時をかける阻み隊
おかしいのは友人だけだと思っていたが、どうもそうではなかったらしい。
気付かないうちに世界は確実に侵食されていて、遂には時間経過すら無視してしまうようになったらしい。
無視をされること自体には慣れているので問題はない。
現につい3分前も、隣を歩く友人への苦情をさらりと受け流された。
こんな不条理な扱いを受けていてもなお親友だと思っているあたり、自分もどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
「んー、ちっちゃいも可愛いな!」
「えへへへへへへ」
「えへへじゃねぇよ! なーに見ず知らずの奴に頭撫でられてんだ」
「だって他人に見えないんだもん、悪い人じゃなさそうだし」
「そうそう、俺がに悪いことするわけないじゃないか半田」
「だけじゃなくて俺の名前も・・・!? 誰だよあんた、わっけわかんねー!」
身を屈め満面の笑みでの頭を撫でている青年の手をぱしりと払いのける。
何するんだよと口を尖らせるその姿には見覚えがある。
可愛いものを可愛がってどうして怒られるんだと開き直り再びに手を伸ばすのは、ほとんど毎日繰り広げられている風丸のそれとそっくりだ。
そういえば髪の色も風丸と同じだし、あれ、この人もしかして風丸の兄弟だろうか。
「・・・風丸・・・?」
「そうそう! たちが今中2だから、10年後の風丸一郎太かな」
「未来の風丸くん!? わぁ、未来の風丸くんもかっこいいね!」
「ありがとう。10年後のもすっごく可愛いんだぞー」
「ほんと!?」
「うん、ほんとほんと。なあ鬼道」
「可愛いというよりも綺麗と言った方が正しいがな」
電信柱の影から現れた鬼道と呼ばれる青年に、と半田は思わず顔を見合わせた。
トレードマークのマントとゴーグルがない。
ドレッドヘアーは辛うじて残っているが、ぱっと見では鬼道とはわからない。
本当に鬼道なのだろうか。
鬼道くんですかと恐る恐る尋ねると、鬼道は淡く笑いゆっくりと頷いた。
「驚いたか? 無理もないな、10年後の俺たちが目の前にいるんだから」
「いや、俺らが驚いたのは10年後云々じゃなくてまず、鬼道のあまりに普通すぎる格好で」
「マントとゴーグルはどうしちゃったの鬼道くん・・・!?」
「あれはもうやめたんだ。しかし、半田にまで普通と言われるとはな」
今、さりげなく馬鹿にされた気がする。
半田は現在と比べれば随分と落ち着いた格好をしている鬼道を見上げ、ため息をついた。
風丸は10年経っても風丸なのか、妨害がなくなったことをいいことにまたの頭を撫でている。
どこかでゆっくり話そうかと誘われこくこくと頷いているには、すかさず俺も行くと告げる。
彼らが本当に未来の風丸たちとしても、なぜ彼らがここにいるのかさっぱりわからない。
22世紀はまだ遠いというのに、もうタイムスリップできる道具が発明されたのだろうか。
それにしてもの順応力の高さには驚いてしまう。
未来の友人を見ても怪しまないとは、本当に危機管理能力が欠けているようだ。
「そういえば、風丸くんたちはどうしてこっちに来たの? 何か忘れ物?」
「その前にまず、どうやって未来から来たんだよ。おかしいだろどう考えても」
「そう? ランプもないのにマジンが出てくる世の中だから、これもありなのかなって思ってた」
「うん、お前はそういう奴だったな。まともなこと考えてた俺が馬鹿だった。・・・で、何しに来たんだよ」
「先手を打ちに来た」
先手とは何だろうと思い首を傾げていると、鬼道がの手をそっと取る。
急に真剣な顔つきになっているし、いったい鬼道はどうしてしまったのだろうか。
マントがなくても充分騎士じみている10年後の鬼道の所作に、は見惚れていた。
