堕ちゆく星と救済の導




 いつでも、どこにいても常に輝いている人だった。
遅ればせながらサッカー界の門を潜ったこちらにとっては雲よりも空よりも高いところで舞う殿上人で、改めて彼と近しい関係にあることが不思議でたまらなかった。
出会い別れ、再び出会った時からフィディオはきらきらしていた。
絵本や漫画かアニメの世界で定番の王子様キャラのような華やかかつ影のある登場をしたフィディオに、フィディオをフィディオと気付かなかったこちらはきゅんとときめいた。
これが恋かとびびっときた気もする。
にとってフィディオはまさしく、今も昔もずっとおとぎ話の王子様そのままだった。




「王子様だったのに・・・」




 王子様王子様ともてはやしときめき憧れ、フィーくんなら何だってできると期待ばかりしていたのがいけなかったのかもしれない。
王子様だって人間で、そもそも流星は地に落ちる星のことを普通は思う。
フィディオは見た目だけではなくて中身もちゃんとした王子様だったから、なんでもできる王子様であり続けようとしたのだろう。
は大衆スポーツ紙のトップにでかでかと載っている、項垂れた様子で無人のサッカーグラウンドに背を向けているフィディオの写真を見つめ唇を噛んだ。
フィディオはとっくの昔に限界を迎えていた。
頑張り続けていて疲れていた。
あんなに近くにいたのに、あんなに良くしてくれていたのに何も気付けなかったことが悔しかった。





ちゃん、次の遠征先なんだけどー」
「ごめんあっきー、私次行けない」
「あ?」
「次だけじゃない、その次もそのまた次も無理。ていうか私今から辞表書く」
「ちょーっと待とう、落ち着こうか。とりあえず何から訊けばいい?」
「フィーくんがしょぼくれてる理由!」
「知るかよんなもん!」
「んなもんってことないでしょ! フィーくんだよっ、あの超キラキラ王子様フィーくんがあーんなにしょぼくれた背中でフィールド出てこうとしてんの! これのどこがんなことって言える!?」
「あーあーわかったわかった、ちゃんが何言ってるかわかんねぇことはよーくわかった!」




 今にも家を飛び出して行きかねないを慌ててつかみ、どうどうと宥める。
思い立ったらすぐに行動に移すフットワークの軽さはの長所だが、それに振り回される方はたまったものではない。
振り回される前に振り回してやろうと思い半ば強引にを通訳にしたが、まさかここにきていきなりの辞めるエンドに直面するとは思わなかった。
さすがはだ、試合でも日常でもこちらの一歩も二歩も一次元も二次元も違う手を打ってくる。
そして、フィディオという絶対的王道幼なじみの名を出された以上はこちらがそれに勝てる術はなかった。





「あー・・・、フィディオ?」
「そうフィーくん! 私全然気付かなかった・・・。あっきーのお世話にばっかりかまけてたせいで、実はフィーくんも壁にぶち当たってたって気付かなかった・・・」
「あいつがぶち当たってる壁ってちゃんだろ」
「フィーくんがこのままサッカーのトップから落ちちゃったらどうしよう!?」
「え、あいつ移籍すんの? うわマジじゃん」





 最近の成績不振が響いたのか、明らかに今いるチームよりも環境も成績も悪いチームへのフィディオの電撃移籍が書かれた記事を読んだ不動が声を上げる。
これがきっかけでフィディオがさらに落ち込みそうな気もするが、勝負の世界は皆がライバルなので仕方がない。
空いたフィディオの枠に、ひょっとしたら調子上々のこちらが移籍かトレードで滑り込める・・・。
夢のような、けれども決してゼロではない可能性が不動には見えていた。





「やばいぜちゃん・・・。いよいよ俺の時代だぜ・・・」
「私とフィーくんにとっては今が暗黒時代なの。とにかく私、フィーくんのとこ行ってくる。イタリア語べらべら読めてたあっきーに私はもったいないでしょ」
「は? 俺いつ読んだ?」
「今でしょ。なぁにあっきーそんなにぺらぺら読めてるんならもっと早くから私いらなかったじゃん。お給料割増請求するからね」





