出会いは億千万の恐怖心




 第一印象は大切だ。
こちらはそれがファーストコンタクトにカウントしていなくても、向こうにとっては自分をその他大勢ではなく1人の人間と認識した時が出会いだ。
グラウンドの周りに群がっていたギャラリーの中から、1人の赤の他人の女の子の姿を認めることは不可能に近い。
しかし、それらをいくら弁解したところで印象は好転しない。
むしろ、うだうだと終わったことについて屁理屈を連ねる男として更に悪い印象を与えてしまいかねない。
鬼道は明らかにぴりぴりびくびくかちこちと緊張しているを見やり、小さくため息をついた。
はとてもわかりやすくこちらを怖がっている。
反抗しようとして口を開いた直後には、決まって瞳に怯えの色が走る。
帝国時代にやった数々の行為にリセットボタンを押すことはできないが、今は違うとだけでも伝えたい。
そう心に決め幾度かに話しかけてはいたが、その度にぎこちない対応をされ名誉挽回のチャンスは未だに訪れていない。
鬼道は理科準備室で黙々と、やたらぎこちない手つきで実験道具を片付けているの名を呼んだ。





「それはそこじゃなくてあっちの棚だ、
「ちょっと間違っただけじゃん・・・」
「そうか。次からは間違えないようにしてくれ」
「好きで間違ってるわけじゃないってば」
「・・・いい、俺がやる」
「いいよ鬼道くん私がやるってことになってんだから」





 理科ができないがじゃんけんに負け実験道具の片付けを始めた時点で、鬼道は今日の部活の遅刻を覚悟していた。
メスシリンダーとビーカーの区別もろくにできないが所定の位置にすんなりと片付けられるわけがない。
指摘をしなければ、理科準備室は一瞬のうちにサイエンスラビリンスへと姿を変えている。
鬼道はまたため息をつくとに歩み寄った。
2歩近づくと、が3歩後退する。
手伝うから手に持っている本を渡してくれと頼むと、あろうことかはぎゅうと本を抱き締めやだと言い張る。
人の行為をなぜあっさりと受け取らないのだ。
半田や円堂、風丸たちには行為をせがむのになぜ与えらえる行為は拒絶するのだ。
やはり嫌われているのだろうか。
本当は、話しかけるどころか近付いてほしくないとでも思っているのだろうか。
鬼道は心のもやもやと抑えることができず、強い口調でに言い放った。





「そうやって遅く片付けるのは、俺を部活に行かせたくないからか」
「は!?」
「そんなに俺が気に入らないのか。どうせ、また俺が半田たちを倒すとでも思ってるんだろう」
「ばっかじゃないの、この人」
「なんだと?」
「う」





 しまった、またいつもの癖でつい強い口調で喋ってしまった。
よほど怖かったのか、俯いたままぶつぶつと呟いているがまた一歩後ずさる。
あ、危ない。
足元に無造作に落ちていた暗幕に足を滑らせたがずるりと後ろに倒れる。
これ以上後ろに倒れたら壁に頭をぶつけてしまう。
鬼道は無意識のうちにに手を伸ばした。
強引に腕をつかむと、が抱えていた本が足の上に落ち痛みに思わず顔をしかめる。
転ばず留まったがはっと我に返り、腕を振り払って再び間合いを開ける。
目を合わせることも嫌なのか、の顔は伏せられたままだ。
鬼道はゆっくりとしゃがみ込むと足の上に載っている本を拾い上げた。
本を見ていたのか、が本が持ち上げられると同時に顔を上げる。
本以下の興味しか抱かれていないとは、つくづく嫌われている。
ここまで嫌われていてはもう、これから先何を言ってもの心には響かないだろう。
無言で本を棚に仕舞っていると、背後からがあのと声をかける。
今度は何だ。
自分で片付けるはずだったものを勝手に片付けるなとでも言うつもりか。
ならありうる。
鬼道は、が無理難題を押し付けたがるクレーマーだと知っていた。





「あの、鬼道くん」
「悪かった」
「何が?」
「なんだっていいだろう。にとっては、俺の存在そのものが悪なんだろう」
「・・・・・・」
「足元には気を付けろ。安心しろ、今日は部活には行かない」







 教科書やノートならまだしも、図鑑を落としたのは少しまずかったかもしれない。
足に違和感がないわけでもない今日は、大事を取ってサッカーはしない方が良さそうだ。
それに、今半田と顔を合わせるのはなんとなく気まずい。
鬼道は無言を貫き通すを残し、準備室を後にした。



































 愛情に差があるのは仕方がないが、少しはTPOを考えていただきたい。
これでは今日も部活に行きにくいではないか。
鬼道は半田や風丸にまとわりつくを視界に入れ、表情を険しくした。
昨日の今日で、いつもよりも更にを見るのが辛い。
仲良くなれるとは端から期待していなかったが、現状維持どころかマイナス成長をしてしまったのが昨日だからがまったく異なるコミュニティーの住人にしか思えない。
との仲が悪化した原因はこちらにある。
が怖がり、嫌うのも当然のことを何度もしたこちらが悪い。
鬼道は極力平静を装うと半田たちに声をかけた。
事情を何も知らないらしい半田が、暢気によう鬼道と返してくる。
どうやらは幼なじみにも話していないらしい。
話すために自分との出来事を思い出すことすら嫌だったのかもしれない。
きっとそうに違いない。
鬼道は自嘲の笑みを浮かべるとの前を通り過ぎた。
相変わらずの視線は地面にばかり向いている。
いつもははきはきと人の顔を見て話す快活な子なのに、自分を相手にするとはつらつさは影を潜める。
それもこれも、すべては嫌われているからだ。
1人でわかりきった質問の答えを導き出した鬼道は、ふいに後ろから制服をつかまれ立ち止まった。
新手の遊びかと思い振り返り、意外な遊び相手に目を見張る。
はぱっと手を放すと、ポケットの中からやたらと臭う1枚の物体を差し出した。






「これあげる。あ、えっとですね・・・、昨日はありがと・・・」
「・・・、これをずっと持ち歩いていたのか・・・?」
「ぬるくなったかもしれないけどそしたら温湿布ってことにして」
「いや、訊きたいのはそこじゃない。・・・俺が嫌いなんじゃないのか?」
「嫌いだったらたぶん鬼道くんのことマントとかゴーグルとか言ってる」
「・・・?」
「ああ、は嫌いな奴はまともな名前で呼ばねぇから。良かったな、鬼道にそれ渡せて。朝からちょっと湿布臭かったけどこれでやっと解放されるよ」
「む、ひっどい真一! 私、鬼道くんのことそこまで嫌いじゃないよ。足、ごめんね。ほんとありがと」





 なんで鬼道くん難しい顔したまんまなの?
はっ、もしかして鬼道くんこそ私のこと嫌いなんじゃ!?
はにかみ笑いをあっという間に曇らせていくに、鬼道は慌てて笑い返した。






ところで鬼道、昨日と何あった?




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