確信犯はお待ちかね
親友にたったひとつ、嘘をつこうと思う。
彼の特性を見極めたうえで編み出した苦肉の策で、悪意や悪戯心は微塵もない。
あくまでもその日を有意義に過ごすためのゲームメークだ。
鬼道は、残るは送信するだけとなった文面を見つめた。
誰が言い出したわけではないが、円堂と豪炎寺と集まる時は取りまとめ役になっている。
プランを立てるのは嫌いではないし、3人の中では最も理にかなった展開を思いつくだろうという自負もある。
だが、豪炎寺の行動は時にプラン構築を外れる。
彼は時間通りに現れない。
もはや「待たせたな」と言うためにわざと遅れているのではないかと疑ってしまうほどに、彼は悠々と現れる。
豪炎寺はヘブンズタイムは使えないはずなのに。
豪炎寺と豪炎寺以外の人間に流れる時間は等しく同じだ。
「鬼道、週末の待ち合わせ時間なんだけどどうする?」
「円堂、俺は豪炎寺を騙そうと思う」
「騙す!?」
「お前も嫌というほどわかっているだろう、豪炎寺の癖を」
「あー、あれかあ・・・」
「映画の時間は変えられない、だから豪炎寺には俺たちよりも10分早い時間を集合時間として告げようと思う」
「10分で足りるかな」
「ふっ、随分なことを言う」
「俺は鬼道より前からあいつを待ってたから」
豪炎寺のことはもちろん信じたい。
だが、豪炎寺はいつも遅い。
サッカーと体育の授業以外では走らないとでも決めているのか、路上の豪炎寺は長い脚で優雅に歩いてばかりだ。
本人非公認の豪炎寺ファンクラブの面々も、大人っぽく余裕たっぷりに歩く豪炎寺くんもかっこよくて素敵と黄色い声を上げていた。
こうやって勝手に豪炎寺修也が独り歩きし、ますますブランド化されていく。
私の修也はこんなんじゃないと、そのたびに非難の先頭に立つの声が脳内で再生される。
あ、そうだ。
円堂は幻聴とともに舞い降りた名案に顔を綻ばせた。
そうだ、に頼もう。
の名が出た瞬間に鬼道の眉間から皺が消え去った。
「なあ鬼道、今回は豪炎寺を迎えに行かないか?」
「それは構わないが、と何の関係が?」
「は週末は豪炎寺の家に泊まってるから、の前では豪炎寺も急ぐかなって」
「待ってくれ円堂、今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。豪炎寺の家に泊まる? どういうことだ」
「どうってだから言ったままなんだけど。ついでに豪炎寺はが関係してくると走るし、なんだかんだで豪炎寺はをがっかりさせたくない奴だから遅刻はしないと思う。鬼道も朝からに会えるし、いい考えだと思うけどなあ」
豪炎寺家にお泊まりしているを見に行く時の自分の心情がまったく予想できない。
豪炎寺にどんな顔をされるのか、考えただけでぞっとする。
豪炎寺はこちらの想いをおそらく知っている。
だから事あるごとにと2人になるのを妨害するし、時には明確にに気を付けろと警告してくる。
取って食われるのはだろうに、彼女の何に気を付けろと忠告してくるのか理解ができない。
嫉妬とは人間が持つ感情の中で一番醜いものだ。
普段は求められても喋らない無口な男が、が絡むと途端に饒舌になるし感情表現も豊かになる。
家庭訪問されると知れば、朝っぱらからと仲睦まじくしている様子を見せつけてくるかもしれない。
映画どころではない。
劇場の暗闇を利して肘打ちするかもしれない。
フィジカルにも猛チャージにも自信がある。
「だから豪炎寺には迎えに行くって言っとこうぜ! 行きからみんなと一緒ってスッゲーマジで楽しいと思う!」
「今回は俺たちが待たせたなと言うわけか」
「そういうこと!」
日程調整役となった円堂が、早速豪炎寺に週末の予定を送信する。
待っていると、短く豪炎寺が返信した。
ピンポーンと軽快な音を立てインターホンが来客を知らせる。
人が起きる気配はない。
こいつ、居留守を使うつもりだな。
はのそのそと起き上がると画面を眺めた。
見慣れた丸顔と見慣れたゴーグルが映っている。
なんで円堂くんと鬼道くんが。
押し売り業者や自称豪炎寺の従兄弟なら黙殺するが、クラスメイト相手に居留守は使いづらい。
は上着を羽織ると、受話器に向かってもしもしと声をかけた。
あ、?
