画面越しからも愛してる




 プロのサッカー選手というのは、サッカー以外にも仕事をこなさなければならないらしい。
本業はサッカー選手なのだからサッカーの試合だけ観ていればいい。
そう思っているのはこちらだけだということを、はつい最近知った。




「いいじゃん別にサッカーはちゃーんと観てるんだし・・・」
「良くない」
「今日は毎週観てるドラマがあるの。なぁんで生活サイクル変えなきゃなんないの」
「これを見ろ」




 ずいと目の前に突き出されたのはテレビ番組表。
ご丁寧に蛍光ペンで囲んである枠を見て、は絶句した。
ない。毎週欠かさず観ているドラマがスペシャルで潰されている。
こいつ、遂に画面の中の私の楽しみまで奪いやがったのか。
昔からそうだったが、大人になってからの彼は更に鬼畜になった気がする。
は番組編成を考えているテレビ局の社員ではなく、特番に出演する数十センチの距離にいる恋人を恨んだ。
やはり人生間違った。
近場で手を打ってしまったあの瞬間に戻って、すべてをなかったことにしたい。
よく見たり考えたりしなくてもこの男、ちっともいいところなかった。




「観たいなら観れば? 私別に興味ないからいいや、パス」
「・・・風丸も出るぞ」
「それ早く言ってよ。さ、ブルーレイに保存しちゃお!」
「・・・
「わ、もうブルーレイ残量残ってないじゃん! 仕方ない、じゃあこの風丸くんシアターに新しくvol.3を仲間入りさせよ」
「・・・3枚目なのか?」
「うん。180分を2倍速で撮って今日で3枚目。試合の風丸くんのいいとこハイライトでしょ、テレビ出演でしょー。720分って短いよね!」




 720分、それ即ち12時間である。
の時間の感覚がよくわからない。
風丸のマネージャーでもないのに、そこまで彼を追いかける必要はあるのだろうか。
これではまるで風丸がの恋人のようである。
豪炎寺は今すぐの上の風丸ディスクを真っ二つに割りたくなった。
の膝は自分の居場所である。




「風丸で3枚なら、俺は5枚くらいか?」
「修也のは録ってもハードディスク保存だから、観たらすぐに消してるけど。あ、でも今回のは風丸くん出てるから初保存! やったね修也!」



 どこもやっていないし、笑いごとでもない。
豪炎寺はてきぱきとビデオの準備を済ませたの体を後ろから抱き寄せると、そのまま膝の間に座らせた。
がつんと顎を頭突きされそうになるが、持ち前の反射神経でかわす。
腕をぎゅっとつねられたのはさすがに痛かったので仕返しとばかりに肩に顔を埋めると、ようやく大人しくなってはあとため息を吐かれた。
一番無防備な足を蹴ってこないのはの優しさだ。
昔からずっと形はどうであれ一緒にいたが、足に危害を加えられたことは一度もない。
足の代わりに心に傷を残していくような子だった。
今もそうだし、現に3分ほど前も深く強く心を切り裂かれた。
だが、そんなところも可愛いのだ。
そう思ったことに間違いはないし、後悔したこともなかった。
唯一後悔らしい後悔をしたのは、どうして彼女の魅力にもっと早く気付かなかったのかということくらいだ。




「ったく、そんなに抱き枕欲しいなら自分用に熊のぬいぐるみでも買えば?」
がいるからいらない。知ってるか、抱き枕を使うようになると、それがなくなった時眠れなくなるんだ」
「じゃあ遠征先にも持ってきゃいいじゃん」
を? さすがにそれは無理だろう」
「なんで私を持ち歩くわけ」



 番組が始まり、ゲストとして見慣れた顔が登場する。
そこそこ人気も実力もあるサッカー選手たちがゲストとして呼ばれているらしく、風丸がいつもの笑顔で現れるとはわあと歓声を上げた。
恋人が出てきても声ひとつ上げないのは寂しいが、これがディスク3枚とゼロの超えられない壁なのだろう。
そんなに録画してどうするんだとも思ったが、案外録っているだけで満足して再生はしていないのかもしれない。
抜けているところがあるならありそうだ。




「何やったの? バラエティっぽいけど」
「当たり障りのないことだ。クイズとか、質問ショーとか・・・。賞品も出る」
「ふーん・・・。あ、私この俳優さん好き! かっこいいよね、いいなー修也、いいないいなー」
「・・・そいつは実はあまり性格が良くない」
「やだ、焼きもち妬いてんの? 心配しなくても修也に勝ち目ないって!」




 それは逆に心配要素にしかならないが、いちいちに訂正を入れるのはなかなか骨が折れるので諦める。
何を言っても話半分に聞いて挙句、7割方受け流すだ。
今はとりあえず彼女の機嫌を損ねないことを優先すべきだった。
番組はさくさくと進み、質問ショーへと突入する。
複数の質問に対するゲスト3人の答えの数字の合計が99以内であればレギュラーチームの勝ちというゲームらしく、画面上に様々な質問が表示される。
どれもプライベートに関することで、きっとファンにはたまらない仕様になっているのだろう。
真面目に答えたかどうかはわからないが、もそれなりに興味はあった。




