着ぐるみに推しを込めて
昔からふらふらと都合の良い夢見がちな子だったが、ついに徘徊癖まで身についたらしい。
豪炎寺は他人の私室を我が物顔で歩き回るに、おいと声をかけた。
本棚の前で立ち止まったがじっくりと中身を物色している。
うーんと唸り声が聞こえるが、女子中学生の目に触れさせたくない代物でも見つけたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
あれらは今日のような有事に備え、初めからクローゼットの上の段に隠している。
ベッドの下、炬燵の中、机の引き出し。
これまでも様々な低位置に潜ませてきたそれらだが、度重なるの襲撃を経てこちらも学習したのだ。
は、自分の背が届かない範囲には手を出さない。
とはいえ、ひょっとしたらサッカー選手の写真集とカバーだけ入れ替えたサッカー選手ではない人物の写真集をまだ手元に置いていたかもしれない。
豪炎寺はの隣に並ぶと、彼女の視線の先を探った。
「あれーないのー?」
「何を探してるんだ」
「修也、選手名鑑とか持ってないの? 全国中学サッカー選手名鑑」
「なんだ、あれか」
「なんだ? なぁに、私がまたエロ本チェックしてるとひやひやしてたの? 確かに最近全然見つけれてないけど・・・」
「宝探しみたいに言うんじゃない。ほら、これでいいか?」
「そうそうこれ! 借りるねー」
サッカーについては常に受け身なが自ら進んで選手に興味を持つなどありえない珍事、いや椿事だ。
先週も他校の試合を観に行ったが、レーダーとやらに反応するような優秀な選手もイケメンとやらもいなかった。
豪炎寺は、リビングの椅子に座るなり選手名鑑を開き真剣な表情でカレンダーの裏紙に名前を書き始めたを見下ろした。
ピックアップされているのはいずれも日本をはじめとした各国代表や、候補として名を連ねた選手ばかりだ。
さすがは、見る目はある。
当然のようにピックアップリストの2番目に書かれていることに満足し、幼なじみの隠そうとしないセンスを労うべく食後のココアを淹れに行く。
リストの最上段はもちろん風丸だったから、銀河系で一番は実質自分だ。
気分が悪いわけがない。
「うーん、難しい~~!」
「ドリームチームの編成でも考えてるのか? 随分とFWに偏っているが」
「そりゃ各チーム10番は花形でしょ。これでもだいぶ削ったんだけどね」
「ベンチ入りは考えていないのか? DFが少なすぎる、カウンター対策は?」
「だって12人って決まってるじゃん。ねーどれだど思う~って訊けないのか、うーんもやもやする~」
「12人? 、何してるんだ」
「修也たちがコラボするキャラクター、誰が何になるのか予想してんだけど」
「・・・・・・」
「あっ、修也は何も言わなくていいからね! まあ修也はサッカーしてる時はイケメンだしサッカーしてなくても顔だけはイケメンだから絶対入ってると思ってるんだけど、それはそれとして何も言わないでね!」
カレンダーの裏紙に書かれたイレブンプラスワンの隣に、確かに世間で大人気の愛くるしいキャラクターの名前も書かれている。
ああ、あれか。
そういえば少し前にそんな撮影があったけど、やっと公表されるのか。
確かに立場と契約上、誰にも何も話せない。
いくらが家族同然の腐れ縁の幼なじみだろうと、言えないものは言えない。
もその辺りは理解しているらしく、しきりに何も言うな、顔にも出すな、こっちを見るなと厳命してくる。
リスクマネジメントもできるようになったとはも成長した。
これからはもう不用意に不審者に近付いたりアイアンロッドを振り回すこともなくなるはずだ。
この調子で次はアンガーマネジメントの習得にも励んでもらいたい。
地下の修練場で学べるものなのか、一度響木に確認しておこう。
「風丸くんは当然として、円堂くんと鬼道くんも入ってると思うのよね。吹雪くんと悔しいけどアフロもいそう」
「どうかな」
「この辺のダーティぶってるキャラはあっきーで良くない? 悪そうに見せて実はめちゃくちゃいい奴って設定とかいい線いってると思うけどなあ」
「俺は何だと思う?」
「えーうーん・・・、言わない」
「言うくらいいだろう。俺の無表情ぶりをは知ってるだろ」
「いいや、言わない! 確かに修也はムッツリだけど、こういうのは抜け駆けとか良くないから! 抜け駆けと匂わせと映り込みはコン・・・コン・・・コンフィデンス!違反だからね!」
それを言うならコンプライアンスではないかという指摘が口から飛び出しそうになったが、一之瀬と並んで英語の成績は良かっただから、コンフィデンスでも合っているのかもしれない。
迂闊に訂正をれて腹を立てられても面倒だ。
豪炎寺はテーブルの隅に置かれた選手名鑑をぱらぱらと捲った。
コラボ予想に飽きたのか、は携帯を弄っている。
もしもし笹波くん?
突然始まった聞いた覚えもない男との通話に、豪炎寺は手の中の冊子をぐしゃりと握り潰しかけた。
「うん、そう、そう、予想できた? あーやっぱり? だよねー」
「」
「ちょっと今電話中なんだけど。あ、ごめんね、うん、うん、それで?」
「!」
「もーなんなの! ごめんね笹波くん、じゃあまた今度!」
夕食後のじっくりどっぷりリラックスできるプライベートタイムに、が男と親しげに通話している。
誰だあれはと詰め寄ると、笹波くんだけどと淀みのない答えが返ってくる。
念のため選手名鑑を確認するが、そんな名前の選手はいない。
まさか、この台詞を口にする日が来るとは思わなかった。
豪炎寺はすうと息を吐くと、再びリストと睨めっこを始めたの横顔に問いかけた。
「誰だ、今の男は」
「だから笹波くん。長崎に住んでるんだって」
「そんな遠くの奴とどうやって知り合ったんだ」
「ネットで。会ったことはないんだけどサッカー詳しくてね、コラボでどっちの方がたくさん当てられるか競争してんの。楽しそうでしょ」
「会う約束をしたり、お金をもらったり、自撮りを送ったりしてないだろうな・・・」
「するわけないでしょ。修也私のこと馬鹿にしすぎ」
「だってはバ「は?」・・・バカンス気分で相手に会いに行こうとするなら全力で止めるからな」
「はいはい。てか修也、しれっとしてるけど自分が主人公のマンガは連載されるしグッズは出るしコラボもたぶんされるんだろうし、すごくない? まあ私の幼なじみ名乗ってんだからそのくらいすごいのは当たり前なんだけど」
今度は棚に飾ろうかなあと呟いたが、あっと叫んだ直後今のなしと声を上げる。
今度ということは、前もその前もずっと買ってくれていたのかもしれない。
一言言えばプレゼントしてやるのに、言わずにこっそり揃えているのファン行動に顔がにやけてくる。
買ってない、集めてない、風丸くんの横に並べてるだけと必死に弁明しているが、それはそれで不可解な配置なので家を訪ねた時にポジション替えをしておこう。
勝手に自爆して臍を曲げ客室へ引きこもってしまったを見送った豪炎寺は、改めてリストを手に取った。
キャラクターの特徴と選手の特性が書き込まれ、紙が賑やかになっている。
これだけ選手のことがわかっているのに、なぜその能力を積極的に使ってくれないのだろう。
このままではサッカー界の宝がぬいぐるみとクリアファイルの山で埋もれたままだ。
「発表は明日だったかな・・・」
発表時刻を過ぎたらをうんと褒めて、ほんの少し揶揄ってやろう。
豪炎寺はリストの自身の名前の位置に、とびきり大きな花丸を書き足した。
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