狸寝入りの向こう側
「・・・おい。」
「・・・・・。」
「・・・おい、こら。狸寝入りもいい加減にしろよ。」
努力してそこそこドスの利いた声を出してみたけれど、相手は全く反応しなかった。マジかよ、とさらに悪態じみたものをついてみたが、やはり反応はなかった。
そもそも、悪態ではない。
この相手に悪態らしい悪態をつけないのは、自分が甘いからだろうか。
はぁ、とため息をついて、半田は目の前でくぅくぅとかわいらしい寝息を立てている幼馴染みを見下ろした。
「おーい。。」
反応がないことはある程度わかっているが、それでも半田は目の前の相手の名前を呼んだ。そして案の定、反応はなかった。
「かわいいかわいい女神のようなちゃん。」
・・・・・。
「・・・マジ寝かよ。」
はぁ、と再びため息をついて、半田はどうしたものかと思案した。
半田宅、半田の自室。
そして半田のベッドで、は安らかな寝息を立てている。
そもそも、明日サッカー部の練習休みだよね遊びに行っていいよね答えは聞いてないけど、と言い出したのはだ。
答えは聞いてない、あたりに性格の表れを感じるが、まぁそれはいい。もう慣れた。それにが殊勝だったり謙虚だったりしたら、それはそれで怖い気もする。
は、だからいいのだ。別に殊勝になってほしかたったり、謙虚になってほしかったりするわけではない。
そしてが家に来ることは、嫌ではない。
ここ最近サッカー部の活躍はめざましく、それに比例して練習量も多くなってきた。加えて半田には、サッカー以外にも戦わなくてはならない相手が出来た。
誰とは言わないが。
まぁそんないろいろがあって、なんだかんだ忙しかった。だからのんびり過ごすのもいいかと思っていた。
思ってはいたのだが。
「来て早々寝るとか・・・それはありなのか。人として。」
はぁ、と三度目のため息をつき、半田はベッドの上の幼馴染みを再度眺めた。さらさらの髪が半田の枕の上に散っている。規則正しい呼吸と、穏やかな表情。
「・・・疲れてんのか?」
ベッド脇に腰を下ろし、つん、とその頬をつつく。白くなめらかな肌は、触れると随分やわらかかった。
「まぁ・・・ここ最近、いっつも練習見に来てるしなー。」
見に来るだけではない。それこそプロのスポーツ選手にだってここまで熱心なファンはいないのではないかと思うような応援ぶりなのだ。
弁当水筒当たり前。そのうち横断幕でも作りそうな勢いだ。
応援されて悪い気はしない。その視線の先に自分がいるのだとわかっていればなおさらだ。
ただ応援に来る目当ての人間がいることに、かなり神経を削ってもいるわけだが。
それでもの作る弁当は半田のためだけのものだし、声援も概ね半田におくられている。そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「。」
名前を呼ぶ。そっと。眠っているの前髪をかきあげ、その頬を撫でた。
「いつもありがとな。」
手を取って、指を絡める。そっと。
大事に大事に。こわれものを扱うように。
かわいい幼馴染み。強くて、けれどほんのちょっとしたことで傷ついてしまう。
だから大切にする。この手で守る。
外でこんな事はしないけれど、ここは家の中だ。誰も見る人間はいない。咎めるものもいない。燃えたボールが迫ってくることもない。
遠慮することもない。隠すことも。
「俺、お前のことすごく好きだ。」
握られた手。ただ握られているだけではない。指が絡められて、その上でしっかり握られているのだ。
はそろりと身体の姿勢を変えて、半田の方へと顔を向けた。握られた手が離れないように細心の注意を払う。
「・・・びっくり、したぁ・・・。」
ほぅ、と息を吐く。空いている方の手を胸に当てる。普段よりも早い鼓動。
言われた言葉は、そんなに珍しくはない。自分が強請って言ってもらうことがあるくらいだ。初めて聞いた訳じゃない。
でも、その言い方が。
自分に触れるその触れ方が。
いつもとは全然違っていて。
こんな風に触れられたことはなかった。
こんな風に好きだと言われたことはなかった。
上手く表現することも、言い表すことも出来ないけれど。
とても大切だと、言われた気がした。
「・・・でもさ、なにも寝てるときに言わなくてもいいじゃん。なぁんで起きてるときに言ってくれないかなー。」
そう言ってはいるが、実は自分の顔が紅いだろう事を、は自覚している。
正面切って言われていたら、自分がどうなっていたか想像できない。
ほんの、ちょっとした悪戯心だったのだ。寝たふりをして、半田がどう出るか試してみようと思った。
きっとなにもしないだろうなぁと思いながら、ほんのちょっぴり・・・いや、実は結構、『なにか』あることを期待したりして。
期待通りにはいかなかった。
でも、期待していたよりもずっと。
「・・・私だってねぇ。真一のこと、誰より誰よりだーっれより、好きなんだよ。」
の手を握ったまま、ベッドに突っ伏すようにして眠っている半田を眺める。疲れているんだろう、起きる気配はない。
「もっとさ、こう、ほら! 私の隣に来るとか、ベッドで一緒に寝るとか! しちゃえばいいのにー。」
言いつつも、それでもこれが半田なのだとわかってもいる。
自分は、大事にされている。
そっと髪を撫でた。自分の髪と比べると大分かたい髪。それでもこの髪の感触が、決して嫌いではない。
「・・・えへへ。」
ころん、と半田の顔の近くに顔を寄せる。とても近い距離。前髪が触れ合うほど。
誰にも譲らない。たった一つの特等席。
手を繋いで、しあわせな夢を見る。
きっとこれから先も。ずっと。
終
後記もどき
お誕生日、おめでとうござい・・・ましたー!(遅い)
大変遅くなってしまいました・・・。そして風華さんのお嬢さんを無断拝借してしまい申し訳ありません。ご要望があればいつでも土下座の準備が・・・!
半田がお好きとのことでしたので、半田とちゃんにしてみました。正当な設定ではなく、幼馴染み入れ替え設定の方で重ね重ね申し訳ありません。
実は半田は、ちゃんが起きていることも全部わかった上でやっていたら、かっこいいなと思っています。
幼馴染み半田おいしいです。
問題。果たして風華さんは、この半田以上にかっこいい幼なじみ半田を書くことがこれから先できるでしょうか。
答え。無理。
そのくらい素敵なプレゼントを、しかも駄々捏ねてわがまま言ったせいだか我が家のヒロインで書いて下さいました。
これが天井が果てしなく高い方の実力です。
私と大違いですね、本当に作中の半田も蒼維さんもかっこよすぎて後光が見えてきます。
さすがは女神様です、拝み倒したくなるくらいに神々しいです。
しかし私は、頂き物ではここぞとばかりに半田をもらいまくりです。半田の時代が到来した気がします。
あんまり半田がかっこよすぎて、これに小話つけるのがもったいないくらいだったので皆様は、あと3回ほど読み直すことをおすすめいたします。
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