「修也は絶対、宴会でウケるネタとかないでしょ」
「ないな」
「やっぱり。今までにつけた背番号の数、これは修也は1つだけだね。ずっと10番」
「そうだな」
「初デートの年齢・・・。やだ、風丸くんが雷門にいた頃だったらどうしよう・・・」




 嫌々言っていたが、観ているうちに楽しくなってきたらしい。
何か喋っては返事を求めてくるを見下ろし、豪炎寺は頬を緩めた。
たとえ対象が画面の中の自分であっても、関心を持ってもらっていると嬉しいし安心する。
実際に収録をして結果がどうなるかもわかっていても、こうやって一喜一憂するといると一緒に楽しくなる。
1人じゃなくて良かったと思う瞬間である。




『そうっすねー、じゃあこれ、これは皆さんも気になるんじゃないですかー? 初デートの年齢!』
「あんまり大きな数字出しちゃうとアウトだ・・・。うおー、風丸くんいつだろ・・・」
「一応訊くが、俺はいくつだと思う?」
「修也? 高校くらいじゃないの? 私以外にも修也の顔なら女子高生の1人や2人いたでしょ」
「そうか・・・。誤解するな、俺は以外とは付き合ったことはない」
「あっそ」



 風丸の年齢が15歳以下でなかったことに安堵し、もう1人のボードを見る。
彼の事は知らないので興味もないが、豪炎寺の数字が何であってもほとんど確実に100は超えてくるだろう。
は開かれた豪炎寺のボードを見つめた。
一度手で目を覆い、もう一度ボードを確認する。
え、何、この人、どっか頭おかしいんじゃないの?
や全視聴者の意見と疑念を反映したように、スタジオが騒然となった。
盛り上がっているスタジオの中でも顔色ひとつ変えていない豪炎寺が宇宙人のように思えてくる。
彼の隣の風丸の呆れ顔が、事情のあらかたを把握している者すべての心情を代弁していた。




『ご、豪炎寺さん早熟ですねー!』
『ずっと一緒にいるから、いつが初めてかがわからなかったんだが・・・』
『ずっと?』
『小さい頃からずっと一緒に遊んだりしていて、彼女と初めて2人で行ったのが隣町の少年サッカーの試合だったんです。・・・よく考えれば今もデートらしいデートはしていないし・・・』
『今・・・ということは、その方とは今も? 幼なじみさん・・・ですか?』
『はい、そうです』




 マンガみたいですね、ロマンチックですぅと先程とはまた違った熱っぽい盛り上がりを見せる番組を、はもう聞いていなかった。
携帯からメールの着信音がなりチェックすると、半田と風丸から着ている。
前者は『お前全国デビューじゃん』で、後者は『やっぱ事前に豪炎寺の確認しときゃ良かった、ごめん』。
『羨ましいでしょ』と『気にしないでね風丸くん、今日のもかっこよかったよ』とそれぞれ返信すると、は豪炎寺の腕を寄り強くつねった。
肉でも千切ってくれようか。
当の本人は事実だろうと淡々と口にしているし、まったく、公共の電波を使って何を晒しているのだ。
恥ずかしくて外を歩けないではないか。




「修也がここまで馬鹿だとは思わなかった」
「でも俺のおかげでゲストチームは98で収まっただろう」
「そりゃ8歳って答えりゃ収まるでしょ。私、あの頃は全っ然修也のこと好きじゃなかったからね。あの頃のはデートじゃなくて連行だったからね」
「じゃあいつだと思うんだ。デートらしいデートを今になってもしていないなんて、甲斐性なしだと思われるだろう」
「甲斐性なしの方がむしろ事実じゃん」



 寝ても覚めてもサッカーの話ばかり。
昔から筋金入りのサッカーバカだったが、話相手はサッカーバカでもなんでもない一般人なのだから、そのあたりは考えてほしい。
あのチームはどうだ、このチームはああだとサッカーのことしか喋らず、たまにサッカーの話題に合わせてやろうと思って気になるイケメン選手の名前を挙げると渋い顔をする。
何なのだ、何をしたいのだ奴は。
幼なじみとしての自分ではなくて恋人としての自分を望んだのであれば、もう少しそれらしい扱いをしてほしいものだ。
そんなにサッカーの話をしたいのなら、円堂あたりと同居すればいい。




「いつも風丸くん自分が出演する番組教えてくれるけど、今日は教えてくれなかった理由がよーくわかった」
「風丸は人の彼女に何を吹き込んでるんだ。あいつが主犯か」
「風丸くん悪くないもん。サッカー以外の話もしてくれるし、相談にも乗ってくれるし」
「他人に相談しないで俺に話せばいいだろう」
「修也も他人じゃん。私、豪炎寺じゃないし」




