突撃噂の誰かさん
本当に他人がああまで言うほど可愛らしい子だっただろうかと時々思う。
確かに出会ったばかりの頃はきらきらしていて大変愛らしかったが、当時の彼女とそう変わらない歳になった夕香もとんでもなく愛らしいから、あの頃は誰しもみな等しく可愛い生き物なのだと思う。
こうしてテレビに出ているアイドルこそが、世間的にも幅広く認められている紛れもない『可愛い子』と呼ぶのではないだろうか。
美少女、か。
画面の中で罵詈雑言も吐かずにこにこと愛想よく笑う美少女アイドルを見て呟くと、隣からなぁにと返事が返ってくる。
いったいどこからその溢れんばかりの自信は出てくるのだろう。
豪炎寺はソファの隣に座りぱらぱらとサッカー雑誌を捲っている幼なじみを横目で見て、呼んでないと答えた。
「え、でも今呼んだじゃん美少女って。私以外に他にどこにいるの」
「呼んでない。テレビを観て、こういうのが美少女と言うんだなと知った」
「えっ、修也あの子が好みなの? そりゃこの子超可愛いけど、私だってクレオパトラと聖母マリアの生まれ変わりだから年季でいったらたぶん私の方が1000年くらい上だよ」
「そういう訳のわからないことを余所で言うんじゃない」
「ここも余所だけど」
「・・・うち以外でだ」
こーんなに超絶可愛いマジ天使が隣にいるのに、なぁんで修也は他の子にばっかり美少女発言するの。
はそう言うと、眉をしかめたままテレビへと視線を戻した豪炎寺の前にでんと立ちはだかった。
見えないと非難の声を上げられるが、美少女はここにもいるので良いではないか。
むしろこちらはすぐ傍にいて、触れてほしいかどうかは置いておいても触れる美少女だ。
は豪炎寺に顔をぐいと近づけると、すぐさま逸らそうとする彼の顔を両手で固定した。
「ね、私も可愛いでしょ」
「わからない」
「みんな私のことマジ天使って言ってるの修也だって知ってるでしょ。ほら、よく見て」
「毎日見ている。は人間だろう。観賞用と言われていることは俺も知っている」
「毎日見ててもわかんないの!? 修也ほんとに大丈夫!? 私レベルのわかりやすい美人見てもぴんとこないなんて、ヘディングの練習しすぎてどっかネジ飛んでったんじゃないの!?
えっ、やだどうしよう修也が壊れちゃった!」
「壊れてない、ただこのままだと首を痛めるからその手を退けろ!」
「いだっ!」
頭をつかんだままぶんぶんと上下に揺さぶるの両手をつかみ、これ以上の危害を加えられないように万歳のポーズに固定する。
毎日見慣れた顔が整っているかどうかは感覚が麻痺しているのかあまり気にならないが、が乱暴なことだけはよくわかった。
豪炎寺は強引にお手上げポーズをさせられたまま憮然とした表情でいるに、ああと思い出したように声をかけた。
「雷門に来て、美少女と言うんだろうなって奴を見たことがある。たまに試合にも来ているから間違いない」
「私も試合にも毎度来させられてるんだけど」
「は木戸川よりずっと前から一緒にいただろう。確か隣のクラスにいて、名前は・・・」
名前を聞いたが、そんなああと悲痛な声を上げながらふらっとよろめく。
攻撃的な行動を取るのもできれば余所ではしてほしくない。
豪炎寺はよほどショックだったのか、万歳の体勢のまま倒れ込んできたを真正面から受け止めると風呂上がりの甘い香りのする髪の毛をそっと撫でた。
彼女のことは見たことがある。
当時噂のイケメン転校生として女子生徒の間で話題になっていた豪炎寺詣でに向かった際、ランチタイムの彼の口に卵焼きを詰め込んでいた女の子だ。
今時の中学生ってませてるなあとかお熱いなあとか、ていうか元木戸川中生の顔面偏差値突き抜けてる、実写ドラマの撮影でもしているのかと錯覚すらしかけた覚えがある。
傍で一緒に弁当箱をつついていた半田を哀れに思ってしまうほどに背景からエフェクトから何もかもが違っていた2人は、古くからの幼なじみという。
ただの幼なじみにしては随分と距離が近すぎるように見えるが、本人たちは特に何も思っていないようだから今更外野が口を出すことでもないのだろう。
出したところで変わる関係性にも見えない。
「ほんと、今時の子ってレベル高いわね・・・」
窓から見下ろした先に見える少女は、何がそれほどに面白いのかマイ従弟円堂守を相手に大きな身振りと弾ける笑顔を見せている。
もしかしてあの子も守のことが好きなのかなとふと思ったが、従弟そっちのけで風丸に抱きついている姿を思い出しすぐにその考えを打ち消す。
2人で並んで病院へ入っていったが、連れ立って見舞いに来るつもりなのだろうか。
