策士の手のひらバレリーナ
付き合ってほしいと言われ、嫌だと即答する。
意味を取り違えるなと続けざまに言われ、本当にたまたま手に取った部活日誌の角を鬼道めがけて振り下ろす。
どこの誰が意味を違えるというのだ。
言葉そのままに受け取り、その上で迷うことなく嫌だと答えたのだ。
そんなこともわからずにゲームメーカーを名乗っているとは、ゲームメーカーはサッカーさえできれば後はどうでもいいらしい。
突然の日誌攻撃を頭を傾けることで回避した鬼道は、の手から日誌を奪い取りため息をついた。
「今日は日誌か・・・。優しくなったな、」
「お望みとあれば今すぐそこの油缶でリプレイしてもいいけど」
「いや、遠慮しておく」
うっすらと聞こえた舌打ちは聞こえなかったことにしておこう。
世の中、聞かなくていいこともたくさんあるのだ。
鬼道は気を取り直すと、改めてへと向き直った。
週末暇なら付き合ってほしいと、今度は趣旨の取り違えを招かないように丁寧に誘ってみる。
拒絶の言葉もできれば聞き流したいが、これ以上同じことを言うと今度は本当に金属物で殴られそうなのでやめておく。
は椅子に腰を下ろすと、鬼道に胡乱げな目を向けた。
いきなり週末付き合えとは、鬼道の考えがまったくわからない。
わからないから一層気味が悪い。
デートに行きたいなら他の子を誘えばいいのに、さては遂に振られたのか。
振った女子は正しい判断をした。
は見ず知らずの鬼道の想い人(仮)に拍手を送った。
「行きたいとこあるなら1人で行けば? それか好きな子でも誘えば?」
「俺はを誘っているんだ」
「しつこい」
「・・・今度練習試合をするだろう。そこの学校が週末に試合をするから誘っているんだ」
興味がないなら無理にとは言わないが、ないのか?
断れないとわかっている上で尋ねてくる鬼道の顔は悪企みする策士そのもので、はまた、偶然手に取っていた分厚いファイルを鬼道に向かって振り下ろした。
今度は鬼道も笑みの維持で気が削がれていたらしく、すべてを避けきれずにファイルにずさりと頭部が抉られる。
どうせ当たるのならばもっと強度のあるものにすれば良かった。
は無意識のうちに手加減してしまった己が優しさを少しだけ後悔した。
「鬼道のそういう回りくどいところ嫌い」
「生憎とこれが俺の性格でな、慣れてくれ」
「好きになる予定ないから慣れる必要もない」
「俺は好きだが、の白黒はっきりした物の言い方」
「あっ、そう」
褒められてもちっとも嬉しくないし、そもそも褒められているのか自制を促されているのかわかったものではない。
興味がないのか、それとも行くのかと確認してくる鬼道に、大変不本意だが行くと答える。
鬼道と出かけず1人で観に行くというのも1つの手だったが、そこまでしてもしも向こうで円堂や鬼道と会ったら居心地が悪い。
鬼道の誘い断ったから忙しいと思ってたのに、なんで来てんだとでも円堂に訊かれてみろ。
意地悪を通り越した苛めをしていると知られてしまうではないか。
二重人格者ではないしいい子ぶるつもりもないが、は円堂の前で姑息な手は使いたくなかった。
「じゃあ明日、8時半に駅前で待ち合わせだな」
「1秒でも遅れたら置いていく」
「多少遅れてもいいから、道中気を付けて来るんだぞ」
「いちいちうるさい」
細々とどうでもいいような事ばかりぺちゃくちゃと喋りやがって、今度こそ本当に油缶でぶちのめしてやろうか。
は鬼道が部室から出て行ったことを確認すると、ぼそりとめんどくさと呟いた。
共通の趣味を持っているはずなのに、まったく会話が盛り上がらない。
ただただ黙ってじっと、フィールドで繰り広げられている試合を観ているだけ。
わあきゃあと応援の歓声が上がる中、鬼道とは終始無言を貫いていた。
思えば今朝、出会ってから交わした言葉はおはようだけである。
人との関係は挨拶から始まり挨拶がすべてというが、挨拶をしても何も始まっていない。
話すことはあるにはあるのだ。
だが、それを今隣で真面目に観ているに話していいかといったら、うるさいしつこい黙れと叱責を受けそうで切り出せない。
こういう時、場の空気などさして考えることなくとコミュニケーションが図れる円堂が羨ましいことこの上ない。
ここに彼がいたら、確実に自分は蚊帳の外だが。
「」
「今観てるから、急ぎじゃないなら話しかけないで」
「・・・このチームは正面突破を狙う典型的な魚鱗の陣で挑んでくる。ならどう出る?」
「中央でパスカットして、広くフィールド使って両サイドから揺さぶりかける。もしくは、FWとMFたちを完全に分断してシュートすら打たせない」
「そうなると、中央にはを入れるべきだな。カットして繋ぎ、フィールド全体を見渡すことができる奴が中心にいるべきだ」
「じゃあ鬼道は私の隣か。嫌だけど仕方ない、か」
ようやく繋がり始めた会話のパスに、鬼道はほっと胸を撫で下ろした。
このまま、肝心の試合でのフォーメーションについても話せなかったらどうしようかと思っていた。
ただでさえ冷たいが部活外ではどれだけ冷ややかなのかという危惧もあったが、どうやらこれが冷たさの限界らしい。
人は、最低を見れば奮起できる。
これより下になる扱いがないとわかれば、後は向上あるのみだ。
鬼道は思わず口元を緩めた。
緩めた直後に気味が悪いと言われたが、これも割と言われ慣れてきたので今更特段傷つきはしない。
「1人でニヤニヤしてほんと気味悪い」
「、1つ質問してもいいか」
「なに」
「試合を観ているはずなのに、どうして俺が笑ったと気付いた? 試合を観ていなかったのか?」
「自惚れないでくれる? 人と話す時は人の顔見て話せって習わなかったわけ?」
「ほう? いつも俺をいないもののように扱っているの口からそんな殊勝な言葉が聞けるとはな」
「ほんとうるさい鬼道。私が試合に出た時のこと考えてくれてありがとうって言う前で良かった」
「ありがとうと思っていたのか。気にするな、チームとして当然の事を考えただけだ」
「だからもう黙れ鬼道。人の揚げ足取るな」
照れて怒って、可愛いところもあるんだな。
いい加減にしないと切れるから。
の手に握られたステンレス製の水筒が、鬼道の後頭部を強襲した。
え? 後頭部のたんこぶはその髪型で見えないからいいでしょ