 どうせその調子ならイタリア語もべらべら喋れるんでしょ。
もーなぁんでそんな顔してんのー、大丈夫あっきーは今や押しも押されぬスタメンだから!
必要になるだろうからこれ、取っといて。
そう言ってさらさらと走り書きされたメモを握らされる。
ちゃん、ほんとイケメン幼なじみのことになると周りが全然見えなくなるのな、悔しい。
でもメモ寄越してくれる余裕があったってことは、俺は少なくともその他大勢ではなくなったってことかな。
不動はスーツケースを引きずりタクシーに飛び乗ったを見送ると、いそいそと折り畳まれていた紙を開いた。
うん、知ってた。
うっすらとでも新しい連絡先かなとか期待してた俺が馬鹿だった。
不動の手の中のメモには、給料振込先の口座が書かれていた。






































 プレイボーイになったことはないのだが、女で身を滅ぼすことになりそうだ。
フィディオは移籍先のチームで冴えない表情でボールを蹴りながら、華やかで楽しかった頃を思い出していた。
遠征や合宿の旅にを帯同させ、彼女に見守ってもらいながらのサッカーはとても楽しかった。
が見たいであろう世界を見せてやれることが嬉しかったし、そこへ連れて行けることも幸せだった。
依怙贔屓のようで実はしっかり周りも見ているは自分だけを見てくれるわけではなかったが、そのおかげで試合で良い結果を残せたこともとても嬉しかった。
少しと会えなくなり、彼女の視線が消えただけでこれだ。
フィディオは集合のかけ声にのろのろと顔を上げるとベンチ前へと戻った。
幻覚かと、思った。





です。以前は通訳しながらの戦術アドバイザーをしていましたが、契約満了に伴いこちらで戦術コーチとしてお世話になることになりました」
ちゃん・・・・・!?」




 監督の隣で険しい表情で話しているのは、紛れもなく大切な幼なじみだ。
いつものにこやかな笑みはどこにもないが、真剣な瞳は間違いなくこちらを見据えている。
いったい誰がこんな気の利いた、いや、切なくなるような采配をしたのだろう。
フィディオはふいとから背を向けるとロッカールームへと足を向けた。
何もかも失った惨めな姿を見られたくなかった。





「待って、フィーくん」
「・・・・・・」
「フィーくん。・・・フィディオ、くん」
「・・・どうしてここにいるの? 不動は? 彼はもういいの?」
「・・・ほんとは他人のこと心配してる余裕なんかないくせに」
「え?」
「いっぱいいっぱいなんでしょ。もやもやしすぎて、そりゃ私がもやもやのせいかもしれないけど、とにかくたくさん色々考えすぎて頭がいっぱいなんでしょ。だからチームからも外されてこっちに降ってきたんでしょ」
「知ってるんならどうして来たの? 俺はこんな無様なとこちゃんには見られたくなかったんだけどなあ」





 はははと自嘲の笑みを浮かべていると、ぱんと背中を強く叩かれる。
自棄になったら全部終わっちゃう。
はやはり厳しい顔でそう言うと、もう一度今度は叩かずフィディオの背に手を添えた。






「私はフィーくんみたいにすごいとこまで連れてってあげる!とかは言えない。フィーくんを元いたとこに戻してあげたり、チームを勝たせることもできない。でも、チームのみんなが勝てるように作戦考えることならできるから」





 だから、前よりはちょっとはまともに立案できるようになった私の作戦で実際に勝ってみてよ。
そうじゃないと私だって、何のためにコーチ業離れてあっきーのとこいたかわかんないしいつまでも自信持てないんだから。
チームと私と一緒に上に行こ?
はやはり魔性の女だ、人の心をいとも易々と操ってしまう。
今が無様なのは、より良くなれる余地がまだ充分に残されているからだ。
以前のようにの手を引くことはできないが、ゆっくりと歩く彼女の歩幅に合わせて隣を歩くことはできる。
フィディオはに正面から向き直ると、よろしくお願いしますと言い深々と頭を下げた。






そうだ、初めから一緒に歩けば良かったんだ




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