そういえば、狼に襲われるのは兎じゃなくて、赤ずきんだった。
じゃあ、赤ずきんを助けたのは、猟師ってことになるのかな。
Case6,5: 赤ずきんは妻でした
~やっぱり正夢になったんだ~
イザークは、なんとなく街中を歩いていた。
特にすることもなく、散歩をしていたのだ。
最近は身の回りでいろいろとトラブルが多く、気の休まる時がなかった。
妻に限ってありえない、というような事件が勃発したのだから、それで落ち着いていられる夫は夫でなかった。
キョウイはあの日以来姿を見せていないが、今でも容姿は覚えている。
夫という存在、あるいは自分という愛する男がいなかったら、はあっさりとキョウイの毒牙にかかっていたかもしれない。
元来他人に対しては、好意的な印象しか抱こうとしない善良な女だ。
まさか、慕っていた師匠に襲われかけたなんて信じられなかっただろうし、ショックだったろう。
事実、事件の翌々日ぐらいまでは、部屋でぼんやりとしていた。
あの活発的なが、だ。
イザークは、それが心配でたまらなかった。
心ここにあらずといった状態の彼女が、怖かった。
遠くにいる感じがして、やりきれなかった。
それほどまでにこの女を愛しているのだと、改めて思い知りもした。
彼女は、かけがえのない、世界で一番大切な人なのだ。
「ママ、ぼくあの本がいいな!」
「赤ずきんちゃんね・・・、懐かしいわ。」
本屋の店先に並んだ絵本を手に取っている親子が目に入った。
イザークは心が温かくなり、2人を眺めていた。
「・・・あの男は狼だったのか。
じゃあ、は赤ずきんか・・・?」
そう思うと、なんだか急に赤ずきんの童話が読んでみたくなった。
家に子どもなどまだいないというのに、幼児向けのそれを手にする。
この本を肴にと語らうのも悪くはない。
イザークは、久々にわくわくした気分で家へと帰っていった。
その夜、はベッドの上に置かれた絵本を目にして、小首を傾げた。
なぜ我が家に絵本があるのか。
これはひょっとして、お義母様のさりげない催促だろうか。
残念なことに、まだその兆しはないのだけれど。
「懐かしいなー。昔アスランと読んでたっけー。」
懐かしさから、思わず本を開く。
大きな文字に、可愛らしい挿絵。
いかにも幼児が読むためといった本だが、は構わずにページをめくっていった。
だが、読み進めていくうちに、切なくなってきた。
物語に感動したのではない。
なんとなく、似ていたのだ。
あんなに信じていたのに。
あんなに素敵な師匠だったのに。
会わなければ、ずっときれいな思い出のままの彼でいられたのに。
「どうして・・・。」
「。」
背後から、柔らかな温もりがを包み込んだ。
何も言わずに、ただしっかりと抱きしめてくれる彼が愛しかった。
「イザークは、猟師だったのね。」
「それも、行動が素早い凄腕の猟師だぞ。」
「自分で言う?」
の手から、絵本が離れた。
まだ読み終わっていないのに、と拗ねてみる。
本当は結末ぐらい知っていた。
だがそれは、自分たちの結末とは少し違う。
「赤ずきんの結末知ってる?」
「俺が買ってきたからな。」
「やだ、イザークが買ってきたの?」
いずれ読み聞かせるために必要だろうが、と言う。
はくすりと笑うと、それもそうね、と答えた。
こんな前向きな発言を妻の口から聞いたのは、初めてだった。
「・・・キョウイ先生のこと、忘れられるぐらいに幸せになろうね。」
「赤ずきんのお望みのままに。」
イザークは優しく笑いかけると、にそっと口づけた。
「はー、お前らそんなことやってたんだな。」
「だってディアッカに会う機会なかったでしょ。
いろいろ聞きたいことあったっていうのに。」
仕事が休みなのか、はたまた休んだのか、ジュール家に遊びに来たディアッカが、の話を聞いて目を丸くしていた。
美人だけど気の強いお前がそんな目に。
そう思わず口走ると、ものすごい笑みで睨まれた。
当然のごとく、その目は笑っていない。
「・・・ま、せいぜい浮気されないようにするんだな。
イザークにその気がなくても、あいつ昔っから顔はいいから、あっちから寄って来るからな。」
「浮気なんてした暁には・・・、返り討ちにしてくれるわ。」
自信たっぷりのの発言に、ディアッカはそれもそっか、と相槌を打った。
実際のところディアッカは、そんな事件があってこの戦友がショックを受けていないかと心配でやって来ていた。
しかしそれはどうやら、杞憂で終わったようだった。
むしろ、以前よりもさらにたくましくなっている気がする。
こうして、失意に沈んでいた赤ずきんは、猟師の献身的な愛の力によって、完全復活を果たしたのだった。
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