法廷に行くまで愛を叫ぶ
男は、好きな女性を手に入れるためならば何だって尽くす生き物だ。
そして、結婚なりしてひとたび手に入れてしまえば、彼女は他の誰にものにもならないと判明するので尽くすことも男を磨くこともやめる。
結婚前どころか20年近く前から知っていたが、もれなくこの男もそうだったか。
は改めて突きつけられた現実に、夫の上着ポケットから発見したきつい匂いの染み込んだカードをくしゃりと握り締めた。
ほう? ほうほうほう? ほほほほほう?
妻に尽くす甲斐性はないのに、お店の女の子に尽くす健気さは持ち合わせているのか。
我が夫は人の見境なく無愛想な男だと思っていたが、どうやらそれはこちらの思い違いだったらしい。
は風呂から上がってきた夫に、結婚して以来もっともきらきらと輝いた笑顔を見せた。
「・・・どうしたんだ、いきなり」
「別に―? ちょっと面白いことがあっただけ」
「ドラマか? サッカーか?」
「ノン。修也の身辺整理してたら面白いもの見つけて、それでどうしてくれようかなって考えてんの」
「・・・・・・違う、ちょっとした出来心だったんだ。俺は断ったが、無理やり連れて行かれたんだ」
「私まだなぁんにも言ってないのになんでそんなに挙動不審? さては何か隠してる?」
「・・・、右手が握り潰しているそれは何だ」
「調停離婚に持ち込んで私が有利になるための大事な法的証拠」
何を持っているとも、何に対して面白いと思っているかも一言も言っていないにもかかわらず、豪炎寺の顔色がみるみるうちに変わる。
だから彼はいつも遅いのだ。
自分の妻がこういう性格だと知っているだろうに、夫婦という一見安定して見える地位に安穏と胡坐を掻いているからこうなるのだ。
はくしゃくしゃになった紙切れを豪炎寺に突き出した。
「自分でも持て余してるらしい煩悩こっちに押しつけられても面倒だから行くなとは言わないけど、こそこそしてたら何か裏があるんじゃないかって思うでしょ」
「どこぞの誰かのように、某有名海外チームでプレイいているサッカー選手と熱愛報道されていたほど大っぴらにはしたくないがな。何をどうしたらあんなことになったんだ」
「仕方ないでしょ、私美人だからどこいたって超目立つの。その気になればいつでも向こうと縒り戻せるって忘れないこと」
「人のお古で手を打つほどあいつらも落ちぶれてはいないだろう」
「世の中人妻ばっかり集めたお店なんてのもあるんでしょ? 私もよく言われるもん、前よりもっと綺麗になったから修也に飽きたらいつでも来いって」
結婚した時から鮮度には欠けてたから、そろそろ新しいダーリンに乗り換えしようかなあ。
今ならまだお互い若いしちょっとした事故で済みそうだし、どう思う修也?
人生一度きりの結婚を接触事故で済ませ、なおかつ携帯電話の会社変更並みのお手軽さで考えているに豪炎寺は頭を抱えた。
にとっては事故かもしれないが、こちらにとってとの結婚は一生のうちで1,2を争う椿事だったのだ。
飽きたからすぐに乗り換えるなど、ゲームソフトのような言い方はやめていただきたい。
結婚という名の雇用期間の定めのない永久就職をさせたと思っていたのはこちらだけだったのか。
実は期間の定めがある契約就職だったのか。
豪炎寺はぞっとした思いでを見つめた。
「、まさかとは思うが婚活なんてしてないだろうな・・・?」
「そんなまだるっこしいことしなくても私人気だもん。何かあったらここに連絡しろってほら、鬼道くんが知り合いの弁護士さん紹介してくれてるし。
後腐れなく綺麗さっぱり離婚届に判子押せるって有名な先生なんだって」
「嵌められた」
「は?」
「たまには気分転換もどうだと珍しく鬼道が誘って連れて行かれたが、裏はそこか」
「さっすが鬼道くん、熱愛報道出た時も上手に対処してくれたしねえ。むしろあの手際の良さで結婚したくなった」
「鬼道はどこも、褒められるようなことはやっていない。あいつはただの別れさせ屋だ」
「何やっても一流な鬼道くん、やっぱり素敵超かっこいい」
修也も悔しかったら鬼道くん張りに私に尽くしてみなさいよとつつかれ、豪炎寺は黙って頷いた。
の言うとおりだ、このままだとどんな揚げ足を取られて結婚生活にピリオドを無理やり打たれるかわかったものではない。
まずは鬼道に厳しく抗議し、人の妻を誑かすなと五寸釘を50本ばかり刺しておこう。
次結婚式挙げる時はこんなドレスがいいなと早くも再婚ライフプランを考え始めているを、豪炎寺は後ろから抱き締めた。
まったくもう、甲斐性なくて愛想悪くても修也選んだ私の愛をなぁんんで意識してくれないわけ