成層圏から愛を落とす
傷つかないように新聞紙でぐるぐると包み込んだ優勝トロフィー(のレプリカ)を突っ込んだ鞄を担ぎ、大江戸国際空港の到着口ゲートを潜る。
すべてが東京中心に回っているこの国とイナズマジャパンに、愛媛までの直通リムジンバスやジェット機などない。
どうするよ、ライオコットでお土産の1つも買ってやれなかったくらいに財布の中身がない貧乏人。
どうやって実家まで帰れってんだよ、まさかここから青春18切符もしくは夜行バスか。
大会と長時間の飛行機移動で疲れ切った体に、これら移動手段はきつすぎる。
どうするよ俺、いっそここで野宿でもするか?
周囲が出迎えの嵐にもみくちゃになっている中ぽつんと1人佇んでいた不動は、溜め込んでいた疲れが一気に溢れ出た気分になり大きく深くため息をついた。
愛媛と東京は遠いので母に迎えに来てくれとは言えないし思いもしていなかったが、さすがに賑やかな中での独りぼっちは身に堪える。
からかおうにも、弾き出される気しかしない。
畜生、むしゃくしゃする。
不動は高速バス乗り場へ向かうべく、のろのろと顔を上げた。
「あっ、やっぱり明王くんだ! 明王くん明王くん!」
「は・・・?」
「あれ、明王くんじゃないの!? でもおかしいなあ、明王くんみたいな髪型は優勝しても流行らないからこの人は明王くんしか考えられないんだけど、あなたは明王くんですか?」
「・・・嬢、その顔で訊かれるとそいつが俺じゃなくても俺って言うぜ・・・」
「えっ、じゃああなたは明王くんのふりした人違いさん!?」
「俺意外に嬢を嬢って呼ぶ奴がどこにいるんだよ。いたらそいつぶっ飛ばしてるぜ」
驚きと嬉しさで真っ赤になった顔を隠すべく、目の前にひらりと舞い降りた天使もとい幼なじみをぎゅうと抱き締める。
大事な宝物のお姫様のただでさえ平たい(と言ったら平手打ちを喰らう)胸が潰れ腰がくびれてしまうのではないかというくらいに強く、ぎゅうと抱き締める。
ひょっとしたらこれは、道中飛行機事故に遭って人生をリタイアした後に訪れた週末空港の到着ゲートかもしれない。
痛いよ明王くん、みんなの目が痛くてぬるいよ。
たとえそれが肉体的であれ精神的にであれ何らかに痛覚を覚えたことを訴えたにより、不動はここが現実だと確信した。
明王くんがかわいそうです監督さんっていじわると、非難あるいはおねだりされた久遠から分捕った旅費で航空券を手に入れる。
意地悪なのは雇われているだけにすぎない久遠ではなく全国サッカー協会なのだが、余計なことを言っての交渉に水を差してはいけないので黙っていた。
はせっかちな男よりも、どっしりと構えた落ち着きのある男の方が好きだ。
ここはの好きなようにさせ、あわよくば交通費を手に入れよう。
不動の読みは的中し、無事交通費を手に戻って来たににこりと笑い返す。
明王くん良かったねと言われ主にの存在がいることについて良かったという思いを込め頷くと、がへにゃりと笑う。
持つべき者はこちらの望みを言わずとも叶えてくれる幼なじみだ。
美人局と一緒にされると困る。
不動はと並んで愛媛行きの飛行機の座席に腰を下ろすと、鞄の中から新聞紙の包みを取り出した。
「はい、お土産。てかこれしかないんだけど」
「わーなんだろ! うーん、置き物とか?」
「当たってる」
「やった! 開けていい?」
「いいけど、新聞紙触ったら嬢の手が黒くなるから俺が開ける」
「手くらい汚れたっていいのに」
「嬢は良くても俺は嫌なんだよ」
ぺりぺりと新聞紙を外していくと、隙間から覗く金色にが本物だあと声を上げる。
本物ではなくレプリカなのだが、優勝トロフィーには間違いないので黙っておく。
はそろりと手を伸ばすと、うっとりとトロフィーを見つめた。
「明王くん後半しか出ないからトロフィー半分くらいしかもらえないのかなって思ってたけど、全部もらえて良かったね」
「これを半分にするっていう嬢の考えを形にしてみたくなってきた」
「すごいなあ・・・。私の明王くんは世界中の人たちに認められる明王くんになったんだー・・・」
「私の明王くん?」
「あ、いや、その・・・」
ついついうっかりと零すの頬がかあと赤くなり、恥ずかしくなったのか窓へと顔を逸らす。
相変わらず詰めが甘い嬢だ、窓に映ってるからどんな顔してるかばれてるんだよ。
不動はトロフィーを鞄に仕舞うと、の肩に手を乗せ顔を近付けた。
「嬢の俺?」
「だだだって、明王くんよく私のこと俺の嬢とか俺のお姫様とか俺の宝物とか俺の俺のってとにかく言うじゃん? だから私もちょっと真似してみようかと・・・」
「あーあ、ショック」
「えっ」
驚きのあまりが勢い良く振り返る。
駄目なのと言いかけようとしたの唇の前に人差し指を出し、にやりと笑う。
躊躇う必要も恥じらう必要もどこにもない。
もっと堂々と公言してくれればいいのだ。
今はまだ公言できるだけの男ぶりに至っていないのであれば、これからに見合う男になるようにもっと自分を磨く。
絶対にいい男になるから、だからいつその日が来てもいいように予約の意も兼ねてどんどん言ってほしかった。
「こそこそせずにもっと言ってくれよ。俺はずっと前から嬢しか見えてない、嬢だけの俺のつもりだぜ?」
きっとこれから先もしか見ない。
不動は困惑の表情から嬉しそうな笑顔へと変わったを見つめ、人生の幸せを噛み締めていた。
良い子は乗客率の低い閑散とした機内でやってね