バッカスの酒宴にメデューサ
サッカーばかりやっていた、心身共に元気な中学校時代はもう遠い過去の話だ。
今は程良く疲れやすくなり、ほいほいとサッカーをできるようなフットワークの軽さもなくなった。
テレビで中継されているサッカーの試合を観れば、かつてのチームメイトが割と出場しているので応援はする。
応援するだけで、じゃあ俺もサッカーやろうかなどとは思わない。
サッカーをやっていたあの頃を思い出し、肴にして酒を飲むだけだ。
半田はあの頃は楽しかったなあとぼやくと、ジョッキにわずかに残っていたビールを呷った。
「あの頃って、今は楽しくないのか?」
「昔みたいに馬鹿やって騒げないだろ、今は。ほんとあの頃滅茶苦茶してたよなー」
「そうか? 俺はそんなに無茶をやった覚えはないけど」
「そりゃ風丸は昔から風丸だよ。俺の青春浮き沈み激しかったから」
「そんなもんだろ、青春なんて」
はははと爽やかに笑いグラスに口をつける風丸は、それなりに飲んでいるというのにちっとも乱れていない。
酒豪なのかはたまた実は既に酔っていてこれから乱れるのか、半田は妙に冷め切った頭で周囲の面子を分析してた。
特別酒に強いわけでも弱いわけでもなく、勧められるがままに飲み適当なところで切り上げる術を身につけたので、酔おうにも酔えない体質になったのかもしれない。
「あー、を撫でたい・・・」
「風丸、言ってたけど今もそうなのか? てかあいつじゃなくなったけど」
「うーん、それがガードが固くなっちゃってさ。は変わらず懐いてくれてるんだけど・・・」
「あいつが厳しいのか」
「そう。俺はただをぎゅってしたいだけなのに。悔しいから、狭量な男は嫌われるぞって言ってやった」
「結構きつい事言うのな、風丸。お前に言われたらあいつ本気にするぜ?」
「本気になったら心が広くなってまたを撫でられるだろ? ははっ、俺結婚できないかも」
「駄目だよ風丸くん、風丸くんが結婚しなかったら半田は一生独身って決まっちゃうじゃん」
半田そこどいて私は風丸くんの隣に座るからと言い、間に割って入って来た下同級生を呆れたように見つめる。
飲んだくれて酒臭く、むさ苦しい男たちの中に入っても何も思わないのか嬉々として風丸にくっついている。
やっぱり風丸くんがいい、大好きとすり寄るは昔とちっとも変わらない。
これが人妻なのか。
これをやっても許してくれる寛大なダーリンだったか、あいつは。
ダーリンの制裁が、治外法権絶賛発動中の風丸ではなくこちらに来ることが怖い。
半田はうっすらと酔いかけていた心地良いまどろみから一気に覚醒した。
元々冴えてはいたが、今の冴え方は危険を察知した動物本能的な目覚め方だ。
浮き沈みの激しい青春時代を過ごしたおかげで身についたのだ。
それもこれものせいだ。
のせいで、今も沈められかねない危機に直面している。
半田はちらりと別テーブルで円堂たちと杯を交わしているダーリンを見つめた。
円堂たちと飲んでいるはずなのになぜだろう、ばっちりと目が合った。
「、ちょーっと風丸から離れような?」
「私じゃないし。いつまで半田、私のことって呼ぶつもりなの」
「俺にとっちゃお前はいつまでもなんだよ。それに世の中出戻りってのもある」
「言うに事欠いてなんてこと言うの! そんなことしませんー、なっかよしですうー」
「なっかよしなら風丸じゃなくて旦那にくっつけよ! 怖いの、お前のダーリンの目、超怖ぇの!」
「目ぇ? 別に直接見えてるわけじゃないでしょ。綺麗なお目目してるんだよ、初めて見た時あんまり綺麗だったからびっくり固まっちゃって、メデューサの生まれ変わりかと思っちゃった」
「惚気るな! 惚気ず大人しく風丸から離れろ風丸も何か言えよ」
「はいつ見ても可愛いなあ。分身ディフェンスして3人まるごと俺のとこに来ればいいって言った日が懐かしいよ」
「分身ディフェンス今からでもするよ? ねーえ、ちゃんとお家帰るから1人風丸くんにあげていーい?」
「駄目に決まっている。だが・・・、誰もに愛されるような人を妻にできた俺は世界一の幸せ者だな」
俺以外も幸せに気分にするのもいいが妬けるから半田、ちょっと。
にっこりと微笑まれ手招きされればもう逃げられない、まさしくメデューサに見入られた。
お前も大概甘いがああまで許すとは、どういう料簡をしているんだ。
それはこっちの台詞だと言い返してやりたい。
なんで風丸じゃなくて俺なんだと言いたい。
しかし、それを言ったところで目の前の旦那様は聞いてはくれない。
そういう役回りなのだ。
なんだ、今も充分浮き沈みが激しく、あと5秒ほどで沈没させられるではないか。
「! 今ならまだ間に合う、黙って風丸からダーリンに抱きつきシフトチェンジしろ!」
「やだー、風丸くん半田が苛める!」
「よしよし、いいじゃないか半田、別に。それにあんまり言ってると半田がの旦那さんみたいに見えてきた」
「・・・ほう?」
「ばっ、風丸お前実は酔ってんだろ、今日過激発言多くね!?」
半田、俺を差し置いて旦那呼ばわりとはまさかお前は人妻好きだったのか?
今にも握り潰さんばかりの握力で肩をつかんでくる本物のダーリンの顔を、半田は直視できなかった。
そして宴も進んだあたりで、拍手お礼に続く