星空経由隣人行き




 こういう時、お金持ちは羨ましいと思う。
お金持ちでなくても、豪邸住まいの人は羨望の対象になる。
花火大会や天体観測など、とにかく空を見上げるイベントに関してはより高い所で見物したい。
仕方がない、今日も我が幼なじみの家に行くか。
早速頼んでみると、今日は駄目だと即答される。
お家に行ってもいい、今日は駄目だの会話の時点で円堂たちを初めとした周囲の面々が引いているということを2人は知らない。




「いつもならお高い条件付きでも入れてくれるじゃん」
「今日は父さんが帰ってるからやめた方がいい」
「なあ豪炎寺、親御さんいない時だけ連れ込んでんのか?」
「人聞きの悪いことを言うな半田。とにかく今日は無理だ」
「そっかー、おじさんいるなら仕方ないかー。じゃあどこで見よっかなー」




 屋根に登ったらさすがにまずいよねと不穏な発言を始めたに、鬼道は話の内容もわからずやめておけと言って制止を求めた。
屋根によじ登っていいのかどうかは各家庭の都合によるが、危険だということはどこでも変わらない。
家の外に出てまでして、いったい何を見たがっているのだろうか。
鬼道家は敷地だけは広いから、もしかしたらの役に立てるかもしれない。



「何を見るんだ?」
「あれ、鬼道くん知らない? 今夜が流れ星のピークなんだよ。だから周囲を遮るものが少ない修也の家で星空のショーを満喫しようと・・・」
「ああ、そういえばそうだったな・・・・・・。だが夜風に当たりすぎると体を壊してしまう。屋根はやめた方がいい」
「でも我が家じゃよく見えないよ。せっかくお願い事リスト作ったのに」
「鉄塔広場! あそこならきっとよく見えると思うけど」
「そういう人気のないとこは危ないから駄目って言われてるんだ。ナイスアイデアなんだけどごめんね円堂くん」




 ああ、どうしよっかなあ。
はもう一度ぼやくと、ひらひらと手を振ってグラウンドから離れた。
休憩の時間を見計らいやって来て話したいだけ話してさっさと帰るに、他人の都合を考えるという発想はないらしい。
は相変わらずマイペースだなと笑い合っている円堂と風丸が羨ましい。
あれのどこを見ればマイペースに見えるのだ。
あれはどう見てもただの自己中心的発想なだけではないか。
自分がサッカー部に入っているばかりに、円堂たちにまでによる被害を与えてしまって居た堪れない。
俺の幼なじみが毎度迷惑かけてすみませんと謝るべきだろうか。
保護者でも恋人でもないのに、なぜそんなことをしなければならないのだ。
豪炎寺は、とりあえず笑ってひらひらと手を振れば万事解決すると思っている(と豪炎寺が考えているだけ)を思い浮かべ、はあとため息をついた。




「そうか、流れ星か・・・・・・。あの部屋ならちょうど見えるはずだ・・・・・・。・・・豪炎寺!」
「何だ」
の家を教えろ、後で会いに行く」
「断る。メル友ならメールで訊けばいいだろう」
「メル友じゃない、現実でも会って話す友人だ。家の前に車が停められるかだけでも教えてくれ」
「うちのリムジンが停められたからたぶん大丈夫よ」
「そうか。ありがとう雷門」




 突然家の前に鬼道家の大型リムジンが停まってしまったら、さすがのも驚いてしまうのではないだろうか。
また良からぬ勘違いをしそうな気もする。
鬼道くんの逆襲が始まっただとか、やっぱりお家が潰れちゃうだの、要らぬ事を口走りはしないだろうか。
まあ、今回はだけでなく彼女の両親もいるから大丈夫だとは思う。
あらちゃんいつの間に修也くん以外のボーイフレンド作っちゃったのなどと冗談を飛ばしていそうだ、彼女の母は。
と長く付き合っているからこそ笑って受け流せるジョークだが、初対面の鬼道にママジョークはなかなかきついだろうと豪炎寺は読んだ。




「お兄ちゃん頑張れ! 息とか止めないようにね! いっそお泊まりしてもらうのもありだと思うよ!」
「鬼道んちにお泊まりかー。いいなぁ、今度俺らも泊めてくれ!」
「あ、ああ」




 人間、第一印象が肝心だという。
最初の10秒、このわずかな時間でこれから何十年と持たれる印象が決まるというのだから気は抜けない。
ヘマをしたくないので豪炎寺から助言を受けようと思ったが、何もくれない。
それほど嫌なのだろうか、自分以外の男とが親しくなることが。
そうだとしたら、なんと狭量な男なんだ豪炎寺修也。
だが俺も天才ゲームメーカーと称される男だ、好きな女の子の両親くらい、助言なしでもすぐに篭絡してみせる。
鬼道の長い夜が始まった。






























