敵に見せるのは背中だけ




 教室の窓から、隣のクラスの体育の時間を見守る。
あの子は速い、こっちには勝てそう。
うわ、やっぱ風丸くんめっちゃ速いじゃん大丈夫かな。
名前が全員わからないので、ひとまずノートの隅にゼッケンナンバーを書き控える。
雷門中はもうすぐ体育会だ。
体育の授業も短距離走やフォークダンスに組体操と、体育会仕様になってきた。
は終礼のチャイムが鳴り終わると同時に立ち上がると、豪炎寺の机にノートを広げた。



「ほら見て、すごいでしょ」
「ここの計算式間違ってるぞ」
「そういうんじゃなくて! 修也とかけっこでいい勝負しそうな子のゼッケン書いたげたの!」
「そんなことをしてるから計算を間違えるんだ」
「だーかーらー!」



 豪炎寺は足が速い。
晴れの日も曇りの日もサッカーグラウンドを駆け回り、雨の日も自宅で黙々と筋トレに励んだ日々が豪炎寺の体育会無双を生み出した。
小学生から去年まで、運動会や体育会で開催される短距離走でナンバーワン以外の旗を手にしたことはない絶対王者だ。
2位に甘んじている豪炎寺など今更見たくない。
2位になって落ち込んでいる彼を慰める方法など知らない。
知らないことはやりたくない。
だから今年も頑張ってもらわなければならない。
私の幼なじみは体育だけは超絶できるイケメンなのよと、今年も胸の中で叫びたいのだ。



「やっぱ風丸くんが最大のライバルね。どうなの修也、勝てそう?」
は俺と風丸が同じ組で走ったらどっちを応援するんだ」
「そりゃもち風丸くんでしょ。今ねー、お家で応援うちわ作ってる」
「・・・」
「でも修也が一等賞じゃないのは気に喰わないから、それはそれで頑張ってほしい」
「孤立無援の中走れと?」
「いやあ、修也の顔ならたぶん雷門でもとっくに勝手に豪炎寺くん大応援団とかできてると思うよ」



 ひょっとしたら木戸川からも元祖豪炎寺くん応援団が駆けつけるかもしれない。
彼女たちの熱の入った声援の威力は絶大だ。
およそ中学生の徒競走に向けるとは思えない熱量で繰り出される圧力は、豪炎寺の対戦相手を簡単に震え上がらせる。
そろそろタイムアタックに変えた方が公平なのではないかと思うくらい、ギリギリ迷惑のラインを踏みつけている。
だから豪炎寺は決してひとりではない。



「風丸が勝ったらどうなるんだ?」
「さすが風丸くん超かっこいいってなる」
「俺が勝ったら?」
「当たり前でしょってなる」
「雑だな」
「は? 修也が体育会系の種目で他の人に負けるわけないでしょ? 何のために毎日鍛えてんの」



 とはいえ、元陸上部の風丸の脚力は豪炎寺を遥かに上回る。
競技中の必殺技は禁止されているが、そうでなくても風丸は速い。
そこがかっこいい。
一等賞の旗を掲げ、太陽に照らされながら明るく笑う勝利の勇姿を見たくてたまらない。
許されるならば写真を撮って額縁に収めたい。
そうだ、両親にお願いしておこう。



「あのさ、豪炎寺。転校したてで知らないだろうから教えとくけど、風丸とは同じ紅組だから対戦できないぞ」
「円堂、そういうことはもっと早く言ってくれ」
「ごめん、でも一之瀬のクラスとは当たるから、そっちに切り替えていこうぜ!」
「秋ちゃんには悪いけど、一之瀬くんには絶対に負けないでよね」
「わかってる」



 わかるんだ、すげぇな豪炎寺。
ていうかのノート、黒板と書かれてる内容と全部違う。
円堂は風丸対策そっちのけで一之瀬の弱点炙り出しに注力し始めた豪敵炎寺とを眺めた。
体育会前にテストがあることを教えるのを、また忘れた。




豪炎寺と走る?負けるわけないじゃないか!



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