常夏男と海洋旅行記




 デジャヴだ。
いつぞやもほとんど似たようなことをされ、生き埋めになった気がする。
半田は辛うじて動く首を巡らせると、普段は絶対にお目にかかれないしかかろうとも思わないの眩しい太腿を視界に入れ、反射的に目を閉じた。




























 改めて確認するまでもなく、日本は島国だ。
海はそこらじゅうにあって、特段珍しいものでもない。
海水浴にも、豪炎寺家の面々や友人と行ったことがある。
どこで泳いでもそう変わらないのだから、あえて遠出する必要はないのではないか。
それに、海に行くと焼ける。
黒くならず赤くなり皮が剥けるタイプの乙女の柔肌に、東京よりも更に日差しが強いであろう亜熱帯の太陽は刺激が強すぎる。
は何が楽しいのか、せっせと海水浴セットを鞄に詰めている豪炎寺に行きたくないと反論した。





「部外者を巻き込むのやめてよ。行きたきゃサッカー部で行きゃいいじゃん」
「俺の面倒看ていると言い張っているが、ともすれば事故も起きかねない海水浴に行く俺の面倒見を放棄していいと思っているのか?」
「それやったらマジで私が修也の彼女みたいじゃん。やだ、墓穴掘りたくない」
「だったら日頃から嘘を撒き散らすんじゃない。とにかく来るんだ、風丸や木野も行くぞ」
「ひっど! 修也ずるい、風丸くんで釣るなんてひっどい!」




 ずるくて酷いのは、風丸の名前さえ出せばほいほいくっついてくるの方だ。
隠さない風丸への愛情には、もはや嫉妬を通り越して感動すら覚える。
のすさまじい愛情をすべて受け止め、きちんとお返ししている風丸の包容力は数値化するとどれだけになるのだろう。
メーターが振り切れて測定不能となる、驚異的な値を弾き出しそうな気がする。
ありうる、なぜならば被験者が風丸だからだ。





「修也、浮き輪持ってかなくていいの?」
「俺は水に弱いわけじゃないと何年言い聞かせれば覚えるんだ。覚える気がないのか?」
「興味ないこと覚えてたら脳内メモリもったいないから、記憶ワードはいつでもエコしてるって知らなかった?」
「・・・風丸の好きな食べ物と好きなタイプは?」
「あっさり薄い味付けで嫌いな食べ物なくて、私みたいな子がタイプ」
「・・・ほう」





 愛情の差が露骨すぎて、さすがに悲しくなってきた。
豪炎寺は風丸効果で翻意したのか、チラシの裏に海水浴に持って行くものリストを書き連ね始めたを見つめ、と同席している時恒例のため息をついた。



































 あれだけ行くのを渋っていたのはどこのだ。
豪炎寺は、砂浜でわあきゃあとビーチバレーに興じる風丸やたちを眺め複雑な気分になった。
焼けたくなぁい暑いのやだーと出発前は散々駄々を捏ねていたが、風丸に誘われるや否や元気に走り回っている。
可愛い水着だなーよく似合ってる可愛い可愛いといつものように風丸にべた褒めされ、はすっかりご機嫌だ。
服よりも水着の方が褒めにくいと思うのだが、風丸には難易度など関係ないらしい。
可愛いものは可愛いって言えばいいんだと事もなげにのたまう風丸に、世間一般の口下手男子の言い分は通用しないのだ。
恐るべし治外法権の強権ぶり、咲き乱れる花も今日は常夏仕様でハイビスカスだ。






「あーっ、半田手加減してって言ったじゃん! なんでラインぎりぎりに落とすの、ずるーい!」
「勝負に手抜いちゃ失礼だろうが! が相手なら俺は尚更本気でお前を倒す!」
「大人気ない! 半田それでも男なの、男なら正々堂々私の水着姿に見惚れて、でもって負けなきゃ駄目でしょ!」
「はっ、俺にも許容範囲と好みってもんがあるんだよ。だーれがの水着なんかに見惚れるか!」
「ひっど! 風丸くん、半田が苛める!」
「半田、心にも思ってないこと言うのは悪い癖だぞ。こんなに可愛いのに嘘ついてどうするんだ」
「風丸、お前暑さに頭やられたんじゃないか? いつも以上に頭おか「喰らえ、スペシャル夏仕様ヒートタックル!」わっ!」





 
 ビーチバレーのルールを無視することに決めたのか、ボールを手にして駆け寄ってきたが勢いそのままに半田に体当たりした。
不安定な砂浜に足を取られあっけなく倒れた半田を、がふふんと勝ち誇った笑みを浮かべ仁王立ちして見下ろす。
うわ・・・、ほんとにお世辞にも山とは呼べないせいぜい丘だな。
中学生だから当たり前なんだろうけど、これで見惚れろってどう考えても無理難題だ。
ああそうか、だから風丸は可愛いと連呼していたのか。
なるほど確かに、これは可愛いと言うしかない肢体だ。
風丸、あいつ気遣ってたんだな・・・。
半田の心中など知る由もないが、むむむうと眉根を寄せた。





「半田、今なんかすっごく私に対して失礼なこと考えてたでしょ」
「いや? 風丸が可愛いって言った理由がやっとわかって納得してた。可愛いわ、いやあ可愛い可愛い」
「半田・・・・・・。そんなに砂風呂に入りたいんならしょうがない、私が埋めたげる」
「・・・は? 可愛いって言ったじゃん俺。なんで埋められて砂かけられてんの? お前いつからツンデレ使いこなせるようになったわけ!?」
「半田の可愛いには邪気がある! あと、アンドレさんなんて知らない!」
「下心なく可愛いって言ってんの風丸くらいだよ! やめっ、固めんなここだと俺、満潮で沈むから!」






 ぺたぺたと砂を顔以外の全身に盛っていくに制止を求める。
せっかく褒めてやったのに何が気に喰わないのだ。
これだからは扱いにくくて困る。
いっぺん沈んで頭冷やして褒め直すことねと言い放ち風丸の元へ戻るへ、半田は心の底からの素直な感想可愛くねぇなを絶叫した。






満潮になり波に浚われた半田は時空トリップし王子様となって人魚姫に助けられるのだが、それはまた別の話




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