 金持ちのやることというのは、今でもよくわからない。
これから先理解することもないと思う。
我が家で一緒に流れ星を観ようと鬼道に誘われたは、その日の夕食をいつもよりも3倍美味しく食べ終えた。
この時間だからお泊まりするのかもと思ってお泊まりセットを準備していると、母がふふふと笑いながらドアから部屋を覗き込んでくる。



ちゃん、修也くんのお家以外にお泊まりするなんて珍しー」
「今日は鬼道くんっていう、すっごくかっこよくて紳士的なお友だちのとこに行くんだ! 優しくてねー、修也と大違い!」



 荷物を詰めていると、ピンポーンとインターホンが鳴る。
慌てて玄関へ向かうと、鬼道の相手は父がしていた。



「夜分遅くにすみません。鬼道有人と言います、さんを迎えに来ました」
「娘がお世話になっているとか・・・。・・・そのゴーグルは最近のファッションなのかね・・・?」
「あ、いえ、俺の趣味です」



 礼儀正しく挨拶する鬼道を見下ろし、の父親はわずかに首を傾げた。
確か愛娘は、食卓の席で『鬼道くんってすっごくかっこいいんだよ!』と熱弁していた。
雷門中へ転校してきて幼なじみの豪炎寺がサッカー部に入部してからというもの、はやたらと『かっこいい』少年の話をするようになった。
青い髪をポニーテールに結んだ足が速い風丸くん。
アメリカ育ちのファンタジスタ一之瀬くん。
言わずもがなの修也くん。
そして、天才ゲームメーカー鬼道くん。
ゴーグルをつけている少年がかっこいいと言われるのだろうか。
かっこいいと思ってしまうのだろうか。
娘の審美眼を疑ったことはないが、かっこいい、イケメンというのは豪炎寺のような顔立ちをした少年のことを指すのではないだろうか。
今だけ、娘がよくわからなかった。
父親の心情としては、可愛い娘にいつボーイフレンドという名の悪い虫がくっついてしまうのか気が気でない。
このゴーグル少年が娘のボーイフレンドだったらどうしよう。
やめなさいとは言わないが、そうだとしたら修也くんの立場ってどうなるんだろう。




「鬼道くんお待たせしました! ねぇねぇ、どうやって行く? スニーカーの方がいいかな」
「好きな靴でいい。車で来たからな」
「うっわあ我が家の前にリムジン停まってるー!! ほんっと場違い!」
「まあまあ、ちゃんの新しいボーイフレンドはスケールが違うわねー」




 両親にひらひらと手を振って別れを告げリムジンに乗り込み、鬼道邸へと向かう。
眠たくはないのかと尋ねると、寝たら起こしてねと頼まれる。
本気で流れ星に願いをかけるらしく、ノートをめくっては一つ一つ願い事を確認していく。
鬼道はもちろん、流れ星に人の願いを叶える力がないことは知っている。
今夜を呼んだのは彼女と一緒にいたいがためであり、流れ星にこれ以上の望みを言うつもりはなかった。
家へ着き部屋へと案内すると、の顔がぱあっと輝く。
展望台みたいだすごいねと無邪気に歓声を上げているはとても可愛らしい。
星空でなくてを見ているだけで、鬼道は満足してしまった。




「天体望遠鏡も用意してもらったが使うか?」
「うーん、使ったことないもんなー・・・。ほんとにありがとう鬼道くん。気を遣わせちゃったみたいでごめんね?」
「上手く見えるといいが・・・・・・。どんな事を頼みたいんだ?」
「えっとね、まずは早く夕香ちゃんの目が覚めますように。それから、もっと修也が優しくなりますように。あとね・・・、あっ、これは駄目だ言いにくい・・・」




 お願い事を書き綴ったノートを覗き込みかけた鬼道の前で、ぱたんとノートが閉じられる。
いくつか箇条書きがあったが、言いかけてやめた内容が気になってたまらない。
何だともう一度尋ねると、は誤魔化すように星空を見上げた。
早速流れ星を見つけたのか、きゃあと声を上げる。



「うわー、きれーい!! ねえねえ鬼道くん見た!?」
「ああ。綺麗だな」
「ねー!! あっ、お願い事し忘れちゃった!」
「ほら、あそこにもあるぞ」
「ほんとだ! えっと、夕香ちゃんが早く目覚めますように・・・・・・」

「・・・自分のお願いじゃないんだな」
「あるにはあるけど、ほら、星に祈ってでも叶えてほしいことってあるでしょ?
 夕香ちゃんのはそうでなくても絶対に治ると思うけど、修也の性格は天文学的な確率でしか改善されないと思うんだ」




