必殺熊殺し殺しスレイヤー
士郎くんがそこまで長くなかった日本旅行から帰って来た。
もうちょっと長く出て行ってくれれても全然構わなくて、実際に空港で士郎くんにそう言ってみたら士郎くん何も言わずにぎゅって抱き締めてきた。
あれ? この士郎くん、私が知ってる変態セクハラ垂れ眉毛の士郎くんとは違う。
よく見れば眉毛もそこまで垂れてないし、全体的にちょっぴり大人になった気がする。
もしかして士郎くん、ほんとのほんとに更正に成功したのかも!
ありがとう、名前も知らない東京の中学生さん。
私、こんな士郎くんだったらまだやってけそうな気がする。
遠い東京の地にいるであろう士郎くんの人格矯正を手伝ってくれた人たちに心の中で感謝にしていると、私を空港のロビーで抱き締めていた士郎くんの手がもそもそと不穏に動いた。
・・・あれ? 士郎くんって更正したんじゃなかったっけ?
まさかないだろうと期待と祈りを込めてとりあえず黙っていると、士郎くんは気を良くしたのかさっきよりも大胆に手を動かす。
あれ? やっぱり変わってない?
変わってないどころか悪化した?
私は士郎くんを躊躇うことなく突き飛ばした。
「士郎くんなんで帰って来たの!?」
「僕が地球のヒーローになって、銀河系で一番強いのは僕だって見せつけてきたからだよ。ちゃんは相変わらず照れ屋さんだなあはははは」
「士郎くん人格矯正しにあっち行ったんじゃなかったわけ!? 変わってないじゃんぜんっぜん!」
「やだなあ、ちゃんにはわからない、僕が変わったところ。ちゃんはまだお子様だなあ」
一部を除いたふにふに感も、その一部がちょっとしかふにふにしてないとこもお子様だなあと耳元で囁かれ、私は士郎くんの頭を容赦なくぶん殴った。
今のはぶん殴ってもおつりがもらえるくらいの暴言だったと思う。
刺してもいいくらいの酷い言葉だったと思う。
何が許せないって、暴言をにっこり笑顔で色っぽく言うところだ。
士郎くん、都会に行って悪化した。
サッカーの技術に磨きをかけてきたのかと思ってたのに、ますますナンパな性格になっている。
これはもう嫌だ、耐えられない。
「士郎くん、士郎くんが知らない私の秘密教えたげる」
「ちゃんが僕のこと大好きっていうのはとっくに知ってるよ。それとももしかして、大人の階段三段跳びやらせてくれる気になったとか?」
「ううん、それって士郎くんのただの思い込みとナルシスト的発想なだけ。あのね、ほんとは私・・・」
聞くところによると、士郎くんは旅の終わりにウルフレジェンドという新しい必殺技を覚えたらしい。
私のカミングアウトを聞いた士郎くんは、必殺技の出てくる狼さんにでも習ったのかうわぁぁぁんと大きく吠えた。
士郎くんがこの世の終わりのような遠吠えをした数ヵ月後、私は士郎くんに攫われてライオコット島という南国リゾート地にいた。
私を連れて歩く士郎くんの目はギラギラと輝いていて、まるで森に棲む熊を仕留めに行くハンターみたい。
ライオコットにも熊なんかいるんだねと訊いてみると、熊よりももっと凶悪なオスがいるんだと教えてくれた。
熊よりも恐ろしいのって何だろう。
士郎くんの摩訶不思議な妄想の世界に住む幻獣かな。
そうだったらまだましなように思えて、実は一番厄介だったりする。
だって士郎くんの頭の中の世界というのは士郎くんにしか見えない世界で、士郎くんがそれにどっぷりとはまっている限りは他のみんなも巻き込んでるってことになる。
士郎くん、私だけに飽き足らず日本代表のお友だちにも迷惑かけてるのかもしれない。
「ちゃん、ちゃんがいけないんだからね」
「何が?」
「僕は今から、僕が思う硬派な男子を全員潰しに行く」
「なんで?」
「この世からちゃんが大好きな硬派の男子がいなくなれば、ちゃんは僕を選ぶしかなくなるでしょ?
僕は軟派界の男子ではダントツでいい男の頂点に君臨してるから、妥協嫌いなちゃんは僕しか選べない」
「士郎くん、そういうことする前に自分の駄目っ駄目なとこ変えようとか思わない?」
「僕駄目じゃないもん。駄目じゃなくなって今だし」
自分が悪いってちっとも認めない士郎くんに手を引かれて、日本代表の練習グラウンドに入る。
あ、あの人たちはテレビの中で見たことある。
士郎くんを都会の病院に連れてってくれた東京の人たちもいる。
連れて行った先の病院のお医者さんがヤブだったのか士郎くんますます悪くなっちゃって、いったいどうしてくれるんだろう。
私たちに気付いたキャプテンが、手を振りながらこっちに駆け寄ってきた。
「吹雪、久し振りじゃないか! ははっ、応援団も連れて来てばっちりだな!」
「応援団じゃなくて僕のフィアンセだよ円堂くん。ねぇちゃん」
「お宅らに預けたらもっと手に負えなくなったんで、士郎くん返品しに来ました」
「へぇ、相変わらず最悪だな吹雪! 俺、なんでお前みたいな奴に行くとこ行くとこ女の子が寄ってたか今でもわかんないぜ!」
「・・・ほう?」
「誤解だよちゃん、僕はいつでもちゃん一筋だからやめてその顔その視線! 僕耐えられなくて泣いちゃうよおお!」
「男がうじうじ泣いてんじゃねぇ!」
ここぞとばかりに私に抱きついてこようとした士郎くんを、前からやって来た背の高い男の子がつまみ上げて引き剥がす。
なんて力持ちで、そして逞しい人だ。
全身に粘着テープでも貼り付けているのか、いつでもどこでもべったりぴたぴたしてくる士郎くんをあんなにあっさりと解放してくれるなんて、
きっとこの人は社会の資料集でよく見る旗持って先頭に立ってみんなを率いてる解放軍のリーダーに違いない。
言ってることもなんだかすごく男らしくて、何から何まで士郎くんと真逆でとってもかっこいい。
「かっこいー・・・」
「ちゃん染岡くんは、染岡くんは駄目だよ! 染岡くん僕と違ってイケメンじゃないし気も利かないし汗臭いし、硬派に見えてぜんっぜんそうじゃないただのかったいだけの人だよ!」
「本人の前で何悪口抜かしてんだ吹雪! あー・・・、悪いな、こいつの面倒見きれてないせいであんたにも迷惑かけて」
心底すまなそうに謝るその人は、どこから見ても実直で誠実だった。
士郎くん、こういうお友だちいるならさっさと教えてくれれば良かったのにやっぱり私のこと何もわかってない。
私は士郎くんを隔離すべく引きずっていく染岡くんとやらの逞しい大きな背中を、生まれて初めて抱いた感情で見つめていた。
「僕もう染岡くんと風にならない!」「はあ!? おまっ、何言ってんだ吹雪!」