頒布準備はお早めに




 学園祭の季節ではなかったはずだが、瞬きしている間に半年ほど月日は流れていたのだろうか。
せっせと手慣れた動作で組み立てられていく即席の屋台は、様々な部活動生たちが駆け回る広大なグラウンドとはあまりに浮いた存在で、嫌でも視界に入ってくる。
持ち主があれだから、屋台もどきがそうなってしまうのも宿命なのかもしれない。
そして、今でこそまだ実害は出ていないものの遠からず実行犯となるであろう人物と目が合ってしまった以上、隣人として放っておくわけにもいかなくなった。
今更思うでもないが、明らかにクラスメイトという枠を土足で踏み抜いた保護責任を負わされている。
彼女の隣人になって良かったと拳を突き上げ喜んだ日など、1ヶ月前の昨日しかない。
半田は屋台の中でやんやと話し合っているイケメン美少女に、おいと声をかけた。





「今度は何やらかす気なんだよ、見てないことにしとくから撤収撤収」
「やぁねえ半田てば気が早すぎ。今日はただの準備で本番は明日なんだから、まだ何もしてませーん」
、俺はさ、親切心で何かやる前に片付けろって言ったの。大体なんで豪炎寺がいるのにこんなことになってんだよ。止めろよ」
「場所が悪かったということか? しかしここ1ヶ月見ていたが、グラウンドのデッドスペースはこの一画しかなかったんだ」
「そうそう。今更会場変えるわけにもいかないし大丈夫! 今年は去年よりもしっかり計画立てたし数も増やしたし、見て見てこれ! 完璧じゃない?」





 『最後尾はこちら』と書かれたプラカードを手にしたが、ぶぅんと風を切る低い音を唸らせながらこちらへと振りかぶる。
こいつ、立て札で殺す気か。
半田は反射的にから3歩ほど間合いを取った。
何が完璧なのかわからない。
会場とは何だ、いったい今度は何の犯行計画を立てているのだ。
だけではなく、豪炎寺までも率先して参加しているあたりに底知れない恐ろしさを感じる。
これ以上係わっても、いつも通りどうせろくなことにはならない。
そう頭ではわかっていてもつい頭を突っ込んでしまうのは、と出会うまでは潜伏していたままだった時限式の病のようだ。





「明日、お前ら何やるつもり?」
「何って決まってんでしょ、修也のホワイトデーお返しお渡し会よ。半田も先月見たでしょ、修也のどこに騙されたのかわかんない女の子たちからのバレンタインの山を」
「決まってねぇよ! てかお渡し会って何? なんでそんなことする? 誰からもらったのかわかってるのかあの量で!」
「わからないから、今年は机とか下駄箱とか目ぼしい場所に引換券を置いていた。当日は引換券と交換でホワイトデーのお返しを渡せる。、どのくらい捌けたか覚えてるか」
「130くらいじゃない? 修也何してファン増やしたの」
「何もしてない」
「まー私の幼なじみやってんだから多少はモテててもらわないと困るんだけど、ここまで人気屋になった修也を育てた私すごくない? 100個くらいは私のおかげと思う」





 自信と企画の出所は相変わらずわからないが、だけではなく豪炎寺本人もお渡し会とやらの開催については一点の疑問も違和感も抱いていない非常識馬鹿だということはよくわかった。
頭痛で頭が割れそうだ。
初めから諦めていたが、やはり自分の手に負えるものではなかった。
半田は豪炎寺とに背を向けると、ひらりと手を振りサッカー部室へと歩き始めた。
今日はきちんと尻尾を掴んだし紛うことなき現行犯だ、突き出せる。
半田は部室の建てつきの悪いドアを開け放つと、室内の夏未を召喚した。






































 木戸川清修中学校は決して馬鹿が通う学校ではなかった。
きちんとした入学試験を経てそれなりに選抜された生徒のみが通うことが許される、至ってまっとうな学校だったはずだ。
何をどう頭の体操をすれば、こんな顛末になるのだろうか。
夏未は目の前で怪訝な表情を浮かべ顔を見合わせている同級生を交互に見つめ、はああと盛大にため息を吐いた。
はもういい、彼女が何をしようが慣れてしまったのか大して何も思わない。
しかし今回はまさかの保護者同伴で、共犯だ。
バレンタインに何者かに毒でも盛られたのかと心配になってしまうくらいに奇怪な行動を取っている。
夏未は設営されたばかりの屋台をびしりと指差すと、駄目ですと声を荒げた。





「学園に許可なく建造物を建ててはいけません! これは理事長命令です、今すぐ片付けて!」
「えーいいじゃーん別にビームが出るわけでもないし。鉄骨なんかも入ってないから帝国のサッカーグラウンドよりも安全だよ?」
「笑えないジョークはやめて! せっかくのバレンタインに勇気を出して渡した女の子たちをこんな目に遭わせるなんて、ひどすぎます!」
「俺はもらいっ放しのままでは嫌なんだ。だが、誰からもらったのかもわからないものを適当に返した結果、受け取った人とそうでない人の間で諍いが起こるのは困る」
「そうよう、夏未さん知らないんだろうけど去年はそれで結構大変だったんだから」
「だからって、こんなグラウンドの真ん中でやられては学園の景観にも悪影響です! 豪炎寺くんも、そもそももらうのを断れればいいでしょう」
「口下手の修也が見ず知らずの女の子にいらないなんて言えると思う? 無理無理、修也の口下手むっつり無口マンを甘く見てもらっちゃやぁよ。
 ていうか私の机にまでバレンタイン置かないでほしい、宛名も修也じゃなくて私宛なんて私は中継地点じゃないっての」
「それはさん宛てなんじゃないかしら・・・」