 こうまで酷く言われている豪炎寺を羨ましく思ってしまうのはおかしいだろうか。
離れていてもなお気にかけられているとは、に並々ならぬ好意を抱いている鬼道としては羨ましいとしか言えなかった。
今は俺といるのだから俺のことだけを考えてくれと言いたい。
だが、彼女が自分の事をどう考えているのかわからない。
の気持ちが知りたいような、知るのが怖いような、鬼道は複雑な思いでの横顔を見つめた。
窓を開けていて寒くなったのか、くしゅんと小さくくしゃみをしたの肩に毛布をかけてやる。




「わ、ありがと鬼道くん! 鬼道くんは寒くなぁい?」
「体は鍛えているから大丈夫だ。家に上げておいて風邪は引かせられない」
「お、修也とおんなじ事言ってる。体鍛えててもサッカーに障ったら大変だよ、ほら、半分こしよ」
「い、いや、いい!」
「いいからいいから」



 鬼道の隣にぴたりとくっついて腰を下ろし、は毛布に包まったまま流れ星を指差した。
ああいう必殺技もありそうだねとのほほんと口にするに、辛うじて返事を返す。
ほんの少し体を動かせばすぐにに触れられる。
いや、もう腕とかくっついているが、その気になれば肩か腰あたりに腕を廻せそうだ。
やっていいのか、やるべきなのか、やってしまっても大丈夫なのか。
よしやろう、彼女が押しに弱いことは過去の経験から知っている。
流れをこちらが掴んでしまえば、後はそのまま流れされてくれるだろう。
手を伸ばしかけると、が不意に口を開いた。




「鬼道くんは何もお願いしないの?」
「そうだな・・・・・・。ともっと仲良くなれたらいいな」
「そんなのお願いしなくても仲良くなれるよ! もう、鬼道くん謙虚だよ」
「じゃあは自分の願い事は何にするんだ?」
「・・・笑わない?」
「ああ」

「・・・早く王子様が見つかりますように」




 もぞもぞと言うと、恥ずかしくなったのかはばっと顔を伏せた。
突然何を言い出すかと思えばこの子は。
見ていて本当に飽きない。
何をどう考えたらその願い事に辿り着くのかもよくわからない。
第三者に言ったの初めてだようわあああと呟き沈没してしまったの顔を、鬼道は下から覗き込んだ。
笑わないが意味を教えてくれと頼むと、うううと唸りながらもゆっくりと顔を上げる。




「ちっちゃい頃、修也のママから修也と2人で聞いたの。世界には、自分だけの王子様かお姫様がいて、いつの日か絶対に目の前に現れるんだよって。運命の人ってやつ」
「・・・まさか、それを本気にしているのか・・・」
「そう! それで、今も昔も競争好きな修也とどっちが早くお姫様か王子様見つけられるかバトル中。でも見つかんないんだよねー」
「どんな王子様がいいんだ?」
「優しくて私のこと理解してくれて、私のこと大切にしてくれる人! 鬼道くんはお姫様見つけた?」
「お姫様だといいなと思っている人はいる。そして、できればその人の王子になりたい」
「鬼道くんならきっとなれるよ! だって鬼道くん優しくて紳士的だもん」




 きらりと夜空を舞う流れ星を見つめ、鬼道は本気で祈った。
の言葉を借りるわけではないが、これは星に祈ってでも叶ってほしい願いだ。
アプローチのやり方が弱いのかが気付いていないのか―――後者だと信じたいが―――、がこちらを振り向く確率は天文学的な数値だ。
星に祈りたくなるのも仕方がないことだと思う。
たまには現実逃避もしたい。



「お互い早く願い事叶うといいね!」
「そうだな、できれば近日中に叶ってほしい」
「なんだか切羽詰ってるよ鬼道くん。もうちょっと気長に待とうよ」
「いや、早くしないと相手に王子が現れるかもしれないからな。風丸いわく、俺は横からふらっと現れて奪いにかかる側らしいから大変なんだ」
「ほう、略奪愛ですか!」
「2人の間にまだ愛情が芽生えていないことが救いだ。豪・・・、相手の男が気付く前に姫君を奪取する」
「なんだか鬼道くんならほんとにやっちゃいそうな気がしてきた・・・。今度風丸くんに、鬼道くんが後どのくらいでその女の子の王子様になれるのか訊いてみよ!」




 駄目だ、やはりこの子は自分が当事者だとまったく気付いていない。
風丸に訊くとして、風丸はどんな反応をするのだろうか。
困惑するだろう。困惑して、苦笑いしてまた頭を撫でるかもしれない。
その後でさりげなく自分を叱りにくるのだ。
変なこと言ってる暇あるんならもっと男らしくどんとぶつかれと。
お姫様を奪取する前に、やはりまずはのおめでたいほどに何も考えていない頭をどうにかしてくれと星に願うべきかもしれない。
鬼道は流れ続ける星に、強烈に願いを託した。






「もう、俺は中立なんだから俺を巻き込むなよ!」「すまない風丸、使える手はいくらでも使いたいんだ・・・」




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