 テレビそっちのけでぶうぶうと文句を垂れ始めたに閉口する。
何か言うとすぐに何やかやと言い返してくる。
確かに他人だが、そんじょそこらの他人よりも密な付き合いをしている自負はある。
少なくとも、風丸よりも身内度は高いはずだ。
しかし、それにしても豪炎寺とはなかなかにいい響きではないか。
初めからそうなるべくつけられた名前のようだ。
家のご両親には悪いが、という名前は豪炎寺の後についた方がより美しく聞こえる。




「ちょっと、ねえ聞いてる?」
「何だ」
「やっぱり聞いてない。もういい、他の人誘って行く」
「どこにだ」
「安くて美味しい温泉宿があるって聞いたから、オフで暇になったら連れてけって言ったの。お肌にいい効能があるらしくってねー」




 はまだ知らない。
豪炎寺はポケットの中の紙切れを思い小さく笑った。
の方から温泉に行きたいと言い出すとは思わなかったが、の好きなものくらいはきちんと心得ている。
そこがの言っていた場所かどうかはわからない。
けれどもきっと喜んでくれるはずだ。
びっくりして声も出ないかもしれない。



「ほら、番組終わるぞ」
「げ、全然観てない! ま、後で風丸くんシーンの編集する時に観直すからいいんだけど」




 再び画面の中の豪炎寺たちへと視線を移す。
質問ショーでの予期せぬ豪炎寺の回答はあったものの、その後の挽回でレギュラー陣には僅差で勝利し、賞品がプレゼントされるらしい。
何かな、いつ収録したのかは知らないが、家になにか物が増えたりはしていない。
まさか現金をチョイスして、そのまま財布へインしてしまったのだろうか。
それはそれで別に構わないが、何をもらったかくらい教えてほしかった。
自分で選んだ商品がもらえるのだ。
常日頃、彼が何を欲しがっているかくらい知りたかった。
何なのと尋ねると、すぐにわかるとはぐらかされる。
プレゼンターから豪炎寺に手渡された賞品を見て、は思わず生身の豪炎寺の顔を仰いだ。
どこまでもポーカーフェイスなこいつが憎たらしい。
今日までずっと黙っていたのか。
もしかして行きたがっていたことも知っていた?
マジでと呟くと、ふっと笑われ頭を撫でられる。
意外と優しい撫で方は好きだが、今はそんなことにほわほわしている場合ではない。
は体ごと豪炎寺に向き直るともう一度、マジでと繰り返した。




「わ、私が温泉行きたいって知ってたの・・・!?」
「いや、だからさっきは驚いた」
「でもなんで3泊4日温泉旅行・・・! いや、私が行きたいとこは違うけどってかこっちの方がグレード全然上だけど! なんで温泉ピンポイント!?」
「今も昔も、が人の家の風呂にまでも入浴剤入れるほどに温泉好きだってことは知っていた。
 サッカー観戦以外のデートもしたかったし、甲斐性あるところを見せておかないと本気で逃げられそうだったからな」
「う、うわあああああわわ・・・・・・」
?」




 真っ赤になったり真っ青になったりと、顔色をころころと変えるが不安になって声をかける。
何かまずいことでもあったのだろうか。
これは喜んでいると受け取っていいのだろうか。
どうしたものかと固まっていると、がぎゅっと抱きついてきた。
自分からは滅多に抱きつこうとしないがデレた。
本能のままに腰に腕を廻すと、の顔色が更におかしなことになる。
赤と青が混じって紫になってしまうのではないかなど、余計な心配をしてしまうほどに豪炎寺は幸せだった。
いつも振り回されていたが、ようやく勝てた気がする。
今日は完全勝利、そう宣言していいだろう。




「ど、どっどどどうしよ・・・・・・」
「・・・どうした? 何か問題でもあるのか?」
「くっそ夕香ちゃんがあんなに強かな女の子になったとは思わなかったさんマジ豪炎寺兄妹の掌の上転がされてるんじゃなかろうか、
 夕香ちゃん甘く見すぎた私が馬鹿だった夕香ちゃん私をそんなにお姉ちゃんって呼びたかったのか可愛いけどちくしょう騙された感が否めないってば・・・」
「夕香がどうしたんだ」
「ああもういいや! 修也、赤、好きだよね」
「ああ、好きだ」
「お!」
「お?」
「おおお温泉旅行、楽しみにしててね・・・!」

「・・・あ、まさか」




 前言撤回、今日も負けた。
負けたけれど、今日の負けは明日に繋がる価値ある敗北だ。
よくやった夕香、やっぱり夕香はお兄ちゃん自慢の妹だ。
豪炎寺は自身の腕の中で茹蛸状態になったままのに額に口付けを落とすと、画面の中の自分へぐっと親指を突き立てた。






こんな夕香ちゃんは嫌だ




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