 学年を代表する美形3人が並び立つ光景は傍から見ればとても豪華だが、どうやら話はピリピリとしたまま平行線のようだ。
一般常識が通じない2人に、学園きってのスーパー常識人夏未をぶつけた作戦は大炎上したようだ。
同じMFだから少しはゲームメーカーの真似事もできるのではないかと安易な気持ちで夏未を巻き込んでしまったことは、少しだけ反省している。
半田は同じように屋台を遠巻きに眺めている円堂になんとなく、ごめんなと謝った。





「練習時間潰しちゃってごめんな。あと雷門を連れてっちゃって」
に勝ち目があるのって夏未と風丸くらいだもんなー。半田、お前の判断は合ってたと思うぜ!」
「でもお渡し会かあ。はサッカーだけじゃなくてイベントの作戦立案も得意なんて知らなかったよ。すごいなあ、俺も試しに並んでみようかな」
「おうおう並んでみろよ風丸。俺、実は引換券3枚持ってる」
「なんで半田も持ってるんだよ」
「俺の机も占拠されてたんだから3枚くらいくすねたっていいだろ。あと、からはもらったけど豪炎寺からはもらってないしな」
「へえ半田もらったのか、良かったな! でもそれ鬼道の前で言わない方が良かったと思うぞ」





 引換券で何かもらうには、お渡し会とやらが開催されなければならない。
引換券の裏には確かにグラウンドにて開催と書かれているので、豪炎寺とは何をどうしてもここで強行するつもりなのだろう。
やる気になった2人の連携プレイは、見たことはないが想像するにきっと凄まじいものなのだと思う。
ただの常識人の権力者である以外に何の特技も必殺技も持たない夏未が、常識はプラカードで張り倒すものだと信じていそうなに太刀打ちできるわけがない。
ここはひとつ、夏未を放り込んでしまった責任とを止められなかった責任を取って、平和的解決に導くべく介入せねば。
どうせこんな役回りになるとは、初めて屋台を見てしまった時に確信していたではないか。
怖くない怖くない。
あああのさとどもりながら屋台の前に飛び出した半田は、同時に6つの瞳に見据えられひぃと小さく悲鳴を上げた。






「何よ半田、まだ止めるつもり?」
「半田、悪いが今日は退いてくれ。これは俺の、いや、男として生まれた以上は譲れない戦いなんだ」
「そうよそうよ。私の修也をお礼もお返しもろくにできない甲斐性なしにさせたいの? やめてよ、これ以上修也がダメダメダメンズになったらどうしてくれんの」
が一番豪炎寺のこと悪く言ってるよ」
「たとえ豪炎寺くんの評判が落ちようと、一度前例を作ってしまっては他の生徒たちへの示しもつかなくなるの」
「お渡し会企画するモテ男の馬鹿なんざ豪炎寺以外出るわけないって」
「「半田(くん)は何しに来たの!」」





 男のロマン両手に華の圧がこれほどまでに強いとは思わなかった。
今すぐ逃げ出したいが、それをすると帰る場所さえなくなりそうな気がする。
半田は震えそうな足にぐっと力を込めると、ゆっくりと口を開いた。





「グラウンドの真ん中でやるのはやめとけ、並んでる子たちにボールやら当たったらそれこそ豪炎寺の評判が落ちる。壁際なら壁に沿って並びやすいから、そっちのがいいと思うぞ?
 あと雷門・・・、豪炎寺巡ってのキャットファイトは正直気になるけど学園がギスギスするだろうから開かせてやってくれないか?
 大丈夫、後にも先にもこんな馬鹿やる生徒はこいつらきりって断言できる」




 どちらに肩入れをしてもどちらかから肉体的あるいは社会的に痛めつけられるのならば、自己保身のために少しでもマシな方法を提案するに限る。
夏未だっておそらく恋に恋する女の子だ。
豪炎寺に叶わない恋情を向ける女子生徒たちの儚い思いを汲んでやろうとすれば、お渡し会なんていうふざけ倒した救済の宴を中止にはできないはずだ。
たちの考えについては、せめてサッカー部の名を汚さない人目につかない場所でやってほしい。
グラウンドに並ぶ女の子たちの行列の中にぽつんと男子生徒が混じって並ぶのは、何よりも恥ずかしい。





「ねえ修也・・・」
「ああ、。来年からは半田を作戦参謀兼折衝役に迎えよう」
「ごめんね半田。私、半田はバレンタインとか縁ないフツメンだから放っといたんだけどチョコの量と頭の良さって比例しなかったのね。ほんとにごめん」
「おう、今の一連の失礼すぎる発言についてもう一回心を込めて謝ってくんねぇかな」
「私も迂闊だったわ・・・。あなたの暴走に半田くんが係わっていない時点で破たんして当然だもの。半田くん、あなたは来年からはちゃんと手綱を握っておきなさい。これは理事長命令よ」
「俺は別に屋台骨になりたくて介入したんじゃないんだけど」
「あらいいじゃない。鉄骨なら落ちるでしょうけど半田くんなら落下点はないでしょう? 地に足ついて考えを持つ人は、時として誰よりも有能よ」





 そうと決まればまずは屋台の移設、それから開催場所変更の周知徹底をしなくちゃ。
いつの間にやら誰よりも張り切って指揮を執り始めた夏未に、はおーとかけ声を上げた。






・・・ほう? 俺は何ももらっていないのだがな




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