の俺で。だからさ、わかってるんだ。でも、もし――」
半田はテーブルの上を彷徨っていた視線をあげた。
その目が風丸を見つめる。真剣に。
「俺がもし、やっぱり、どうしてもだめで。あいつが望まないほうを選んで、あいつの逃げ場所がなくなったら。」
カップから離されて、テーブルの上で強く握りしめられた手が震えた。
「あいつのこと、頼むな。」
そう言った半田の額に、風丸は華麗に腕を振り下ろしてチョップを決めた。
「でっ・・・!」
「そんなこと頼むな、ばか。」
「あ、あのなぁ! 俺は真剣に」
「真剣ならなおさら。もしそんなことになっても、半田まで手を離してどうするんだ。放り出されることは、が一番嫌うことじゃないのか。」
「それは・・・俺は別に、放り出すつもりは・・・。」
「同じだよ。それじゃあ同じだ。を一人にしたあいつと、おんなじだよ。」
「!」
「だからさ。俺に頼むんじゃなくて、半田がなんとかしろ。選んでも、選ばなくても、半田だけはの手を離さないでいなきゃだめだ。どっちになっても、の手を離すことだけはしないでいろ。」
「風丸・・・。」
「それが、俺が見てきた半田とだよ。」
微笑んだ風丸を見て、半田は溜息をついてテーブルに突っ伏した。
「・・・なんだよそれ。酷くないか。」
「全然。それに俺は、どっちを取るかって言われたら半田よりを取るから。」
「それは知ってる・・・。」
「半田もそうだろ。」
「・・・・・それは知らん。」
「はいはい。」
がた、と音をさせて風丸は立ち上がった。
置かれていた伝票を手に取る。
半田はまだ机に突っ伏したまま横目でそれを眺めた。
「今日は俺の奢り。次はないけど。」
「ないのかよ。」
「が一緒だったらあるかもしれない。」
「・・・へいへい。」
けっ、と舌打ちする半田にひらひらと手を振る。
きっと、半田がの手を離すことはないのだと思う。
中学生の時からずっと、半田がを影ながら支えてきたことを風丸は知っている。
お互いに自覚があったかどうかはともかく、半田はを支えていたし、は半田をよりどころにしていたことを知っている。
・・・そして半田が本当は、どういう風にを見ていたのかも。
それでも半田はずっとずっと、が望む半田で居続けた。が必要とする半田で居続けた。
意識してなのか無意識になのか、それはわからない。
でも半田はそうしてきたし、はその半田を享受してきた。
・・・そしてそれは、の『彼氏』も。
一泡吹かせてやれ、と思わないでもない。
ずっと半田に甘えてきた『彼氏』に。
奪われることなどないと思っていたであろうあいつに。
だから半田が手を離さないのであれば、もしたとえどちらを選んだとしても、味方でいてあげよう。
半田と、なによりもの味方で。
「それじゃあな。」
「・・・あぁ。悪かったな呼び出して。」
「いいって。とりあえず半田はちゃんと寝ろ。」
「えっ。」
「目の下のクマ。酷いぞ。」
「・・・察しがいいな、本当。」
「察しとは違うと思うけど・・・。まぁ、ちゃんと眠らないとまともに思考出来なくなるからさ。」
「・・・努力はする。」
「あぁ。」
ひらひらと手を振る。
半田はもうなにも言わなくて、風丸ももうなにも言わなかった。
全部が全部丸く収まって、しあわせになればいいのに。
どうして世の中は、そううまくいかないんだろう。
終
後記もどき
風華さん『月華』七周年おめでとうございました!
私の肋骨にヒビが入ったばかりに気を遣わせてしまい大変申し訳ありませんでした。
大分遅れましたが七周年お祝いとして贈らせて頂きます。
十年後の美波ちゃんをリクエストされたはずが、半田が延々葛藤しつつ、風丸が巻き込まれる話になりましたすいません。
二人がどれだけ美波ちゃんを大事にしているかという話ということでひとつ・・・!
いつも素敵なお話をありがとうございます。
7周年記念ということで、いつもお仕事などなどでお忙しい蒼維さんにいつ嫌われてもおかしくないような無理難題を突き付け、そして貰ったどーしてきた素敵すぎる修羅場10年後でした。
10年後設定はイナGOのゲームが発売される前のたった4分足らずのPVを観ただけで作ったのですが、まさか、そんなたった4分の黒歴史がこんな形にまで昇華するとは。
世の中何が起こるかわからないものです、無理難題も突きつけてみるものです。
このお話の続き、これから半田がどうするのか気になる方は、私ではなくて蒼維さんにリクエストすることをおすすめします。
これをいただいた2012年5月上旬現在、蒼維さんのサイトは創設10周年を祝しての大リクエスト祭りをなさっておられます。
素敵な作品の続きが見たい方はぜひ! 私ではなく、かっこいい半田とそして風丸さんを書いて下さった蒼維さんへ、ご迷惑がかからない程度に組織票をお願いします。
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