忠実なる騎士の反逆
苦しいリハビリも乗り越え退院し、サッカー少年として復活したはずの幼なじみの様子がおかしい。
サッカーをしているのだが、純粋にサッカーを楽しんでいる昔とは雰囲気が違う気がする。
サッカーではない、別の余計なことを考えながらボールを蹴っているように見える。
は河川敷のサッカーグラウンドで練習に励む半田を、不安げに見つめていた。
「真一、ながらサッカーなんていつの間にできるようになったんだろ。入院してる間に頭も良くしてもらったとか?」
が知る半田は、一度に複数のことを全うに考えられるほど捌けた人間ではなかった。
こちらを想ってくれている時は他の女のことなんか考えさせないし、向こうもそのつもりだと思う。
こんなに可愛くてよくできた女の子、しかも幼なじみが傍にいるのに別の女など半田には過ぎたる存在だ。
半田には自分がいればそれでいいのだ。
奴にハーレムなど似合わない。
は浮気性になってしまった幼なじみを真面目に案じていた。
「真一、そろそろ休憩しようよー。 おべんと作ってきたから一緒に食べよ」
「ああ、うん。・・・なぁ、お前さ・・・」
「はい、今日は真一が私の次にだぁい好きなタコさんウィンナー詰めてきた! 好きでしょ真一、あーんして」
「美味そうだけど、その前に話があるんだ」
「やだ」
「」
「聞きたくない。最近の真一ちょっと変。私見てても私見てないし、サッカーやっててもサッカーしてない」
「何だよそれ」
「そのままの意味。真一、私のこと見てる? サッカーちゃんと見てる?」
「見てるよ、ほら」
半田は困ったように笑うと、の手をおにぎりごと握り顔を近付けた。
突然の接近に目を丸くしているに、俺が見えてるかと尋ねる。
見えていないわけがない。
今のの瞳には、どこもかしこもぱっとしない男子中学生しか映っていないのだ。
視線を釘付け、独り占めしたいのならば初めからこうしていれば良かった。
半田はの額をぴんと指で弾いた。
「の目に俺が映ってる」
「し、真一の目にも私しか映ってない」
「だろ? ったく、ちゃんと見てるんだから変なこと言うな」
「ごめん・・・。でも元はと言えば真一がおかしかったのがいけないんだから、やっぱさっきのごめんなし」
「はいはい」
ウィンナー食べたいから箸くれ。
真一の手汚れてるから私が食べさせたげる、あーんして。
先程までの不安顔はどこへやら、いつもどおりの自信に満ちた嘘偽りのない笑みを浮かべ迫ってくるとウィンナーに半田はつられて笑みを浮かべた。
女の勘というか長年の付き合いの勘というか、の疑問には一瞬どきりとした。
を見ていないといえばそうだし、サッカーを見ていないと指摘されればそれは当たっている。
決してを避けているわけではない。
意識して目を逸らし、を考えないようにしなければを傷つけ悲しませてしまうのだ。
約束もろくに守れないような甲斐性なしの幼なじみだが、を悲しませたくはなかった。
離れたがらない、見捨てないを無碍にすることはできない。
こちらとしてもを手放すつもりは毛頭ない。
本当は離れた方がのためになるのだろうが、そうわかっていてもを手放したくない己が欲望に自身を嘲笑いたくなってくる。
これからやろうとしていることはどう考えてもを悲しませることなのに、それでもやめられないのだ。
やめられないところまで来てしまって、心も侵食されているのだ。
矛盾した毎日が辛くてたまらない。
無邪気に笑うの顔を直視できなかった。
そろそろ潮時だと、心の中で警鐘がしきりに鳴っていた。
「」
「んー?」
「、俺のこと好き?」
「うん、大好き! 珍しいね、いつもは私が先に訊くのに先越されちゃった」
「ははっ、悔しいか? 俺のこと好きなら、俺の言うこと聞けるな?」
「なになに? ハグするのキスするの、あっ、もしかしてプロポーズ! いいよ私明日から半田になる!」
「それはあと10年くらい待とうなー。・・・明日から俺のこと忘れてくれ。それか、嫌いになってくれ」
「へ・・・? えっ、な、何言ってんの真一。頭ぶつけたの、また入院しよう!?」
「頭はぶつけてない。・・・ごめん。俺、が言うとおりのこと、真っ直ぐ見れてない」
見れなくていいから、なんで見れなくなったか理由教えて!
可愛くなくなったから駄目なの、入院した時いっぱい泣いたから愛想尽きちゃったの!?
こっそり豪炎寺くんに迫られてたことが悪かったの!?
なんでなんでどうして、待ってよと連呼するの声をすべてシャットダウンして河川敷を後にすると、半田は鞄の底に隠された黒いマントと妖しく光る紫色のネックレスを手に取った。
ここに等身大の半田人形置いとくから、サンドバッグにどうぞ