円堂の明るい声でほんの少し目が覚める。
家主の息子も今すぐ覚醒してほしい。
こちらはただの客人だ、客人に客人の相手をさせるのは良くないと思う。
「円堂くん? どしたの朝から」
『豪炎寺と約束してるんだけど、起きてる?』
「わかんない、部屋違うもん」
『そうだよな、ちょっと安心した! で、悪いけど豪炎寺呼んでもらっていい?』
「う〜ん、ちょっと待って〜」
ふわあと大きく欠伸し、玄関へ向かう。
外で待つのは辛かろうと、客人なのに気を利かせて扉を開く。
歓迎されると思っていなかったのか、丸顔とゴーグル顔がなんとも不思議な顔で立っている。
ほんとにいたんだと、人をお化けか珍獣のように評さないでほしい。
は2人をリビングに招き入れると、修也は口を開いた。
「昨日は夜更かししたからまだ寝てるかも」
「と?」
「うん、思ったより盛り上がったから」
「も起きたばっかなんだ」
「うん、ピンポンで起こされた」
「ごめんな。とりあえず着替えてきてもらっていい?」
「もこもこの服かわいいでしょ、もふもふなんだよ。触る?」
「さわ「鬼道、駄目だって。なあ、俺たちこのままだと豪炎寺をとんでもなく不機嫌にさせそうだからほんとお願い、人助けと思って着替えてきて」
「いいけど・・・・・・。あ、じゃあその前に修也起こしてくるね」
修也ぁと、間延びした声で呼びかけながら豪炎寺の部屋に入ろうとするの行く手を慌てて阻む。
安易な発想で他人の朝を覗きに行くのではなかった。
がここまで無防備で、豪炎寺家に入り浸っているとは思いもしなかった。
寝間着のまま人を出迎えるのは防犯上良くないと豪炎寺やご家族は早急にに教えるべきだ。
ゴーグル越しでもわかるほどに鬼道が狼狽えていた。
お坊ちゃま育ちの鬼道には、の無作法が目に余ったのかもしれない。
もちろんこちらも驚いた。
ってそういえば可愛いんだなと、今更ながらに納得した。
豪炎寺はすごいと思う。
自分なら耐えられないかもしれない。
「、ここは俺と鬼道に任せて、な! な!?」
「うーんでも寝起きの修也、修也ってわかんないかも。髪型とか別人だし」
「豪炎寺の家で寝てるのは豪炎寺しかいないから大丈夫、消去法でいける!」
「私もいるんだけど」
「それはそれでマジでいるんだってびっくりしたけど、ほら、豪炎寺も起きたばっかのとこをに見られたくないかもしれないし・・・?」
「何言ってんの? 私と修也、昨日も寝落ちするまで」
「やめて! 俺も鬼道もそういうの免疫ないから! 豪炎寺起きろ、豪炎寺、が、鬼道が切れそう!」
豪炎寺家の高級マンションの壁が厚いと期待して、扉を強く叩く。
ゆっくりと扉が開き、ぬっと伸びた腕がのもふもふの袖を掴み引き入れる。
と入れ替わりに現れた少年を円堂と鬼道は見上げた。
見たなと凄まれ、慌てて首を横に振る。
今見たのは何だと訊かれ、と答える。
見てるじゃないかと返され、選択肢を誤ったと知る。
見ることすらNGな姿なら、初めから部屋に閉じ込めておいてほしい。
豪炎寺の独占欲と男子中学生の健全な肉体に宿る好奇心は、ベクトルは同じでも決して相容れない。
「お、おはよう豪炎寺! 迎えに来たぜ!」
「まさか部屋の扉を叩かれるとは思わなかった」
「に開けてもらった! けど、ああいうのは辞めたほうがいいと思う! 俺たちじゃなかったら危なかった」
「そうだな」
「俺を直視して言うのはやめろ」
「そ、そうだよ豪炎寺! 大丈夫、には俺も鬼道も指一本触ってないから」
準備すると告げた豪炎寺が、再び部屋に引きこもる。
中で何やらと話しているようだが、内容はわからない。
数分後、身支度を整えた豪炎寺が姿を現す。
の前で着替えたのかなど訊かない方が良さそうだ。
2人してまた、何を今更という顔で見つめてきたら文字通り目のやり場に困ってしまう。
不純異性交遊とか大丈夫だろうか。
校則に載っていなくても世の中には世間体や倫理観といった人道上の問題があるのだが、彼らにその辺りの常識は備わっているのだろうか。
その手の行動だけ早かったら豪炎寺を叱ってしまうかもしれない。
「待たせたな」
「いやいや! えーと時間は・・・うん、ぴったりだ! いろいろあったけど、このやり方なら豪炎寺は遅くならない!」
「いろいろ? 何かしたのか、に」
「何もしてない! な、鬼道!」
「ああ、何もできなかった。次はお前を起こすことがないよう行動する」
豪炎寺が鬼道を見つめ、時計へ視線を移す。
間に合わないんじゃないか?
何に向けて言ったかわからない豪炎寺の発言に、円堂と鬼道は顔を見合わせた。
「夜更かしって何してたんだ?」「海外サッカーの生中継を観ていた」「あ~そっかあ~よかった~~~!!」