先日の帝国戦で鉄骨に襲われ吹き飛ばされてもおよそ無傷だったらしくぴんぴんしていた彼女が、病人怪我人の類だとは考えにくい。
確かに初対面ではないしこちらは一方的に彼女のことを知ってもいるが、だからといってついて来てしまうような気軽な仲ではなかったはずだ。
わからない。
桜花は今時の子どもの発想が今ひとつ理解しきれていなかった。
鉄骨の真下に飛び出してくる中学生など今まで出会ったこともないから、サンプルが足りない。
「へえ、あの子円堂くんの従姉さん! じゃあやっぱりサッカーバカなの?」
「うーん、姉ちゃん頭はいいし美人だし強いからバカじゃないと思うけど」
「そうなの? ていうか私もお邪魔していいの? あ、こんにちはー」
「こんにちは」
いいか悪いか訊く前に入っちゃってごめんなさいと謝りぺこりと頭を下げる姿に、円堂がえっと声を上げる。
って頭とか下げられるんだなとどう捉えても失言としか聞こえない失言を発した従弟を、慌ててこらと窘める。
他愛のない友人同士の冗談にしてはきつすぎる。
桜花は叱られしょげている顔ときょとんとした顔の円堂と少女を交互に見つめた。
良かった、この子何のことだかまだよくわかっていないようだ。
桜花は首を傾げたままの少女に席を勧めると、お見舞いありがとうと声をかけた。
「さんでしょう。よく知ってるわ、豪炎寺くんのお友だちの」
「そんなとこ。えーっと、誰さん?」
「、姉ちゃんのことも知らずについて来たんだ・・・」
「だって円堂くんが誘ったんでしょ。それに私雷門来てまだそんなに経ってないんだから知らなくても仕方ないじゃん」
「えええ、姉ちゃん校内じゃスッゲー有名なんだぜ。二大美女なんて言われてさ! 隣にクラスにいるだろ」
「・・・ほう?」
部屋に入った時から円堂に似ていない綺麗な子だなとは思っていたが、まさかこれが噂の、ダメダメダメンズの幼なじみも認めた隣のクラスの美少女か。
こういうのが幼なじみが考えるザ・美少女なのか。
こういうのがいいのか。
の取り柄は元気しかないからなとまるで長所が元気しかないように嘯いてはいたが、実のところはベッドの上も似合ってしまう俯き美人の方が好みだったのか。
別に彼に好かれなくとも一向に構わないのだが、なんだかとても悔しい。
私だってこないだ鉄骨で殺されそうになってちょっと気が参ってたりするかもしれないのに、自覚症状はないけど。
豹変した様子のに、円堂は困ったように桜花を仰ぎ見た。
「ね、姉ちゃん、俺何かまずいこと言った・・・?」
「2つ3つは言ってたわよ」
「そんなに! 姉ちゃんどうしよう、俺豪炎寺にまたファイアトルネードされるかもしれない!」
「仕方ないわね、諦めなさい」
「諦めるの早!」
かくなる上は急にご機嫌が斜めになったを懐柔するしかない。
こんなことになるのならやはり風丸にも同行を頼むべきだった。
円堂は桜花を見上げたきりのの方を、後先考えずがしりとつかんだ。
押しには弱いらしいだから、少し押せばきっと折れて機嫌も直してくれる。
円堂はぎょっとした表情になったの大きな瞳に自身の丸顔を映すと、ゆっくりと口を開いた。
「」
「な、なに」
「今日俺がに言った失礼なこと、頼むから全部忘れてくれ」
「へ? いや、むしろ今のが一番こま「。頼む。お願いだから忘れてくれ。俺はもう、豪炎寺にボールをぶつけられたくない」
「てか円堂くん何か言ったっけ。私がイラッとしたのは円堂くんじゃなくてしゅ「!」もうさっきからうるっさい!」
がたーん、ごんっ、どさ。
イケメンではない顔に至近距離で何度も言い寄られ、我慢できなくなったが勢い良く椅子から立ち上がる。
の突然の反抗に対処しきれなかった円堂と、額同士が派手な音を立てぶつかる。
華やかな上に賑やかな子だが、これでは豪炎寺も様々な意味で目を離せまい。
円堂に渡されていた今週分の宿題を片付けた桜花は、額を押さえたまま蹲っている2人に濡れタオルを手渡した。
「・・・うう・・・いだい・・・」
「うちの守がごめんなさい。ああ、赤くなってる。守、女の子の顔を怪我させた罪は重いわよ」
「ごめん・・・。でもがいきなり立ち上がるから・・・」
「うう・・・でも今のでなんか忘れたかも・・・」
「じゃあ良かった」
「良くないけど」
寝て起きて赤みが引いていればいいが、もしそうでなかったら我が従弟は身に迫る危険に対処しておく必要がありそうだ。
おそらく引かないだろう。
桜花は痛みの影響からか、これで私も俯き美人と訳のわからないことを呟きながら去っていったを見送ると、
己が身に確実に迫る危機をまったく察知していない愛すべき従弟に苦笑いを浮かべた。
「そのおでこどうした」「かくかくしかじか円堂くんと」「わかった、円堂だな」