10年後の風丸もかっこよかったが鬼道もかっこいい。
この調子だときっと、我が幼なじみもさぞやかっこよくなっているのだろう。
中身もいい男になっているといいのだが、期待を裏切られると悔しいので性格の改善は望まないことにする。
「。10年・・・いや、8年でいい。8年経ったら俺と、その・・・」
「8年? 鬼道くん、8年経ったらなぁに?」
「その、俺、と・・・・・・」
「鬼道はな、ここから先が言えないまま10年間も生きてるんだ」
「鬼道が何言いいたいか大体わかってきたけど・・・・・・。風丸、お前中立だったろ」
「俺は単にちっちゃいを見に来ただけなんだ。10年後は豪炎寺とかのガード厳しくてさー、3回会ったらそのうちの一度しかぎゅうってさせてくれない」
「豪炎寺とか?」
「・・・まあ色々あるんだよ、可愛いから」
風丸はふっと笑うと、の手を握ったまま相変わらず口ごもっている鬼道を見やった。
先手を打って10年前のにプロポーズしに行くと豪語していたのはどこの誰だ。
そうやってずるずるずるずる10年間も引きずってきたから、明日がやってきてしまうのだ。
チャンスはたくさんあったのに、自分の人生のメーキングができないとはどこまで不器用なのだ。
今日もこれでは来た意味がないではないか。
「あ、豪炎寺」
「げ、やばくないのかこの状況」
「んー・・・・・・」
なんとなく豪炎寺に姿を見られるのがまずい気がして、半田と共に道路の陰に隠れる。
大事な幼なじみが往来で見ず知らずの男に手を握られていると視認した豪炎寺が猛然と走り出す。
打てもしない先手を打つことに精一杯で周りが見えていない鬼道は、当然背後から迫り来る豪炎寺にも気付いていなかった。
「!」
「あ、修也。ねぇ聞いて聞いて、この人「に何してるんだ! に寄るな触るな不審者風情が!」
「不審者・・・!?」
「違う違う、修也、この人なんとびっくり10年後の鬼道くん!」
「鬼道の名を騙るなんて不審者の風上にも置けないな。大丈夫か、何もされてないか?」
「だーかーらー、この人鬼道くんだってば!」
「わかったわかった。わかったから帰るぞほら」
いくらが鬼道だと言い張っても、豪炎寺の中ではただの不審者に認定されたらしい。
豪炎寺はの手を引くと鬼道の前から連れ出した。
ぽつりと残された鬼道の手が寂しく虚空に浮いている。
哀れだ。大の男が中学2年生にあっけなく負けた。
先手を打つつもりではるばる時間を越えてやってきたのに、後手を打つ間も与えられずに逃げられた。
10年経ってどうにかなる相手ではない。
半田は時の流れの無常さをひしひしと感じだ。
隣で苦笑を浮かべているだけの風丸が恐ろしい。
「鬼道に勝ち目ないじゃん。今の豪炎寺にも勝てない奴が10年後の豪炎寺にどうこうできるわけないだろ」
「うーん・・・、中学生の相手ならいけると思ったんだけどなー。豪炎寺ってほーんと・・・」
「・・・なあ、俺たちの時代の風丸と鬼道はどこ行った?」
「チェンジしてきた。俺はともかく鬼道は死ぬかもしれない」
とりあえず俺はあの2人追いかけてにぎゅうってしてこよう。
悪びれることなく豪炎寺たちを追いかけ追いついた挙句に抱きつき、プチ修羅場を引き起こした風丸を見て、半田は追いかけ事情を説明することを諦めた。
「・・・・・・風丸、ここは地獄だろうか。もしくは俺は悪夢を見ているのか・・・?」
「俺にとっては天国だよ。綺麗だなあ、あんなに可愛くなるのかー」
「ありがと風丸くん! でも私、明日から名字変わるんだよねー」
「・・・決めた、俺は来るべき未来を破壊するために先手を打つことにする!」「・・・打てなかったからこれじゃないのか?」