キズナ崩壊序曲
初めにおかしいと思ったのは、試合を前にアップを始めた木戸川清修ベンチに幼なじみの姿がなかった時だった。
出発時間も集合場所も違う豪炎寺がどこで道草を食っているのかは知る由もなかったが、いつまで経っても現れない彼を不安には思っていた。
決勝戦の対戦相手、しかも注意しなければならないエースストライカーではあっても、豪炎寺は大事な幼なじみだった。
何があったのだろうかと考えるのは特段おかしなことではなかった。
もっとも、彼の行方を案じるのは試合が始まるまでだったが。
「帝国学園、フットボールフロンティア連覇記録を更新です!」
もっとおかしいと思ったのは、結局試合には現れなかった豪炎寺兄妹とのことを知ってからだった。
2人を応援しに行くからねとあれだけ気合いの入っていたが来ていない。
春奈に理由を尋ねてもわからない。
豪炎寺のみならず、自身の妹まで来ていないことが妙に引っかかっていた。
何か良からぬことが起こったのではないか。
そうでなければが来ないわけがない。
真実を知ったのは、帰宅して憔悴しきったの口から今日の出来事を聞かされた時だった。
「・・・なん、だと・・・?」
「夕香ちゃん車に轢かれて、病院行ってたの」
「それはいつの話だ、修也はその話をいつ知ったんだ」
「試合始まる前、私が連絡した。修也ったら気でも狂ったんじゃないかってくらいに病室で騒いでたから、張り手一発飛ばしてきちゃった」
「なぜ・・・、どうして俺には言わなかったんだ! 知ったら俺も」
「行ってたでしょ? 駄目だよゆうくん、試合さぼっちゃ。あれは修也の家のことで、ゆうくんには関係ない」
「あるに決まっている! それに、関係ないというならどうしては一緒に行ったんだ。はうちの子だろう」
「そうだけど! ・・・あんなになった修也ほっとけるわけないじゃん・・・」
ほんとのほんとに酷かったんだよ修也。
修也もこのまま病院に突っ込んだ方がいいんじゃないかってくらいに泣き喚いてうるさくてがきんちょで、私が張り手飛ばして頭撫でたげて膝貸してあげるまで寝付かなかったんだから。
それはもはや幼なじみや他人といった枠を飛び越え夫婦なんじゃないかと至極最もなツッコミを入れたくなった妹煩悩の自他共に求めるシスコンは、
状況を慮りすんでのところで言葉の流出を堪えた。
サッカーを続ける者とそうでない、才能はあるのにやめた者との間でサッカーの話をしなくなるのは当然のことなのかもしれない。
あの痛ましい事件以来、豪炎寺はサッカーをやめた。
幼なじみとしてか母か嫁の変わりか、はたまた抱き枕代わりで豪炎寺に付き合ってやっているの話によれば、サッカーはもうやらないと眠り続ける夕香に誓ったらしい。
独りよがりの勝手な誓いに巻き込まれた夕香も哀れだが、身内でもなんでもないに心配をかけ、困らせ手を煩わせていることも腹立たしい。
同じ学校に通っているから甘えられているのだろうか。
は決して甘えたがられ屋ではない。
どちらかといえばは甘えたい方で、尽くすよりも尽くされる方に意義を見出す子だ。
いくら幼なじみだろうと、甘えていいにも程がある。
だからは何も言わずに雷門へ去ったのだ。
いっそ帝国に転入すればいいと勧め、学力その他が足りず門前払いを食らったのはほろ苦い思い出と同時に家の黒歴史となったが。
「ゆうくんこそ雷門に来れば良かったのに。そしたら兄妹みーんな雷門だったのに」
「でもお兄ちゃんはサッカーしたくて帝国入ったんだから、サッカー部がない雷門に来たらお兄ちゃんサッカーできないよ」
「サッカー部あるじゃん、半田も入ってるし円堂くん頑張ってるよ」
「えっ、あったんだサッカー部!?」
「春奈ちゃん新聞部で、しかも私よりも雷門歴長いんでしょ。なぁんで知らないの、もう」
「うう、盲点だった・・・! ・・・あの、豪炎寺さんはまだ」
「まだまだ全然駄目っ駄目。・・・もうずっと駄目かも、修也」
「やりたくないならやらなければいい・・・と言いたいが、どうもそうはいかないようだ」
「どういうこと、ゆうくん」
一足先に思春期が到来したのか、ますます大人びた雰囲気を出すようになった兄が妹たちの会話に静かに口を挟む。
意味がわからずことんと首を傾げているに詳しいことを言えないのが申し訳ない気分になる。
サッカー部に友人がいるにとって近いうちに控える帝国学園対雷門の戦いは、辛いものになるだろう。
できれば観てほしくとも思う。
生まれて初めて、に試合を観られたくないと思っていた。
「修也に会ったらこう伝えておいてくれ。変な意地を張らないのが身のためだ、とな」
「ゆうくん?」
もう、ただの仲良し幼なじみという仲だけではいられない。
お互いに背負うものがあって、避けることができないのだ。
可愛い妹たちの笑顔を曇らせるのは自分かもしれない。
友と組織の狭間で悩む稀代のゲームメーカーは、きゃっきゃと雷門トークに花を咲かせる妹たちをゴーグル越しに見つめ頬を緩めた。
『鬼道』と書けないこの難しさにのた打ち回ったこの気持ちがおわかりか